如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#16-9周目 選手交代でバスジャック
世の中で知らないうちにバスジャックブームでも起こっているのだろうか。
君が爆弾テロ犯だったのか? と目眩がし、膝から崩れ落ちそうになる。
何故なのか? 俺と別れてから変な宗教にハマってしまったのだろうか。
「咲子さん、なにしてるの」
「見てわかるでしょ? 選手交代でバスジャックしてるのよ」
「なんでまた。どうしたんだよ」
「とにかく、誰も動かないで!」
「俺になら教えてくれてもいいじゃないか」
「私とあなたはもう終わってるのに?」
そこまで冷たいことを言われるとは思っていなかったので、傷ついた。
この新展開はなんなのだ。本当に、俺はもう宇宙人が出てきても驚かんぞ、というやさぐれた気持ちになってくる。
車窓を見ると、港の見える丘公園の中にある近代文学館の前で、Uターンをするところだった。窓の外には、花畑が見える。このままみんなでピクニックにでも行こうよ、と提案しても咲子さんは許してくれないだろう。
俺たちはもう、終わっているからだ。
一体、バスジャックのなにが人をそんなに駆り立てるのだろうか。
「なにが目的なんだよ」
「教えられない」
「教えられないって、そこまで俺のことを信用していないわけ?」
「してない」
さすがにむっとし、俺が記憶の中の引き出しを開けて、文句を取り出す。
「別れる時もそうだった。君は『わたし決めたから』って言い出して、こっちの意見なんてまるで無視だった」
「わたしが決めるまでに、ヒントは出していたよ。あなたはいつも気づかないだけで」
「例えばどんなヒントだよ」
「口先ばっかりだと、別れちゃうからねっていうヒントよ。オーディション、受けなかったでしょ」
「だって、あれは、バックバンドなんだぜ? 俺たちのバンドの音楽とは関係ない」
「それでも、受けて欲しかったの。前向きにがんばってる姿勢を見せてほしかったのよ。家にいてバイトして、くすぶっているだけじゃなくて」
「俺は、曲が降ってくるタイプなんだって話をしたじゃないか。適当な曲じゃなくて、良い曲を作りたかったんだよ」
「曲なんて降ってこなかったじゃん。バットを振らないとホームランは打てないんだって。ホームランじゃなくてもいい、セカンドゴロでもいいから、ちゃんとしてほしかったのよ」
咲子さんの語気が強くなる。俺は当時のことを思い出し、苦々しい気持ちになりながら、「俺だって一生懸命やっていたさ」と口を尖らせる。
「わたしはね、疲れちゃったの。その、嘘に付き合うのが」
アパートに咲子さんがやって来た、あの日の夜のことを思い出す。てっきり、一緒に夕飯でも食べようか、という話になるのだと思っていたら、そうではなかった。
「別れよう。わたし、決めたから」
その一点張りで、俺たちの関係は終止符を打たれてしまった。
あとは、なにを言っても、彼女は人間ではなく不思議な壁になってしまっていた。
顔も姿も、裸も知っている。だけど、言葉をぶつけても、ただ壁にぶつかりぽとりと落ちるだけだ。キャッチボールをすることさえできなくなり、咲子さんは「それじゃあ」と言って二度とアパートにやって来ることはなかった。
それから俺は、自暴自棄になり、大いに落ち込み、友人たちと酒を飲み、自堕落ここに極まれりという一ヶ月間を過ごした後に、仕事をしなければいけないか、と転職サイトに登録した。
「バスジャックをする人の気持ちを考えたことがある?」
ひゅっと釣り針が飛んで来て俺の意識を引っ掛け、元いたバスの中に引き戻した。目の前には咲子さんがいて、彼女は菜々子嬢を人質にバスジャックをしている。
バスジャックをする人の気持ちを考えたことがあるかだって? そのことばかりを考えている。
「お金のためか」と口にし、バスジャック犯のことを思い出し、「誰かのためだろうな」と付け加える。
「じゃあ、わたしはどっちだと思う?」
彼女はフリーランスでイラストレーターをしていて、なんとか食べているという話を聞いた。それが嘘で生活に困窮しているのだろうか? と思ったが、彼女は俺と違って嘘を吐かない人だった。
つまり、誰かのために、バスジャックをしている、ということになる。
では、一体誰のためにバスジャックをしているのか。
菜々子嬢たちの駆け落ちカップルを逃がすため? 違うだろう。
立花の探偵事務所が火の車の状態になっているのを救うため? 違うだろう。
東雲の動画再生数を稼ぐため? 違うだろう。
四方山にバスジャック犯を逮捕させないため? 違うだろう。
そもそも、彼女は次のバス停で降りる予定だった。それを引き止めたのは俺だ。なのに、なぜ、彼女はバスジャックをしようと思っていたのだろうか。考えても考えても、靄の立ち込める中を進んでいくようで、答えを見つけることができない。
これは、昔から、咲子さんと付き合っている時からそうだった。なにを食べたいのか、なにをしたいのか、なにを話しているのか、なにを感じているのか、俺は一度だってちゃんとわかっていなかったのだ、と思い知る。
「わたしが、したくてバスジャックをしているわけがないじゃん。みんなの為にしているの。あなたと違って、わたしは見逃さないで行動をするタイプだから」
一体、なにを見逃さなかったのか? と訊ねても答えてもらえなかった。
それ以上言葉をかけることができず、膠着状態のままバスは進み、幾台ものパトカーを引き連れて、山下公園前や大さん橋や赤レンガ倉庫の前を素通りし、桜木町の駅前までやって来た。
東雲のせいで集まった人たちと警察が俺たちを待ち受けていた。バスの前後がパトカーで封鎖される。
このことを知っているのは俺だけだ。
咲子さんもこんなことになるとは予想していなかったようで、下唇を噛んでいた。
その癖、懐かしいな、そんなことを考えていたら、まただった。
バスはまた爆発した。
=====つづく
第16話はここまで!
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