如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#11-7周目 全国長男連盟はみんな仲間だ
十二月の風が吹き抜け、体が震える。
嫌な汗が流れ、さっと首に触れて確認をする。血は流れていなかった。痛みも残っていないことに、ほっとしつつ前を見ると、いつものあかいくつバスが停まっている。運転手が催促する目つきで俺を見ている。
さっきのバスジャックで得た情報を整理しながら、バスに乗り込む。
急ブレーキ作戦は悪くないと思ったのだが、首を切られるとは思っていなかった。今日はオーブンを売ることはできなかったし、どのみちクビを切られる日なのかもしれない、なんてつまらないことを考えている余裕はない。
次の停留所までは二分ほどしかない。
六周目で新たに得た情報は、岡本には病気の妹がいて、彼女のために保険金目当てのテロを行っていた、ということと……咲子さんに、オーディションを受けていないことがバレていた、ということだ。
七周目にして、俺は一体どの面下げて彼女に会えばいいんだよ? という気持ちになる。
いや、今はそれよりも、だ。
岡本の意思が固ければ交渉は難しいのではないだろうか? 妹のために自殺する気でいるのならば、俺がいくらどんな言葉をかけたところで、意味がないのではないか。
だったら、交渉を諦めて、強行手段に出るしかないのではないか。
どうにか、岡本の隙をつき、彼の背負っているリュックサックを投げ捨てられればいいのではないか? と考えを巡らせる。
「乗るの? 乗らないの?」という運転手の視線にイラっとしながら、バスに乗り込む。
「あんたは運転しているだけでいいよな」
思わずそう言うと、運転手は豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をした。
「お前さんも疲れてるな」
声をかけられたが、返事はせずに進む。菜々子嬢のコーヒーをかわして、車内を進み、咲子さんの隣に座る。
「森田くんじゃん、久しぶり。何年振り?」
咲子さんが俺に訊ねてくる。腹のなかでは、オーディションを受けなかった臆病者、と思っているのだろう。俺は「五年ぶりかな」と返す。
「ちょっと大事な話がしたいんだけど、一番後ろの席に移動しないかい?」
「いいけど、わたし次で降りちゃうよ」
「それも、少しだけ待ってほしい。一生のお願いだから」
「猫には九つ命の数があるっていうけどさ、森田くんは猫以上だね。一体何回一生のお願いを聞いたか覚えてないよ」
呆れながらも、彼女はついてきてくれた。逃げ出した臆病者の俺に、まだ少しだけ付き合ってあげようという気持ちがあるのかと思うと、ありがたい。
ここで、事件の話を持ち出せば、さきほどのような口論になってしまう。だから、「ちょっとここで待っていて」と待機させ、俺は急いでバスの後部ドアへ移動した。
「ちょっと君」
四方山が俺の横入りに対して苦言を呈する。さっきからこのオッサンは俺の邪魔ばかりしやがって、と思うが、元警察としての染み込んだ正義感があるのだろうと文句を飲み込む。
『次は日本大通り、日本大通りでございます』
アナウンスがかかり、バスがバス停へ向かって速度をゆるめる。
開いた扉から岡本が飛び込んでくると、俺の背後に回ってナイフを突きつけた。
「乗り込んだらこいつを殺す。おい! 運転手! 早くバスを出せ!」
このタイミングで、岡本をすぐに逮捕術とかで組み伏せてくれればなあ、と四方山を見ると、唖然とした様子で俺たちをじっと見つめているだけだった。
少し恨むぜ、と思いながら、ゆっくりと運転席のそばへ移動する。
「あんたには悪いけど、ちょっと人質になってもらう」
さっきまで聞き流していたが、彼は本心から「悪いけど」と思っているのだということが、俺にはわかっている。
「ああ、構わないよ。妹のためなんだろ?」
「なんで知っているんだよ」
俺はつい、返事をしてしまった。しまった、と思って口を覆ってももう遅い。
「おい、なんで知っているのか答えろよ!」
耳元でがなり声をあげられ、「勘ですよ、勘」と慌てて返す。
「そんなピンポイントでわかるわけねえだろ、超能力者じゃあるまいし」
俺のこの繰り返し能力は、いわゆる超能力というやつなのだろうか。でも、大学生時代に帰りたいと思っても帰れなかったし、超がつくならもっと融通の効く能力にして欲しかった。
「まさかお前、滑川《なめかわ》の仲間かよ。先回りをしてたってわけか? 嘘だろ? バレバレだったってのかよ」
ナイフの先が、首筋にくっつき、ちくりと痛む。俺は「違います違います!」と慌てて弁解をする。
「ちょうど妹のことを考えていたので」
「お前にも妹がいるのか」
「ええ、もうすぐ結婚するんですけど、式でスピーチを頼まれていて。兄っていうのは、妹のために頑張るものじゃないですか」と口からでまかせを言う。
こんなことを信じてくれるだろうか? と疑問だったが、岡本は「そうか」と先程よりも、緊張感のゆるんだ声を漏らした。
「長男は大変だよな」
全国長男連盟はみんな仲間だ、と絆が芽生えたのを感じる。
「その滑川っていうのは誰なんですか?」
新しい情報だったので、仕入れておこうと訊ねてみる。関係ないだろ、と一蹴されるかと思ったが、わずかな絆が芽生えているからから、「お前だって知ってるだろ」と彼は口を開いた。
「磯子の倉庫に、ドラム缶が見つかったって事件」
磯子、倉庫、ドラム缶、というキーワードを使って記憶を検索し、一つの事件が思い浮かんだ。俺のパワハラ上司が、俺を脅す際に最近、よく「お前もドラム缶に詰めるぞ」と話をする、その原因となっているものだ。
先週、身元のわからない男の死体が磯子の倉庫で発見された。ドラム缶に入れられ、セメントを流し込まれ、首から上だけ出た状態だったという。
「あの事件は、滑川絡みの事件なんだよ。見せしめってやつだな」
「殺された男はなにをしたんですか?」
「ノルマを達成できなかった。あれは、クビっていう儀式なんだよ」
ノルマを達成できなくてクビ、とは、親近感の湧く言葉ではないか。
「半グレっつうの? ヤクザとまではいかないけど、若手悪徳ベンチャー企業みたいなもんだ。そのトップにいるのが、滑川っていう男なんだよ」
「若手悪徳ベンチャーねぇ」
俺の話し方が茶化したように聞こえてしまったのか、「マジでやべえやつなんだって」と岡本は話を続けた。
「女子高生を薬漬けにして無理矢理AVに出演させて、今度はそれをネタに家族をゆすったり、金持ち老人から孫が起こした事故の慰謝料を払えって大金を騙し取ったり、新種の脱法ドラッグを作って流通ルートを作ったりしてるんだ。悪いことなら、手広くなんでもやってる。最近はヤクザとも揉めてるけど、今までの人生で負けたことがないからって、強気でいるらしい。とにかく、残忍な男なんだよ」
世の中には、恐ろしい人間がいるものだ、とナイフを突き立てられながら、ここにはいない、その滑川という男のことを考える。人の痛みを知って、それを利用し、金を巻き上げる狡猾な人間なのだろう。
「で、私がなんでその滑川の仲間だと思ったんですか?」
「お前に説明する義理はねえよ」
全国長男連盟の絆はどこに、つれないことを言うなよ、と思ったが、信用を得てはいないから仕方がない。そこで、俺は金になる情報を使って交渉することにした。
「あそこに、お嬢様とその護衛みたいなカップルがいますよね」と岡本に耳打ちする。「彼らは駆け落ちをしているところなんです。それで、代々伝わる三百万相当の指輪を持っていますよ」
「マジかよ?」
「それが本当だったら、私のことを信じてください」
岡本が「おい! お前!」と菜々子嬢に声をかける。
「金になる指輪を持っているのか?」
菜々子嬢が、目を瞬かせる。なぜそのことを? と顔に書かれているようだ。
「さっさとよこさねえと、こいつを殺すぞ」
それだと俺は見殺しにされてしまうのではないか、と思ったが、菜々子嬢と町山は目配せをし、しばらく思案するような間を置いた後、町山が指輪の入った箱を持ってこちらにやって来た。
まさか、俺のことを助けようと動いてくれるとは思っていなかったので、自分で売り渡しておきながら、思わず「ありがとうございます」と素直にお礼を言ってしまう。
指輪を見て、「すげーなこりゃ」とバスジャック犯が漏らす。俺は実物を見るのが二度目だが、それでもやはりすごいなぁ、と生唾をごくりと飲んでしまう。
岡本が、右手のナイフで俺を拘束しつつ、どうにか受け取った指輪をリュックサックにしまえないかともぞもぞ動き出した。
「お願いです。その指輪を渡す代わりに、俺たち二人だけ降ろしてくれませんか?」
町山がそう言うと、「確かに、ギブ&テイクは必要だよな」と岡本がうなずいた。
と、同時にどさどさ、と音がした。どうやら、リュックサックの中身がこぼれてしまったらしい。
床を見ると、そこには落ち葉のようなものがたくさんつまったジップロックが転がっていた。リュックサックの中には筒状の爆弾がたくさんつまっているのではないか? と想像していたので、これは一体なんなのか、と首を傾げ、ナイフがあったので慌てて体勢を戻した。
「おいおい、勘弁してくれよ」
犯人までそれを言うのかよ、と思いながら、散乱したものを見る。ただの落ち葉じゃないだろう。
これはおそらく、脱法ドラッグだ。
=====つづく
第11話はここまで!
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