お題のお話(お題:手帳)

以下は、友人である、えすぞうさんに、「手帳」というお題をいただいて書いたものです。

『手帳の管理は難しい』

 手帳の管理ができていない、というと、スケジュールの調整が下手みたいに思われるかもしれないが、そういう話ではない。

 氷室さんの手帳は、すぐどっかに行ってしまう。好奇心旺盛なので、ちょっと目を離した隙に、するりとスーツの内ポケットから逃げ出してしまったり、ピョンとカバンから飛び出してしまったりする。手帳用のハーネスを買おうとしてみたのだが、恋人が「なんだか犬みたいでかわいそうだよ」などと言うので二の足を踏んでいる。大事な手帳だから、そばに置いて守りたいだけなのに。
 そんな話を、カフェで温水さんにしてみた。
「ま、ほら、どんな手帳に当たるかはさ、ガチャみたいなもんだから」
「出た、そのたとえ」
「おんなじ内容の手帳なのに、なんでか個性があるもんだから、元気な子もいれば、大人しい子もいるわな」
 温水さんは、なんだかやたらにふわふわもこもこしている手帳を撫でている。ツノとしっぽがある。
「あと、持ち主が何を書き込んだか、どう扱ったかももちろんあるし、何より環境が大きいよ。路線図がついてる手帳だって、田舎にいたら静かだろうし、東京なんかで使われてみなさいよ、よく駅で迷子になってるらしいじゃん」
「出張で行ったりすると、地下鉄とかではしゃいでるのをよく見るよ。スタンプラリーとかも勝手に押しに行っちゃうらしいよね」
「そうそう、だから、まぁ、ある程度しょうがないよ。うちのはあれだよ、ストレッチとかヨガとかのページが多めにあるから、めちゃくちゃ柔らかいよ」
 温水さんは、分厚いふわもこの手帳をこんにゃくみたいに曲げた。
「なるほどなあ。そういえばさ、こないだ姪っ子がうちに遊びに来たんだけど、帰ったあとに手帳だけ残ってて。姪っ子が使ってるのが、プロ野球の球団の応援手帳なんだけど、うちがCS入っててたくさん試合が見られるからって、うちの手帳になるって言って帰んないんだよ。母さんが野球チャンネル契約してるんだけどさ、『パ・リーグだからなかなか地上波で映んないのよ、いいじゃない、おいてあげようよ』って言うんだよ」
「引き取ったの?」
「まさか! 姪っ子の個人情報がたくさん載ってるのにかわいそうだろ。返したよ」
 氷室さんはコーヒーを飲み干す。
「そりゃそうか。手帳の寿命は一年ほどだから、やっぱり持ち主が大事に使ってやらないとね。でもさ、こないだ話題になってた美術系の手帳の話、知ってる?」
「え、どれ?」
「美術館で迷子になっちゃった手帳とね、三年後に別の美術館で再会した人がいるんだって」
「よく生きてたね!」
「それが、五年間使える手帳だったらしいよ」
「なるほど〜。あれっ、温水の手帳は三年間使えるやつだっけ」
「そうだよ。氷室のはあれでしょ、刀とか載ってるやつ」
「そうそう。これ、買ったばっかりのときに、ページで指切ったらどうしようかヒヤヒヤしたんだよね」
「スッパリいきそうだもんね」

 二人がカフェから出ると、入り口におしゃれな手帳が一冊、ウロウロしていた。閉まりかけの扉から、店内を覗こうとモジモジしている。
 温水さんが、ハッとした様子でスマホを触りだした。
「どしたの?」
「やっぱり! こないだね、迷い手帳のポスター見て、気になって写真撮ってたんだよ。ほらほら、これ、この子だよ」
 氷室さんが画面を見る。確かに姿は同じだ。なになに、「いつか行きたいカフェをたくさん書き込んでいたら、うずうずしたのか、いなくなってしまいました。」なるほど、間違いなさそうだ。
 温水さんが拾い上げて、「ちょっと失礼しますよ」と言って開いて連絡先を確認する。
 もう一回店の中に入って、引き渡しなどについて相談しようか。この手帳をカウンターに置いて。

(おしまい)

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