爆破ジャックと平凡ループ_15

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#25-15周目 行け! 行け! 行け! 行け! 行け!

「友達になろう!」

 車内に声が響いた。声の主を見る。四方山が両手をぎゅっと握りしめ、辛そうに眉を歪めている。もう一度「私と、友達になろう!」と言った。

「でも、僕、爆弾テロ犯ですよ。おじいさん、警察なんじゃないんですか?」
「元警察だ。それに、君は一人なんだろ? 友達がいないんだろ? 家族といても息苦しいんだろう? だったら私と友達になろう。将棋を一緒に指してくれる相手が欲しかったんだ」
「将棋、知らないですよ」
「私が教えてあげるから」
「そんな、僕なんか」
「君は、生きていていいんだよ」

 友達になろう、俺には何故そう言えなかったのだろうか。困っている人がいたのに、何故声をかけられなかったのだろうか。俺も「俺とも友達になろう。ライブをするからさ、聞きに来てくれよ」と伝えると、バスジャック犯だった岡本も「俺でもよければ、話を聞くぜ」と声を飛ばした。

 咲子さんが、小突いてくる。よかったね、と小声で囁いてきた。全くだよ、と俺は頷く。
 が、慌てて首を横に振る。まだ、解決したわけじゃない。

「まだ、どうやってこのバスから脱出するのかと、岡本さんのゴタゴタが」
 そうだった! と岡本が声を上げた。

「多分、盗んだのが俺だってバレてんだ。このままだと、滑川にバレてドラム缶詰めされちまう」

 なんのことかわからない面々を尻目に、ピンポーンと下車ボタンが鳴った。
 鳴らした主は、釣り人の格好をしている彼だった。

「今、滑川って言ったか?」
「はい」
「悪徳若手ベンチャー社長みたいな、あの滑川か?」
「はい」
「だったら、その心配はしなくていいぞ」
「はい?」

 叶がクーラーボックスをコンコンと叩く。

「滑川だったら、今日の午前中に死んだ。これから、その処理をする場所に運ぶところだ」

 まさかの展開だった。

 岡本に「確認をとって見たほうが」と伝えるも、「いや、俺も顔を見たことがないから」と首を傾げた。

「とにかく、滑川は死んでここにいる。心配しなくていい。それよりも、俺たちが心配をしなければいけないのは」
「いけないのは?」
「どうやって、脱出するか、だ。俺とそこのカップルは逃げないといけないだろ? 後ろについてくる警察に事情聴取をされたら困るわけだ」

 そうですね、と相槌を打つ。どうにか、この状況を打開する方法はないだろうか?
 外を見ると、港の見える丘公園前を通り過ぎ、近代文学館の前でUターンをしようというところだ。

「俺に一つアイデアがある。うまくいくかは一か八かだ」
「どんなアイデアですか?」
「お前がさっき言っていたのが、気になった。飛び込み営業マンってやつだ」

 飛び込み営業とは、突然店にお邪魔し、セールスをする手法のことだ。

「いっそのこと、このバスで山下公園から海に飛び込むっていうのはどうだ?」
「飛び込んでどうするんですか?」
「泳いで逃げるんだよ」
「そう上手くいきますかね?」

「まず、東雲が動画を投稿しつつ警察に通報をして、バスからパトカーを遠ざける。山下公園から大さん橋までだったら近いから、なんとか泳げないことはないだろう。どちらにせよ、このままよりはマシだ。だから、一か八かの賭けにはなる」
「飛び込み営業はいつも一か八か、ですよ。でも、バスジャックの犯人はどうするんですか? バスジャック犯がいないっていうのは無理がありませんか?」
「それだったら、楠部の爆弾を、滑川に巻きつけておけばいいだろう。俺からしたら、死体処理もできて一石二鳥だ」
「確かに」
「ただ、俺が唯一気になっているのが」

 そう言ってから、釣り人は天井を指差した。そこには、半球状のものがついており、車内を監視している。
「この会話がどこに保存されているか、だ」
『あー、運転手の土門です。それだったら、大丈夫ですよ。運転席のハードディスクにデータは保存されるので、ここさえ壊れれば、証拠は残りません』
 親父がマイクでアナウンスをする。だったら、安心だ、とほっと胸をなで下ろす。
「他に問題がある人は?」
 車内を見回すと、みんなが首を横に振っていた。
 だったら安心だ。


『ハーイ! 東雲チャンネルでっす! つっても、今、バスジャックされてる車内にいるんだよね。マジでピンチ! 警察の人は悪いんだけど、ヘリとかパトカーでの追跡は遠慮してくれるかな? それも無理って言うなら、車間距離は百メーターは空けておいてね! これ、犯人からの要求だからよろしく! じゃないと俺たち殺されちゃうよ!』

 東雲がスマホの自撮り棒を駆使して、車内を撮影する。映りたくない面々は最後部に移動し、東雲を見守っている。
 撮影が終わり、東雲が「こんなもん?」と俺に確認する。俺は「大したものだよ」と拍手を送った。

 あかいくつバスは復路に入っており、すでに元町入口の前を通り過ぎ、マリンタワーの前へと差し掛かっていた。
 このあと、バスはいよいよ山下公園沿いの道を走ることになる。

「あっ、パトカーが離れていきますよ」と菜々子嬢が後ろを向いてはしゃいだ声をあげる。コートを着ているが、下はドレス姿だろう。十二月の着衣水泳は応えるだろうなあ、と俺は人ごとではない心配をする。岡本と叶が、急いで滑川に目出し帽をかぶせたり、と準備していた。

「上手くいくと思う?」

 咲子さんに訊ねられ、「何故だか、上手くいく気しかしてない」と返す。
「不安だなあ」と咲子さんが笑う。

『もうすぐ、山下公園に入りますので、みなさん、どこかに掴まっていて下さい』

 バスがけたたましいクラクションを鳴らすと、獣のようにぐんぐんとスピードを上げていく。車内にいても、伝わるほどだ。大きくバスが揺れる。おそらく、公園の杭を跳ね飛ばしたのだろう。

 ちらりと顔を上げて、窓の外を確認する。人々がクラクションを受けて、あかいくつバスを避けていく。行け! このまま! 突っ込め! と俺は心の底から念じる。

 花畑を尻目に、芝生広場をぐんぐん駆け抜ける。

「パトカー、ついてきてません!」とすっかり興奮した菜々子嬢が声をあげ、
「お嬢様、頭を下げてください」と町山がたしなめる。

 行け! 見せてくれ! その先に俺たちを連れて行ってくれ!
 知らず、「行け」と呟いていた。
 すると、咲子さんも「行け」と口にした。
 バス中に「行け!」と伝播する。

「行け! 行け! 行け! 行け! 行け!」

『突っ込みます!』

 アナウンスの直後、バスの扉が開き、山下公園の隅っこにある突堤から、バスが飛び出した。

 ふわりと浮遊感を覚える。が、直後にバスが水面に叩きつけられ、俺と咲子さんは手を繋ぎ、バスの後部ドアから海に脱出した。

 俺たちがこうして集まることは一生ないだろう。
 だけど、俺は、愉快でしかたがなかった。
 だってそうだろ? 超すげーよ。
 こんなこと、人生で絶対に二度とないぜ。
 頭の中で愉快なメロディが鳴り響く。

「みんなありがとう!」

 そう叫んでから、俺は無我夢中になって山下公園へ向かって泳いだ。
 後ろで轟音が響き、振り返ると、あかいくつバスが黒い煙と真っ赤な炎をゆらゆら上げながら海に沈んでいくところだった。何回も乗ったバスとの別れを目の当たりにすると、ちょっとだけ寂しくなった。


 十二月の海は、俺の想像以上に冷たかった。
 震えながら毛布にくるまり、海を眺めている。
 無事に彼らは逃げ切れただろうか。パトカーは五分ほどしてからやってきて、俺たちを救おうとロープを下ろしたりしてくれた。まさか、海の方へ逃げた人がいる、とは思っていないだろう。

 根拠はないけど、きっとみんな無事に逃げ切れたんじゃないかって気がする。

「森田くん、やっとループから、出られたわけだね」

 隣で毛布にくるまっている咲子さんが、頬を緩める。本気で信じてくれている? 君が冷たくて傷ついた時もあったんだよ、と教えたかったがやめておいた。

 人生っていうのは不思議だな、と思う。たった三十分間しか一緒にいない彼らのことを、これからの人生で何度も思い出すのだろう。
 同じ時代を生きているのに、たった三十分交差しただけの彼らのことを、だ。

「そういえば、オーブン売れないから森田くん、クビ決定だよね」
「嫌なことを思い出させないでくれよ」
「これからどうするの?」
「わかんないねえ。転職するかもしれないなあ。向いてないんだよ、営業。働くったって仕事は一つじゃないしさ。まぁ、俺は俺の普通を守る戦いを続けるよ」
「普通って、昔想像していたよりずっと難しかったよね」

 だなあ、と俺はしみじみ頷く。

 救急救命士の人が、四方山と楠部を移動させている。老体には応えただろうなぁ、と同情する。その時、視界の隅に立花のギターケースが見えた。ビート板の代わりになり、結構役に立った代物だ。

 俺は立ち上がり、ケースを開ける。中にはぐちょぐちょに濡れたアコースティックギターが入っていた。これ、弾けんのかよ、と思いながらギターを手にする。

 アコースティックギターを持って咲子さんの隣に戻る。

「それよりさ、さっきやっと曲が降って来たんだよ」

 やっと? と咲子さんが愉快そうに笑う。結構待ったんですけど、と。

「大したことなかったら、がっかりしちゃうなあ」
「プレッシャーをかけないでくれよ」

 そう言いながら、ギターの弦を弾く。
 意外とクリアな音がして、笑みがこぼれる。

 意味なんて吹き飛ばし、時の流れを無視するようなメロディが、彼方まで飛んでいく。

                                  (了)
【参考文献】
『お客様に何を言われても切り返す魔法の営業トーク100』小林一光 中経出版
『絶対に断られない飛び込みセールス』坂本亮一 ぱる出版
『凡人が最強営業マンに変わる魔法のセールストーク』佐藤 昌弘 日本実業出版社
『YouTubeで食べていく 「動画投稿」という生き方 』愛場大介 光文社新書
『YouTube 成功の実践法則53 』木村博史  ソーテック社
『危険ドラッグ 半グレの闇稼業』 溝口敦 角川新書
『老人喰い 高齢者を狙う詐欺の正体』鈴木大介 ちくま新書

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