爆破ジャックと平凡ループ_2

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#4-2周目 お嬢様、わがままは困ります

 グループ行動で、身勝手な行動をしてはいけません!

 そんなことは、小学校や幼稚園で教わるようなことだ。だけど、彼女は教わってこなかったのかもしれない。

 いや、わたしには関係がございませんわ、と思っているのかもしれない。
 このバスは目元と口以外を隠した男にジャックされているのに、お嬢様は気丈に声を張る。

「城ヶ崎《じょうがさき》貿易という名前をご存知ないですか?」

 城ヶ崎、と言われるとピンと来ないけど、JOGASAKIとアルファベットにすれば、俺は知っているぞと頷いた。横浜は港町でもあり貿易が行われている。そこのトップ企業に君臨し続けているのが、城ヶ崎貿易だ。うちの冷蔵庫もたくさん仕入れてもらっている。

「月本冷蔵の次は、城ヶ崎貿易かよ。俺は貿易にも興味はねえぞ」

 バスジャック犯がお嬢様の発言を受け、鬱陶しそうに口にして頭をかいた。

「わたくしは、城ヶ崎貿易のひとり娘の菜々子と申します」
「それで?」
「このままだと、許嫁と結婚をさせられてしまうので、ここにいる町山《まちやま》と駆け落ちをすることにしたんです」

 指名された、町山というスーツ姿の男が、なんだか照れ臭そうに頭をかいた。

「で、お前たちが駆け落ちしてるからなんだっていうんだよ」
「わたくしたち二人は、生まれのしがらみを捨てて、遠くに行きたいんです。パーティを抜け出して来たところで、この機会を逃すことはできないんです!」

 そう言って、菜々子嬢が、町山と呼ばれた男に視線を移す。

「菜々子お嬢様、今は犯人を刺激しない方が」

 そう言いながらも、窮屈そうにスーツが張っている、町山がちらりと犯人を窺う。「だめですかね?」とでも言いたげだ。

「そんなん関係ねえだろ。お前たち以外にだって、のっぴきならねえ奴はいるだろうよ。駆け落ちするから、下ろしてやる、なんて特例認められねえっつうの。本当だったら、お前だってさっさと逃げたいだろ?」

 突然指名され、どきりとする。

 バスを降りたら会社に戻り、上司に商談の失敗を告げる事になる。最近、ドラム缶詰めにされて男が殺された事件があったから、「お前もドラム缶に詰めるぞ」と笑顔で言うパワハラ上司に、急いで会いたいとは思わない。

「私はそうでも」
「んだよ」

 犯人が、大きく舌打ちをする。
 そうだ、と俺はここで閃いた。

「お二人は、なにかお金になりそうなものを持っていないんですか?」

 金持ちそうな二人だし、大さん橋は中にプールやカジノがあるような豪華客船のターミナルとして利用されている。このまま海外へ駆け落ちをしようと考えているのだとすれば、なにか貴金属の類をもっているのではないだろうか? と考えた。

「あ!」と菜々子嬢が声をあげて、「いえ!」と菜々子嬢がなかったことにするように声を漏らした。

「おいおい、なんかあるんなら、出せよ!」

 犯人が声を荒げると、菜々子嬢と町山が顔を見合わせた。なにかを諦めるように、頷き合ってから、菜々子嬢がバッグから小さな箱を取り出した。

「城ヶ崎家に代々伝わる、五カラットのダイヤモンドの指輪です。売れば三百万円はくだらないはずです」

 三百万、という言葉に、バスの中がどよめいた。

 目出し帽を被っていても、三百万という響きに心を揺さぶられているのが見て取れた。今は、元町を横目に港の見える丘公園へ向けて走っているあたりだ。まだパトカーサイレンは聞こえてこない。前の周でパトカーが追跡してきたのは、マリンタワーのあたりからだったから、まだ十分ほど猶予がある。

 まず一組降ろすことができれば、前例ができる。
 前例ができれば、契約は成立しやすい。ここは俺の出番だ、と「あの!」と再び立ち上がる。

「なんだよ、またお前かよ」
「とりあえず、指輪をもらって、この二人だけ降ろす、というのはどうでしょう? 人質は二人減りますがまだ七人いますし、犯人様には三百万相当の指輪が手に入る、つまり誰も損をしない契約だと思いますよ! この私が言うのですから、間違いありません!」

 ハウツー本で覚えたセリフだから付け足したが、どの私だよ、と咲子さんが苦笑するのが見える。
 だが、犯人は先ほどよりも冷静に物事を考えられるようになっていた。

「お前、指輪を受け取って俺のところに持って来い」

 よし、と内心でガッツポーズを取った。
 犯人に、交渉役として任される信頼関係を築けている。俺は、菜々子嬢から、指輪の入った肌触りの良い小箱を受け取り、犯人のそばまでやってきた。

 どうぞ、と差し出すと犯人は左手でぞんざいに指輪の箱を奪い取り、開けて確認した。ちらりと覗くと、巨大なダイヤモンドがキラキラと輝いていて思わず「すげえ」と声を漏らしてしまった。

「おい、運転手、止めてやれ」

 犯人の指示を受け、運転手が、「はい」と応じ、バスを港の見える丘公園の中にある、近代文学館の前でバスを停車させた。道がOの字のようになっていて、ここをぐるっと回って復路に行くことになる。

「ありがとうございます!」

 菜々子嬢と町山が頭を下げて、バスを降りようと立ち上がった。ぷしゅーっと空気を吐き出しながら、後部の扉が開く。
 二人が、ゆっくりと下車していく。
 どうか、そのまま二人で末長く幸せになっておくれ、と思いながら見つめていた。

 その時だった。

 くしゃくしゃ頭の男が、タックルし、二人をバスの床に倒した。

「おい! 扉を閉めろ!」
 とくしゃくしゃ頭が声を発する。バスは、再び折りたたんでいた扉を閉めた。

 バスジャック犯の共犯者なのだろうか? と視線を向けると、犯人もなにが起こっているのかわかっていない様子で、首を動かして様子を伺っていた。

「おいお前、どういうつもりなんだよ?」

 バスジャック犯が訊ねる。私も同感だった。一体なにをしてくれるんだ! と詰め寄りたくなる。
 くしゃくしゃ頭は、くしゃくしゃと頭をかきながら立ち上がり、両手を挙げた。

「俺は城ヶ崎家に雇われた探偵でね。うちの事務所も火の車だから、この二人を逃すわけにはいかないんだ」

 だからって、下車を阻止するとは。というか、だ。

「一緒に飛び降りよう、とは思わなかったんですか?」

 思わず俺が訊ねると、探偵は右手の親指で、バスに転がる町山を指し示し、「タイマンで勝てる相手じゃない」と答えた。

 そんなことを得意げに言われても、と思いながら、へなへなと座り込む。
 すると、次第にピーポーピーポーとパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

 首を回し、確認すると、近代文学館の入り口にパトカーがやって来て、道路を封鎖しているようだった。
 一時停止をしたのが仇になった。

「チクショウ、お前の口車にさえ乗らなければ」

 犯人が、俺を見て叫ぶ。
 俺のせいではないでしょう! と言い返したかったが、飲み込む。咲子さんが涙目になり、俺を見つめていたからだ。

 くそ、次に打てる手はなにかないだろうか?
 考えろ? なにか使えるセールストークは?
 セールスは断られてからが勝負だ!

 そう思った矢先、再び骨が震えるような爆音が響き、バスの中に炎が生まれ、目の前の景色が吹き飛んでいった。
 犯人が爆弾を爆発させたのだろう。
 痛みにも似た、熱があっという間に体を駆け巡る。
 俺は、またしても失敗した。

 バスはまた爆発した。

=====つづく
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