見出し画像

Dancing Zombiez/加持祈祷-6 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS



「……無事か?」

フッちゃんの声で目を覚ます。腰の上と、肩甲骨の上の辺りに圧迫されるような鈍痛を感じて思わず身を捩った。背にぴったりと張り付いた本棚。両腕は背中でがっしりと固定され、相当体幹がしっかりしていないと立ち上がれない仕様になっている。多分結束バンドか何かで縛られているのだろう。両腕に力を入れて引っ張ると、手首に固い感覚が食い込んでキリキリと尋常じゃない痛みを覚え、おれは思わず脱力した。
「いちおー」続いてキヨスミの声。左肩が重くなる。おれの左隣に転がされたヤツは、おれの左肩に寄りかかるようにして首を逸らし、やれやれといった趣きで小さく溜め息を吐いた。右隣では九野ちゃんが、「うおーすんごい丁寧に縛られてる……」なんて言いながら一生懸命身体を捻って後ろ手に縛られた手首を確認している。びっくりしたせいなのか、その仕組みはよくわからないけれど、弊バンドのらんま系男子共ふたりはどうやらすっかりもとのオトコの姿に戻っているようだった。

あの瞬間におれ達の身に何が起こったのかは一切わからないが、今おれ達の身に何が起こっているのかはわかる。目の前でマスク越しに高い鼻筋を誇示するかのように仁王立ちする美少年に、まんまとしてやられたのだ。

「……なんのつもりや自分」

五歳は歳上の、しかしネームバリューには五倍は差が開いていそうなバンドマン四人を見下ろした水島空白は、無邪気な五歳児のような仕草で小首を傾げ、さも楽しげに言った。

「いっかいやってみたかったの! 立てこもりってヤツ?」

そんな、天才子役が初めてカノジョと観覧車乗る時みたいな言い方をしないでほしい。生まれて初めてのデート程、生まれて初めての立てこもりはフランクでカジュアルなもんではない。
しかしすっかり殺る気満々の美少年は、アメンボのような体躯をより華奢に見せる幅の広い短パンのポケットに両手を突っ込んで徐にその場にしゃがみ込んだ。床に尻を付いたおれよりも少しだけ上にある、その新鮮なゆで卵のような顔面を不敵に歪め、傷ひとつなく白い膝小僧を寄せてゆっくりと、話し始める。


「ヒーロー達を縛り上げたヒールがする事と言えばただひとつ、身の上話だよね。僕、神様だったんだ」



******************

「僕のこの力はおかあさんから受け継いでね。五歳のある夏の日に、おかあさんの故郷に連れていかれたんだ」

身の上話と言うよりは、楽しかった子供の頃の想い出でも話すような調子で水島空白は喋っていた。眼窩からこぼれ落ちそうな程の大きな黒目が半分程隠れるぐらいに瞼を落として、濃いまつ毛に縁取られた目尻を下げる。

「山奥の小さな小さな村でね、おじいちゃんおばあちゃん達がみんな、優しくしてくれたんだ。僕はこの力があるから、触ってもいないのにものを壊しちゃったりするし、いつも友達から怖がられてた。優しくしてもらったのなんて初めてだったからさ、嬉しくて嬉しくて」

朱色の五芒星が描かれたマスクは意外と厚みがあるようで、口元の動きまでは頬の微細な上下でしか察せない。隙を見せまいと眉根にぐっと力を入れるおれにまるで場違いな程優雅な笑みを向けていたヤツの目から、サッと光が失われる。


「でも、十歳の誕生日に村の大きな湖の底に、沈められそうになった」


「ひとばしらだ」九野ちゃんの向こうからフッちゃんがつぶやくのが聞こえた。ひとばしら……って、横溝正史の世界線ではよく見かける、アレか。人柱。普通に生きていればフィクションの世界でしか目にする機会のないような字面を唐突に口にされると、咄嗟に脳内で漢字変換が出来ないのだという事を学んだ。いやそんな学びを得ている場合ではないのだが。思わず身震いするおれの目の前にしゃがみ込んでいた水島空白は、その時の怒りか、恐怖か、はたまたどんな怒涛の如き感情が蘇ったのか、突然床に尻をついてあぐらを掻き、猛り狂いはじめた。

「意味わかんなくない!? 死んだら本物の“神様”になるって村の一番偉いじいちゃんが言ったんだ、でもそれって死ぬために育てられてきたみたいじゃないか! 僕は水の中から必死で逃げ出した。そりゃそうだよ、それまでさんざっぱら甘い言葉ばかりかけてきたおとな達に裏切られたんだからね」

その目には涙が滲んでいたような気がするが、今となっては確認する術はない。

「外の世界は知らないものだらけだった。僕はなんにも知らなかったんだ。音楽も村のおじいちゃんおばあちゃん達が聴いてた演歌とクラシックしか知らなかったし、パソコンだって触った事もなかった。外の世界は楽しかった、神様じゃない生活は楽しかった、生まれて初めてパソコンに触って、歌ってみた動画アップして、スマホを手に入れて、TikTokでボカロ曲のマッシュアップに、ラップを乗せて歌った。みんなが沢山聴いてくれて、嬉しかったな……」激情に任せてひと息にまくし立てるその姿はまるで二・五次元舞台とやらの美少年キャラのようだが、これは紛れもなくフィクションではない。
「それで僕、気がついたら、大勢のおとなに優しくされるようになってた」

ゆっくりと、瞼を落とす。齢十七にして既に羨ましい程育った涙袋の上に、睫毛の影が出来た。

「でもね、みんな同じ顔してんだ、あの村のおじいちゃんおばあちゃん達と。デパートの売り物を見るような顔だよ。傷をつけないように、少しでも綺麗なまま棚に陳列しないといけない」

そこで一旦、大きく息を吸う。地上に無理矢理引き揚げられた深海の生き物のように、マスクがベコっと凹んだ。

「子供の頃の僕はなんにも知らなかった、みんなが観てきたアニメも、有名なロックバンドも、なんにも知らなかった、今から知る事は出来ても、本当の意味で共有は出来ない」

怖い程に静かな声色だった。その時、尻の下の床が細かな振動を起こしている事に気がついた。九野ちゃんもそれに気づいたのか、わかりやすく慄いたような表情で両手でぺったりと床を押さえている。流石の魔法少女も本気出さんと両手じゃ地球の揺れは押さえられんぞ。
徐々にだが、明らかに段々と地面の揺れは大きくなっていく。各々慌てふためくおれ達だったが水島空白は徐にその場から立ち上がり、荒ぶる剣幕はそのままに構わず喋り続ける。

「だから僕はずっと、ずっとひとりぼっちだった! おとな達も、どんなに優しくしてくれたって仲間にはなってくれない! 僕にはこんなに才能があって顔だって可愛いのに!!! 誰も仲間にはなってくれない! 僕はただの金蔓で、神棚に捧げられる供物」

水島が怒れば怒る程に揺れは大きくなっていく気がしてくるが、それが気のせいではない事をおれはすぐに思い知らされる。何故なら――。


「全然楽しくない!!! どんなにちやほやされたって全然!!! それより偉いおとなからちやほやもされてないお前達の方が楽しそうに見えるんだ、おかしいと思わない!?」


両手を広げ、いっそ演劇かというぐらいのオーバーアクションでまくし立てる水島が少しずつ後ろへ下がっていく。身動きの取れないおれ達との間に間合いを設けるように、反対側に設置されているバーカウンターの前まで移動し、そこで立ち止まった。

「むさ苦しいちっさい煙草のヤニで薄汚れたハコでさ、安酒飲んでさ、どうしてそんなに楽しそうに笑えんの!?」

そのよく通る声には剥き出しの憎悪が感じられたが、今にも泣き出しそうに弱々しくもあった。ヤツはおれ達を丁寧に黒く塗られた爪先で突き刺すように指差しながら、目を見開いて叫ぶ。

「お前らは特にだよ!? 僕と同じなのになんでそんなに楽しそうなの!?」

僕と同じなのに、と水島空白はもう一度繰り返した。「同じ」を「おんなじ」と発音するのが幼い子供のようで、おれは下唇を噛む。


と、その瞬間。
水島とおれ達の間のディスタンスを埋める板張りの床を突き破り、凄まじい量の水柱が吹き上がった。


「オワーーーーーーーーッ!?」九野ちゃんが、流石のおれ達でも聞いた事もないようなクソデカ声を出して驚いている。かく言うおれは驚きすぎて声を失っているし、多分キヨスミも同じ状態なのだろう。おれの左肩に、完全に“無意識”という趣きでぴったりと貼りついている。目の前には、例えるなら華厳の滝をそのまま天地ひっくり返したような巨大な水の柱。これが驚かないでいられるわけがない。

怒涛の如き水量のせいでおれ達は一瞬でビショビショになる。驚いて思わず口が開くが、出処のわからない水飛沫が口の中に入ってきて気味が悪いので慌てて口を閉じた。
厚い水のカーテンの向こうから、水島空白の声が収まる事なく飛んでくる。何やそのバブリーな演出、嵐のライブじゃねえんだよ。
「僕は神様なのに!? 神様なのに!!! どうしてこの手には何も欲しいものが残ってないの!?」
水島が喚けば喚く程に水柱の水量は増えて、おれ達は足だけで床をずって後退りするも、五センチも下がれずに肩甲骨が本棚の棚板に触ってしまった。この水圧に呑まれたら最後、天井まで吹き上げられて叩きつけられ、打ちどころが悪けりゃ……考えただけで股がヒュンヒュンする。


本能的な恐怖の方が現状の理解よりも先走って機能したその時、眼鏡にワイパーつけたい程の水しぶきが突然、何か見えないものに遮られた。


説明するならば――実物が目の前にあったはずの水柱が、突然テレビの向こうの出来事になってしまったかのような、そんな感覚だ。ド迫力はそのままなのに、身体中を濡らす猛烈な水飛沫や大雨が天地逆さまに降ってきたような――“降って”きた……? ――冷気は完全に何処かに消えてしまった。まさかと思い、右隣の九野ちゃんの向こう、フッちゃんを見ると――ギタリストはライブハウスの舞台の上でも見た事がない程に目を見開き、血の通った般若の面のような表情で水柱を睨みつけていた。こめかみに血管が浮いている。

おれは直感的に察した。これはフッちゃんのお陰だ。フッちゃんが、その霊験あらたかな霊能力を込めたひと睨みでおれ達の周辺に結界を張ったのだ。その証拠にフッちゃんの表情が少しでも緩むと水飛沫が復活し、水柱の実在感が薄れる程にフッちゃんのこめかみの血管が妖怪映画に出てくる俳優の特殊メイクのようになっていく。
隣に座らされた九野ちゃんも幼馴染みの様子のおかしさに気がついているようで、いつになく強ばった表情でフッちゃんの服の裾をシワになる程強く握っていた。フッちゃんもそれに気づいたのか九野ちゃんを一瞥し、そのままおれ達の方にも目配せして、わざとらしい程に脳天気な、いつも以上のクソデカボイスで言う。
「こんなことなら母ちゃんに恥を忍んで聞いときゃ良かったなあ、退治の仕方!!!!!!」
アハハハハ、とおもちゃのニワトリを踏んづけたような声で笑う様子はいつもと一緒だが、おれ達にはその声がいつもより強ばっている事がわかってしまった。左肩で、キヨスミが息を詰める気配を感じる。おれはフッちゃんの様子を注視しながら、どうにかして両手の自由を阻む拘束を力づくでも解けないかと焦っていた。
フッちゃんがそのまま結界を貼り続けてどうするつもりだったのか、今となってはわからない。しかし、陽気でしっかり者で声のでかいバンドリーダーはおれ達メンバーを横目でちらりと見回すと、敵を真っ直ぐに見据えながら言い放ったのだった。

「だーいじょうぶ! お前らは俺が守るよ」

その、もにゃもにゃした天パの金髪の前髪に半分隠されたくっきりとした二重瞼が少しだけ伸びた様子を目にした瞬間、おれの脳裡には何故か、その時から丸一年前ーー2018年の夏のある日の出来事が過っていた。


******************

あの日は確か、フッちゃんの先輩がやってるバンドのライブを観に行った帰り道だった。音楽絡みの事に関しては(好みはバラバラのくせに)割と団子になって行動するおれ達にしては珍しく、あの時はキヨスミがバイトで来られず、九野ちゃんにもサークルか何かの行事でパスされて、フッちゃんとふたりで現場に向かったのだった。
言うて大して仲良くもないパイセンだからさ、と言ってのけたフッちゃんは打ち上げの誘いをレモンサワー片手に軽快に断り、でも流石に腹減ったな、と近所の街中華に入ったのだった。
お互いにラーメン半チャーハンを食い終えたところで胃腸の強いフッちゃんはビールを一本空け、おれはウーロンハイ一杯で諦めた。相変わらずお喋りのままだが舌の回りが怪しくなってきたフッちゃんはチェイサー代わりの水(三杯目)を一口飲んで、珍しい事におれに人生相談のような話題を振ってきた。
「俺さ、ずっと親に跡継げって言われてんのよ。俺、ひとりっ子の長男じゃん? 俺以外に継ぐ奴いなくてさ。まー従兄弟とかもいんだけど、でもさ、親のプレッシャーやばくてさ」
フッちゃん家はなかなかの名家だ。実家は今は沖縄だが元々は京都の陰陽師の一族が出自らしく、フッちゃん自身もなかなか由緒正しい霊能力を持っている。現代の霊能者がどんなふうに稼いでいるのか、失礼だが正直胡散臭い仕事しかイメージ出来ないのでなんとも言えないのだが、どうやら偉いシャチョーや政治家なんかを占って大金を稼いだり、いわゆる人ならざるモノに悩まされている一般人を助けて小金を稼いだりしているらしい。だから、フッちゃん家はある種、“太い実家”ってヤツだった。

世間一般では心の拠り所だとか、守るべき大切なものだとさもまことしやかに言われているが、おれにとって“家族”は重荷でしかなかった。一族に受け継がれるエスパーに昔から悩まされてきたオカンは、女手ひとつで育て上げた息子に普通の人生を歩む事を望んだ。教育の甲斐あってか「目立ちたくないな」と望みながらも、結局音楽で食っていく事を諦められなかった息子に、バンドの活動は二十代の間だけ、飽きるまではやらせてやろうと思っているとおれの二十歳の誕生日にオカンは言った。
おれは源家のひとり息子だ。最終的にはたったひとりの肉親である母親の生活を背負わなければならない。おれにだってその自覚はあって、専門を卒業した後はゆくゆくは正社員登用を前提とした派遣社員として働いているわけだが――正直、現状に納得しているかと聞かれると、首を縦には振れなかった。

入稿前、夥しい数のタスクに混乱しそうなのをすんでのところで留まるために、意味もなく手元のノートに書き出したタスクリストを何度も何度も読み返す夜十一時半、おれはここでずっと働き、歳をとり、朽ちていくのかと、ふと不安になる。メンバーはみんなひとり暮らしで、故郷があって、バイトで自分の糊口だけ凌いで、おれなんかよりも余程音楽へ割ける時間を沢山持っている。
もしもおれにも普通の父親がいて、母親と関係が良好で、この力も受け入れてくれていたなら、おれはもっと自由に音楽に生きる事が出来ていたのかもしれないとすら、思った事があった。おれは、いわゆる“太い実家”が羨ましくて、欠伸を噛み潰しながらフッちゃんの話を聞いていた。

井の頭線に乗るフッちゃんと駅前のガストの前で別れた時、黒地にインコが飛び交うアロハシャツに覆われた背中が、どことなくくたびれて見えたのだけはよく覚えている。いつものように陽気に片手を挙げて雑踏に紛れていくフッちゃんは、きっとおれが憧れた“太い実家”に苦しめられていたのだ。


長いようで一瞬の回想を終えたおれは、力づくで両手の拘束をぶち壊した。何故そんな事が出来たのか今となっては何もわからないが、キン肉マン先生の言うところの火事場のクソ力ってやつだろう、多分。拘束から解き放たれたおれを呆気に取られた仲間達の視線が囲むが、フッちゃんの注意がそれたせいか少しだけ水飛沫が、霧吹きをかけられているかのようにこちらへ飛んでくる。慌てて目線を水柱に戻しながら、何かを悟ったのか否か、フッちゃんがおれに言う。

「やめとけ!!! これは組長案件じゃない」

「さっきおれ案件やて言うたやんか」これはガチである。「さっきおれ案件やて言うたやんか!!!」大事な事なので二回言った。

「こっちが黙ってりゃあやいやいやいやい言いな、要はその辺にゴロゴロゴロゴロ転がっとるただのエスパーやないけ」言いながらおれは時間を稼ぎ、意識を足元へと向ける。「おれと同じや」

大技を使う時は、想像力が大事だ。これはそこですっかり狼狽えたアホ面でおれを見上げているベースボーカルから教わった事であり、その点では不本意極まりないのだが、そのメソッドにおれは何度も救われてきた。足元、そしてその向こう、床の下、どんどんどんどんと、床板が透けて向こうの全容が見渡せるイメージを、出来る限りの想像力を駆使してリアルに思い描く。


「フッちゃんだけにイイ顔させてやるかいな!!! おれかてな、仮にもHAUSNAILSのフロントマンや!!!!!!」


足元からエネルギーを引き上げるように、歌うように、シャウトするように啖呵を切った。眉間が燃えるように熱くなる。同時に、床板がドラムロールのようにドコドコと揺れまくり、遂にはランダムに剥がれ、下階から水柱と同じぐらい太い柱状のものが床を突き破って飛び出してきた。

「御柱だぁぁぁぁぁ!?!?!?」叫ぶ九野ちゃん、気圧されて跡形もなく消える水柱、そして目の前を塞いだその黒くどデカい柱状の何かは――――天井と床を繋ぐようにして聳え立ち、おれ達を窮地から救った事に満足したかのように、延伸をやめた。

「……バンドマンの怨念の結晶かな……?」

キヨスミが呟く。そう、おれは下階のライブハウス、クラブ・ビーの名物邪魔柱様の力を借りたのだった。


おれは柱と壁の間の隙間を何とかすり抜けて、バーカウンターの前まで移動した。おれのエスパーによってすっかり大きく育った邪魔柱様の陰では、美少年が情けなくも尻もちをついて震えている。おれはヤツの襟首を捻り上げて立たせ、燃える眉間をヤツのそれに押し付けるようにして言った。


「選べ!! また神様として大勢にちやほやされて生きるか、それとも人間として、おめーの言う仲間とやらと好き勝手楽しそうに生きていくのか! ふたつにひとつやボケナス!!!!!!」


美少年は掴んだ襟首にまで伝わってくる程ガタガタ震えながら、大きく見開いた目をひとつだけ瞬きした。大粒の涙が、一滴流れる。その、整いすぎていていっそ無個性な程の目がおれを真っ直ぐに見据え、躊躇うようにゆっくりとマスクが揺れる。


「僕は……人間として……!!!!」


力強く言いかけた彼の言葉が、イヤホンを抜かれたように途中で切れた。おれの右手の中から、布の感触が一瞬にして失われる。驚いて思わず何度も瞬きをし、空いている方の手で目を擦った、が----。


自分を「神様」だと名乗った美少年は、本当に幻であったかのように、その場から一瞬にして姿を消してしまった。

呆気に取られてただただ黙るしかないおれ達を、数多の怨念に彩られた傷だらけの御柱だけが静かに見下ろしていた。



続く


2018年設立、架空のインディーズレコードレーベル「偏光レコード」です。サポート頂けましたら弊社所属アーティストの活動に活用致します。一緒に明日を夢見るミュージシャンの未来をつくりましょう!