如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#7-4周目 バスの平和を守ったよ
十二月の風が吹き抜け、体がぶるっと震えた。コートを着ていても、まだ足りない寒さだ。
あれ? 熱は? 爆発は? と目を開けると、そこには、あかいくつバスが停まっていた。運転手が、「乗るの? 乗らないの?」という視線を俺に向けてくる。
今、犯人は自分がピンチだと悟ると運転手にスピードを上げろと要求し、逃げようとした。
つまり、バスジャックそのものに目的があるのではない、ということかもしれない。彼はもしかしたら、偶然バスに乗り込んだだけなのではないか? そんなことを考えながら歩を進めていたら、また菜々子嬢にコーヒーをかけられてしまった。
「すいません!」
菜々子嬢の顔を見て、その隣の町山へ視線を移し、そのまま今度は、くしゃくしゃ頭の探偵、立花にも目をやる。
「あのー、クリーニングにかかるお金を」
という声を右手で制し、考える。
町山という男は体格が良く、強そうだ。彼ならば、バスジャック事件を止められるかもしれない。
営業スキル、根回しだ。
俺は彼らの隣の席に座り、「お二人は」と口を開く。
「駆け落ちをするつもりですね?」
二人の顔色が変わり、なぜそれを!? と狼狽する。彼らに対して、営業スマイルを浮かべ、「安心してください、私はあなたたちの味方です」と告げる。
「実は私は、城ヶ崎家の方に雇われた探偵なんです」
「本当ですか!?」「お父様ならやりかねないわ」
二人が思い思いの反応をし、「でも」と俺を見る。
「なんで、俺たちの味方なんてしてくれるんですか?」
前途ある若者を祝福したいからですよ! とか、幸せになろうとする二人を邪魔するなんて許せないからですよ! と言ってもリアリティがないだろう。
時には悪役になってみるか、と口を開く。
「指輪、持っていますよね。それをいただければ、お二人のことを見逃してさしあげます」
「お祖母様からいただいた、大切な指輪をですか?」
営業スキル、イエス・バット法が使えるな、と頭の中で引き出しを開く。相手の思うネガティブ意見を一度肯定しつつ、結果としては良い契約になりますよ、と促す方法だ。
「はい、指輪を私がいただくことになります。ですが、お二人は無事に駆け落ちをすることができます。チャンスはこれっきりなのではないですか? 迷ってる暇はありませんよ」
二人が、損得のそろばんをはじくように、互いの顔を見合わせた。
町山が、やむなしですよ、とでも言うように、首を横に振る。
よし、とにやりと笑いそうになるのを嚙み殺し、「ありがとうございます」と契約を成立させる。
いや、契約にはまだ先があった、と思い出す。
「もう一点、お手伝いしていただかないといけないことがあります」
「これ以上、なにが欲しいんですか?」
「いえ、次のバス停で男が一人乗ってくるんです。彼も、あなたたちを追っている者の一人です。なので、町山さん、一緒に取り押さえてくれませんか?」
町山はぽかーんとしつつも、「それだったら」と肩のストレッチを始めた。
俺と町山の二人掛かりであれば、あの犯人を取り押さえることができるだろう。
男二人で、バスの後部ドアの前に陣取る。
『次は日本大通り、日本大通りでございます』
アナウンスがかかり、バスがバス停へ向かって速度をゆるめる。到着し、プシューと空気を吐き出す音ともに、扉が折りたたまれた。
「彼です!」
と俺が声をかけるのと同時に、目出し帽を被った犯人が飛び乗って来た。右手にナイフを持っていたが、町山が犯人の右手の甲を叩き、ナイフは床に転がった。町山がそのまま腕をねじり上げながら、犯人を床に組み伏せる。
二人掛かりで、と思っていたが、町山一人で犯人を華麗に倒した。
これで、無事に事件が解決した。
ほっと胸をなで下ろす。
咲子さんに視線を向けると、目と目が合った。立ち上がりかけた状態のまま、なにごとか、と訝しみ、俺が立っていることに気がつくと、「あ」と眉を上げた。
やあ、と右手を挙げる。
バスの平和を守ったよ。君はこのまま帰れるよ、と教えてあげたかった。
バスの外をみると、スーツ姿の男性が俺たちを見たまま固まっていた。警察官ならば乗り込んで来て逮捕すればいい。来てくださいよ、と手招きをしかけた時、「ご苦労様」と老人が町山の肩に手をかけた。
そして、どこから持ち出したのか、犯人の両手に手錠をかけた。
ドラマではよく見るシーンだけど、本物を見るのは初めてだな、と妙に興奮した。
彼は警察官だったのか、とぽかーんと見つめてしまう。だったら、もっと早く立ち回って下さいよ、と文句を言いたくもなった。
「みなさん、落ち着いて聞いてください。私は四方山《よもやま》という者です。事件が事件なので、これから事情聴取をさせていただきたいと思います。お忙しいところ恐れ入りますが、警察が来るまでご協力をよろしくお願いいたします」
四方山がそう言い、ぺこりと頭を下げた。
まあ、それくらいであれば、仕方がないか。
あれ? でも、窓の外にいる彼らは? とスーツ姿の男たちに視線を移す。
そう思った瞬間だった。
まただった。
爆音が響き渡り、体が震え、バスの中が炎に包まれ、目の前の景色が吹き飛んでいく。
何故だ? 犯人は逮捕されていたじゃないか?
だけど、俺は犯人から目を離していた。
もしかしたら、なにかしたのかもしれない。手ではなく、足でも起爆できたのか? 考えても、答えは見つからないし、埒が明かない。
熱があっという間に体を包み込み、消えていくような感覚を味わう。
バスはまた爆発した。
=====つづく
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