感傷歌の効用—映画『トーチソング・トリロジー(Torch Song Trilogy)』
『トーチソング・トリロジー』は、ハーヴェイ・ファイアスタイン原作・主演による舞台劇。198年にブロードウェイで上演されたのち、1988年にファイアスタイン主演で映画化された。
トーチソング(torch song)とは、片恋や失恋の哀しみをうたった感傷的な歌のこと。誰かのために愛の松明を運ぶというイディオムto carry a torch (for someone)から来ている。蛇足だが、ビリー・ホリディも「Music for Torching」というトーチソングアルバムを出している。タイトル通り、原作中でもトーチソングがしばしば印象的に使われているし、作者ファイアスタインによって、劇中歌の選び方も指定されている。
本作は、「インターナショナル・スタッド(世界的種馬)」「子ども部屋のフーガ」「未亡人と子供、最優先」の3章に分かれている。舞台劇は、当初各章毎に開演されていたことからトリロジーと名付けられたのだろう。
舞台は見たことがないが、この映画はマイベストに入る大好きな映画だ。
主人公のアーノルド(ハーヴェイ・ファイアスタイン)は、ニューヨークのゲイ・バー「インターナショナル・スタッド」で歌うシンガー。息子がゲイであることを認められない母親(アン・バンクロフト)とは対立している。
アーノルドの恋の相手との関係、後に養子を迎えることになるパートナーとの関係、母との確執が本作では描かれている。
終盤、パートナーであるアランを失ったアーノルド(ハーヴェイ・ファイアスタイン)と、長年対立してきた母親(アン・バンクロフト)との対話は、長年私自身の心のお守りとなっていた。
喪失は消えない。しかしその喪失は、いつか自分の一部になる。そう語る母の言葉が、傷ついたアーノルドの心を幾分か癒やしてくれる。それどころか観客の喪失さえ救ってくれるのだ。
書籍『トーチソング・トリロジー』の訳者あとがきに、出版用に寄せられた作者の言葉が紹介されている。
“トーチソングの効用”——それは深い喪失から、瞬間でも心揺さぶり、ひととき救ってくれるのものなのだ。
ちなみにハーヴェイ・ファイアスタインは、俳優として舞台や映画でも活躍している。2005年の映画『キンキーブーツ』を原作にした舞台化脚本もファイアスタインが手がけている。しゃがれた声でわかるので、映画『インデペンデンス・デイ』で普通のおじさんとして出演していた時には驚いた。芸幅が広い。
現在はDVDが高値で入手困難な状態だけれど、レンタル落ちを気長に探すと見つかるかもしれない。