爆破ジャックと平凡ループ_8

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#13-8周目 時にはバスジャックを一緒に

 いつもの風が吹き抜けて、目の前のあかいくつバスの扉が開く。運転手からの視線を受けて、俺はバスに乗り込んだ。
 七周目で、俺は自分が大きな誤解をしていたことを思い知った。

 バスジャック犯と爆弾テロ犯は別にいる。

 思い返せば、道理で、と思うことが多い。バスジャック犯が取り押さえられているのに、起爆できたのもおかしかったし、人が降りようとしたら爆発していた。

 バスジャック犯の目的は妹の手術代金だった。
 だが、爆弾テロ犯の目的はなんなのだろうか? 宗教絡みなのか、抗議活動なのか、今持っている情報では推測しきれない。

 それに、一体誰が爆弾テロ犯なのかもわからない。
 なんとか、爆弾テロ犯だけでも識別できないだろうか。

「すいません!」

 ぼーっとしていたから、菜々子嬢にまたスーツの裾にコーヒーをひっかけられてしまった。いかん、気を引き締めなければ、と思いつつ、咲子さんの隣に腰掛ける。

「森田くんじゃん、久しぶり。何年振り?」

 咲子さんの驚く表情を見ると、安心感を覚える。俺がこのループで唯一リラックスできる瞬間だ。

「五年ぶりだよ。ちょっと話があるんだけど、後ろの席に移動しない?」
「いいけどわたし、次で降りるよ?」

 このくらいの当たり障りのない提案であれば、彼女が昔の話を引っ張り出してこない、とわかっている。「ちょっとここで待っていて」と咲子さんを後部座席に待機させ、「スマホの操作に気をつけて。あと、無茶をしないで」と隅に座る正義漢に声をかけて、俺は後部のドアに移動する。

 四方山の、最近の若者は割り込みをしくさって、という視線を受けながら、ドアの前に立つ。

『次は日本大通り、日本大通りでございます』

 バスのアナウンスがかかり、ゆっくりとバス停へと速度を落としていく。
 飛び込んで来た岡本が、俺を人質に取り、外にいるスーツの男たちを牽制する。

「乗り込んだらこいつを殺す。おい! 運転手! 早くバスを出せ!」

 バスが扉を閉めて、勢いよく発車する。歯がゆそうな顔をしている彼らは、俺の命なんて気にせずに、乗り込んでくることもできただろうに、根は良い奴なのかもしれないな、と思った。が、コンクリート詰めにするような男の部下だということを思い出し、考えを打ち消した。

「全員、静かにしてろよ! 黙ってりゃ危害は加えないからよ、大人しくしていろよな!」

 岡本がそう言いながら、俺を引き連れて運転席の隣に移動する。

 バスの中で、俺は視線を巡らせる。

 まず、手前の向かい合うように並ぶベンチ席には、菜々子嬢と町山が座り、その向かいには四方山が座っている。後ろの二人がけの席には、くしゃくしゃ頭のギターケースを持った立花と、顔色の悪い釣り人が着ているようなベストを着た男と大きなクーラーボックスが置かれ、その後ろにはノートパソコンを開いたまま固まっている黒縁のウェリントン眼鏡をかけた男が座り、最後部の五人がけ席には、正義漢と咲子さんが座っている。

 駆け落ちカップルとバスジャック犯、元警官である四方山と元恋人である咲子さん、いつも犯人の取り押さえに協力してくれる正義漢は犯人ではないだろう。

 だとすると、釣り人かノートパソコンをいじっている男、ということになる。

「あの私が誰かわかっていて、人質にしていますか?」

 声をかけると、バスジャック犯はしげしげと俺の頭からつま先までを眺めてから、「リーマンじゃねえのか?」と口を開いた。

「滑川さんの部下です」

 ふらふらと首元で動いていた、ナイフの動きがぴたっと止まった。

「マジかよ」
「はい、あなたが取引を妨害し、強奪することまで滑川さんは予期していました」
「どうやってだよ。このことは誰にも言ってねえぞ」

 誰にも言っていなかったかぁ、と内心で舌を打ちながら、「嗅ぎ回っていたことは知っている。あまり我々の情報網をなめないほうがいい」とそれっぽいことを口にする。

「でも、お前が人質で俺がナイフを持っている、という立場には代わりはねえからな」
「それはまあ、そうなんですが。滑川さんが残酷なのは知っていますよね? ほら、ドラム缶の件みたいに」

 岡本が、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。

「ああはなりたくないでしょう?」
「なりてえ奴なんていねえだろ」
「私もです」

 岡本が、どういうことか? と不審そうに俺を見る。じわりじわりと、私とあなたは同じですよ、と距離を詰めていくセールストークだ。

「実は私も、滑川に捨てられそうな者の一人なんです」
「クビにされそうってことか?」
「クビどころじゃありません。滑川は、このバスを爆発させるつもりでいます」

 さすがに話が飛躍したか、と思った。相手もそう感じていたようで「さすがの滑川だって、そこまではしないだろ」と笑った。

「見せしめどころじゃねえじゃねえか。お前、なにをしたんだよ」
「滑川の女に手を出しました」

 だんだんと回数を重ねるごとに、俺の口先レベルが上がってきているような気がする。「さすがに、それはやべえだろ」

「ええ、そりゃあもう、のっぴきならない状況です。信用を取り戻すために、私はあなたを捕まえると約束しました。失敗したら、バスごとドカンです。なので、協力しましょう」
「ちょっと待ってくれ、全然話が見えてこねえぞ」

 相手に考える隙を与えず、畳み掛けるのもセールストークの一つだ。

「このバスの中に、私を監視している男が乗っているはずです。彼を見つけ出して、我々の味方につけましょう」
「味方につけるったって、交渉材料がないだろ」
「それは、あなたがさっき奪ってきたものを使うんですよ。それに、乗客全員の金を集めれば、そこそこの稼ぎにはなるはずです」

 一か八かの提案であった。

「組もうってことか」
「そういうことです」

 岡本がにやりと笑った。

=====つづく
第13話はここまで!
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