爆破ジャックと平凡ループ_2

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#2-2周目 同じ時間を繰り返している?

 俺は乗り込んだバスがジャックされ、テロに巻き込まれて爆死したはずだ。

 だけど、目が覚めたら目の前に同じバスがあり、乗り込んでみたら同じ乗客と居合わせ、通路を挟んで反対側の席に、かつての恋人が座っている。

 生きているよな、と咲子さんの顔をまじまじと眺めていたら、急に懐かしくなり、彼女との出会いを思い出した。

 出会いは大学二年生の頃に通った小さな名画座のような映画館だった。
 俺は、憧れのロックスターのドキュメンタリー映画を観に来たのだが、チケット販売口のそばにあった、アニメ映画のポップに足を止めた。手作り感に溢れていて、作った人の愛情を感じ、どれどれと見入ってしまったのだ。

 俺はアニメ映画って柄じゃないけど、ここまで猛烈プッシュされる映画はどんなものだろう? と思っていたら「それ、わたしが描いたんですよ」と受付の美人に話しかけられた。

「面白いの?」と訊ねたら、「そういう次元じゃありません!」と返された。

 感想を求められて微妙だったら嫌だなあ、と思いながらも、俺は熱量に押されて、その日はアニメ映画を観ることになった。
 結果は大号泣で、ハンカチを手放すことができず、劇場から出て来る俺を待ち構えていた受付の彼女は「でしょ!」とにんまり笑った。

 その笑顔に撃ち抜かれ、ちょうどシフトが終わるという彼女と向かいの喫茶店で映画の感想を言い合った。どのシーンが好きだったか、どのキャラクターに感情移入できたか、挿入歌がこれまたぐっとくるよいものであったよね、などと彼女は嬉しそうに話をしてくれて、俺はうんうんまさにその通り! と意気投合した。

 それから、一緒に映画を観たり、俺のライブに招待したり、彼女の絵のモデルをしてみたり、お互いのアパートを行き来したり、と交流が広がった。二人とも子供のころに両親が離婚して父親がいないという共通点があり、脛に傷を持つもの同士というわけではないが、俺たち二人なら上手くやれるのでは? とお付き合いをすることになった。

「おーい、森田くん?」

 呼ばれ、我に返る。
 髪型こそ変わっているものの、目の前にいる彼女の雰囲気や話し方はかつてのままだ。

 それに、生きている!

 目頭が熱くなる。思わず手を伸ばし、かつてのように頬を爪でなぞり、そのままぎゅっと抱きしめたくなる衝動にかられたが、そこは踏みとどまった。
 俺たちはもう、別れているからだ。

「久しぶりだね。五年ぶりかな」
「もうそんなに経つか」

 返事をしながら、上の空だった。俺は、さっきと同じバスに乗っている。乗客の顔ぶれも同じだし、お嬢様風の女がこぼしたコーヒーで、スーツの裾を汚された。やっぱり、同じ光景を繰り返し見て、体験している。

「なんだか、遠い昔のことみたいだね」

 咲子さんが、どこか遠くを眺めながら、そう口にした。一体なにを回想しているのだろうか? と思ったら、彼女は俺に向き直った。

 俺が君に会ったのは、ついさっきのことみたいだよ、と思ったが飲み込み、代わりに「咲子さんは、仕事どうなの?」とつい世間話をしてしまう。

「最近はスマホのゲームのイラストを受注してやってる。おかげさまで、なんとか食べてはいけてるかなあ。そっちは、バンドの方はどうなの?」

 どきりとする。さっきもされたけど、その質問をされたくなかったから、俺は彼女に会いたくなかったんだよなぁ、と渋い顔になる。

「ヨコハマ・ゾンビストリート、だっけ?」
「ザ」
「ざ?」
「ザ・ヨコハマ・ゾンビストリート」

 そうだったそうだったと、咲子さんが頷く。

「実は、最近になってレーベルから声もかかったりしてるんだ」

 反射的に、俺は見栄を張ってしまった。レーベルからのスカウトはおろか、ライブ活動だって最近はやっていない。

「へー、すごいじゃん」

 そう言いながら、咲子さんの訝しげな視線を受ける。
 今の俺は、どうみてもバンドマンには見えないだろう。慌てて、「咲子さんの言う通りさ、すぐに食べていけるわけじゃないから、会社員もしてるんだよ。二足のわらじってやつだ」と我ながらどうしようもない嘘を重ねる。

「ふぅん、なるほどね。わたしは、大きな魚を逃したことになるね」

 ビッグフィッシュというのは、大嘘、という意味でもあったよな、と勝手にドキドキしていたら、咲子さんがボタンを押し、軽快な音が車内に響いた。
 彼女の左手薬指に指輪がないことにほっとしつつ、はっとした。

 このままだと、同じことが起こるのではないか? と。
 このままだと、咲子さんが降りようとしたところに、バスジャック犯が乗り込んできて、咲子さんが人質にされてしまう。

 これは、ただの既視感なのか? それとも本当に繰り返しているのか? と逡巡する。

「咲子さん、次の停留所で降りるつもり?」
「そうだよ。なんで?」

 まだ、可能性の段階だ。
 だけど、試す価値はある。

「咲子さん、移動しよう」

 なになに、どういうこと? という咲子さんの左手を掴むと、強引にバスの最後部の五人がけシートへ移動した。反対側の席に座る正義漢と視線が合い、「スマホの操作に気をつけて」と告げる。怪訝な顔をされたが、これで犯人を刺激せずに済むだろう。

 バスが『日本大通り』の停留所に向かって行く。
 もし、俺が同じ時間を繰り返しているとすれば、犯人が乗り込んでくるだろう。

「ちょっとこの席にいて!」と咲子さんに言い残し、運転席へ向かう。
 運転手に「すいません、ピンポンミスして押したので、飛ばしてくれませんか?」と声をかける。
「いや、お前さんの他にも降りようとしてる人がいるから、だめだよ」

 振り返ると、白髪の老人と咲子さんが降り口の側に立っていた。座っていてと頼んだのに、と内心で舌を打つ。

『次は日本大通り、日本大通りでございます』

 運転手のアナウンスと共に、扉が開く。
 すると、飛び出し口が開いた競走馬のように勢い良く、目出し帽で顔を隠しているリュックを背負った男が飛び込んできた。男は、あっという間に咲子さんの背後に回り込んで、サバイバルナイフを首筋につきたてた。

「乗って来るんじゃねえぞ! おい、運転手! バスを早く出せ!」

 窓から外を見ると、歯がゆそうな顔をした、スーツを着た男が二人、こちらにむかって立っていた。なにやら、ぼそぼそとつぶやいているが、聞き取れない。
 扉が閉まり、鞭を打たれた馬のように、バスが走り出す。

「ついてこい」

 男に促され、咲子さんがこちらにやって来た。
 やはり、俺は同じ時間を繰り返している、と確信する。
 誰か、なんとかしてくれないだろうか、と周囲を見回す。
 が、視線を泳がせるのをやめた。

 俺はなんのために、繰り返しているんだ?
 誰かがなんとかしてくれる、の「誰か」なんて、いなかったじゃないか。
 だったら、自分で動くしかない。

 俺は、俺の武器で男に立ち向かうしかない。けど、一体なにができる? ポケットの中になにかないかと探るように、頭の中で考えを巡らせる。
 しがない営業の、今の俺にできること……。

 セールストークだ!

=====つづく
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#爆破ジャック
第3話⇨https://note.mu/henshu_ckr/n/nc7713133e831?magazine_key=mb932c05bbc08

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