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「狙われない神椿市」

神椿市侵略中 day1

「狙われない神椿市」

 「神椿市外交課」それは幸祜、CIELの2名からなる、神椿市の外の世界と交流を図るための組織である。しかし彼女らが精力的に外交課として活動しているかというと、そうではない。幸祜はゲーム三昧、CIELはそもそも家から中々出てこないという自堕落っぷりである。外交課に与えられた仕事部屋は、今や2人の雑談部屋となっている。ではなぜ、この状態が許されているのかというと、神椿市は積極的に外部と交流をはかろうという気がないためである。

 しかし、この日は違った。いつも形だけの業務として開いていた、外部連絡用の電子通信システム内に、一件の暗号化されたメッセージが残されていた。
「幸祜ス、これって...?」
 CIELは初めてのメッセージに驚きつつ、幸祜に画面を見せる。
「えぇ...どうせイタズラだよ〜。ほっとこう?」
 まるで乗り気でない幸祜をよそに、CIELは1人で解読ソフトにメッセージを読み込ませる。

「幸祜ス!!これみて!!」
 先程とは違い、緊迫感のある声色に思わず幸祜は画面をみた。
「......これはまさか...脅迫?」
 いつになく真剣な面持ちで画面を凝視する2人の目に映ったのは、まさしく神椿市外交課に対する脅迫ともいえる内容だった。

"突然のご連絡申し訳ございません。私は、この世界の外からやってきた、異人です。外交課の御二方にお話したいことがございます。明日、神椿市弐番街の指定された住所までお越しください。私は大量殺戮兵器を保有しています。どうか妙なことは考えず、お二人でお越しください。美味しいお茶を用意して、お待ちしております"

「しえるん、なんとも丁寧な文章だね。」
「うん、このビックリするくらい物騒な単語を除けばね...」
 

 
 2人の間に片時の戸惑いを含んだ沈黙が流れる。少し手を差し違えば、たちまち大惨事となり得る自体への対処に、外交課は頭を悩ませていた。先に口を開いたのは幸祜だった。
「うん...やっぱいくしかないか!」
「え?!ダメだよ!危なすぎる!」
 CIELは考えるより先に制止の言葉が出ていた。しかし、止めたからといって有効な代案が頭に浮かんでいたわけでもなかった。
「危ないのはもちろん分かってるけど、私達以外が行ったらその時点でドカンかもしれない。それに、私達に積極的に危害を加えることはない気がする。」
「気がするって...でも、私達以外には動けないもんね。行こう!幸祜ス!」
 CIELは一切の根拠のない自信に背中を押されるような思いがした。

 
「しえるん、ここであってるよね...?」
「うん...多分...」
 翌日、指定された住所に来た2人は古びた一軒家の前に立っていた。瓦の屋根に木造の壁など2人は見たことがなかった。律儀にチャイムを押すのも違う気がした幸祜は、はじめて見る形状のドアに手をかける。
「こうかな...?」
 持ち手の上にあるレバーを親指で倒し、ドアを引くとギィという音と共にごく普通の玄関が姿を現した。
 
「ようこそ、いらっしゃいました。神椿市外交課。」
 玄関の先には小綺麗な格好をした、初老の男性が立っていた。その佇まいには敵意はなく、純粋な歓迎の意が感じられる。
「土足のままで結構です。さ、奥へどうぞ。」
 そう言って2人は奥の部屋へ通される。
「うわぁ...何この部屋...」
 思わず幸祜の口から感嘆の声が漏れる。2人が通された部屋は、畳の床、中央にちゃぶ台、薄暗い白熱電球と映画でしかみないような空間だったのだ。
「さ、お茶でも飲みながらゆっくりお話しましょう。座って座って。」
 初老の男はそう言うと、冷蔵庫から缶の飲み物を3つ出してきた。その缶にはメトロティーと書かれている。男は缶を開け、ひと口飲むと2人にも飲むよう勧めた。2人は男が飲んだのを見てから、缶の栓を開ける。

「あなたの目的は何?」
 幸祜は改めて目の前の初老の男に聞く。
「私は随分前にこの街を自分達のものにするために、はるばる遠くの電脳世界からやってきたのです。」
 男は流暢に喋り始めた。
「つまり、侵略ってこと?」
 CIELからの質問に男はニヤリと笑い、首を横に振る。
「元々はそのつもりでした。私が用意していたのはこれ。このカプセルの中のものを吸い込むと、人類は凶暴で低能な猿のようになり同士討ちを始めます。これをタバコにでも混入させて、人類を同士討ちさせて滅ぼし、この街をいただこうと思っていたのです。あのメッセージに書いた、大量殺戮兵器とはこれのことです。」
 そう言うと、男は懐からピンク色の結晶が入ったカプセルを取り出し2人に見せる。幸祜はすかさずそのカプセルを奪おうとするが、ヒョイとかわされてしまう。
「そう暴れないで。安心してください。私はもうあなた方人間を滅ぼそうとは思っていません。」
 CIELは思わず驚愕の声を上げる。
「え?!なぜ?」
 その問いかけに男は懐かしむように語り始める。
「それは簡単です。あなた方人類は自らの手で勝手に滅びると思ったからです。」
「それはどういうこと!!」
 すぐさま幸祜は声を荒げる。男はそれを見てもなお余裕のある表情を崩さずさらに続ける。
「ここしばらくの人類の発展は目覚ましいものがあります。しかし、その発展の裏で人類は自らが住む世界から緑を奪い、海を汚し、他の生物を人類にとって有益かどうか分からぬまま、生息圏を破壊して滅ぼしました。さらには、人間同士が罵り合い、弱いものを責めたてて自分の価値を守ろうとする。人類は自らの手で世界を、そして人類を滅ぼそうとしているのです。」
 この男の言葉に2人は何も言い返すことができなかった。
「こんなにボロボロになった世界はもはや手に入れる価値などないのです。ましてや、放っておけば滅びゆく人類をわざわざ私が滅ぼす必要はないと思ったのです。」 
 男の言葉はまるで諦めのような哀愁を感じさせた。
「それで、私達を呼んだのはなぜ?」
 幸祜は落ち着いた声で問いかける。初老の男は覚悟を決めたように立ち上がる。

「私と勝負をしてほしいのです。」
 そう言った男の姿はいつのまにか、両手がハサミのようになった異形の姿へと変貌していた。幸祜とCIELも立ち上がり、狭い部屋で臨戦体制を整える。
「私とじゃんけんをしましょう。私が負ければ、何もせず自分の世界へと帰ります。」
 男の提案は拍子抜けするようなものだった。しかし、戦うことなくこの街から離れるというのなら、それに越したことはない。まずはCIELが前に出る。
「最初はグー、じゃんけん...ぽん!」
 CIELは冷静だった。異形の男の手がチョキしか出せないことに気づきグーを出していた。しかし、予想に反して男の手は人間のそれに戻っており、出された手はパーだった。

「おあいにくさま」
「しえるん、伏せて!!」
異形の男はハサミ状の両手から突然衝撃波を放つ。木造の壁ごと2人は吹き飛ばされ、外に投げ出される。受け身を取り着地した幸祜はいつの間にか、二振りの真っ黒い刀を抜いていた。
「しえるんは下がってて。ここは私が。」
 幸祜がそう言うと、二振りの刀は蒼い光を纏う。土煙の中から、異形の男が近づいてくるのを目で捉えた。幸祜は稲光のような速度で、男の懐に飛び込む。異形の男はハサミ状の両手から光弾を放って迎撃するが、高速で移動する幸祜を捉えることはできない。そのまま男のサイドをとった幸祜は、落雷のような斬撃を放つ。キィインという凄まじい金属音がした。異形の男はギリギリのところでガードを入れて、致命の一撃を防いでいた。初撃を防がれた幸祜は一旦距離を取る。

 幸祜は懐から3本のクナイを出し、男の正中線目掛けて投擲する。3本のクナイはそれぞれ、眉間、喉、水月に正確に投擲されていた。異形の男は人間離れした横跳びでそれを回避するが、回避した先にはすでに幸祜が攻撃体勢で飛び込んでいた。上段への一文字から流れるように足斬りへと、幸祜のしなやかな身体を活かした攻撃が繋がるが、どれも寸前で外される。対峙する2人の間にまたしても距離が空いた。

「あなたとはまだじゃんけんをしていませんでしたね。」
 男は唐突に言う。しかし幸祜は次の一撃を放とうと、刀を構える。
「私はもうあなたと戦う気はない。じゃんけんをしましょう。」
 異形の男は手を前に出す。幸祜もそれに応えるように右手を出した。
「最初はグー、じゃんけん...ポン!」
 先程とは違い、男の手はハサミ状の異形のままだった。幸祜の手は......グー。この土壇場において幸祜は世にも奇妙な読み合いを制して見せた。
「私の負けですね。約束通り自分の世界へ帰ることにしましょう。」
 すでに空は暗くなっており、戦闘の影響でこの周辺の街灯は点かなくなっていた。普段は街の明かりで見えることのない星空が、3人の真上には広がっていた。
「美しいでしょう。この空は。あなた達人類はこの星空さえも手にかけようというのだから恐ろしい。こんなところは早々に去るに限ります。」
 異形の男が懐かしむように空を見上げ呟くと、全身が虹色の光に包まれそのまま飛び去ってしまった。

「行っちゃったね...」
 飛び去った方角を見ながらCIELは言った。
「ねぇ、幸祜ス。これは何事もなく解決できてよかった...でいいのかな...?」
 しばらくの沈黙の後、幸祜は答える。
「しえるん、もう何かが起こってるんじゃないかな。でも.....」
 星明かりが2人の下に影を落とした。

 その後、神椿市外交課はありもしない大量破壊兵器を恐れ、無断で戦闘した挙句、侵略者を取り逃したとして責任を追求された。2人はその責任を負い、外交課は事実上の解体、それぞれの道へ進むこととなった。空になった外交課の仕事部屋の窓からは、声高に都市開発を叫ぶ群衆と、何やら熱心に携帯で文字を打ち込む人々の姿がみえるのだった。
 

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