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正しい夜明け/樹海の車窓から-6 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

さっきから何回も作動させようと念じているのだが手ごたえがない、と唸る九野ちゃんを地べたに下ろす。空はすっかり暗くなって、鮮やかなブルーハワイに見えていたキヨスミの肌がブルーベリー味、といった感じの色味に変わっていた。どうしようどうしようと尻尾が渦を巻くようにその場でぐるぐると回る九野ちゃんだが、こちらだってどうしようもない。そのままぐるぐる回ってたらアマミホシゾラフグの要領で新たな魔方陣がそこに現れるんじゃないかとも思ったがあまりにも不義理で不謹慎なので言わないでおいた。と、地べたに魔方陣を描くイッヌの目の前に、ポコンッと言う効果音付きで何やら薄型のテレビモニターのようなものが出現した。それに気づいた九野ちゃんは顔を上げ、前足……もとい、元々手だったはずの部位でその画面を触る。
「あっ待って! メール来た」
えっメール? メール見れんのかよ、まあそもそもここ九野ちゃんのスマホを介したインターネットの中なわけだが、それにしても随分とSFだなあと存在がSFのおれが感心出来る事でもないが、呆気にとられるおれ達を放置した九野ちゃんはその画面(なんか宙に浮いている)に顔を近づけ、文面を読み始めた。

「なになに? 『哀れな魔法少女よ、お前が描いた拙い魔方陣から魔力を取り除いた。その世界にてお前達が目的とするものを手に入れぬ限り、元の世界には戻れまい。じきに夜が更け、夜明けを迎える。その頃にはスマートフォンの充電が切れる事だろう。それまでに元の世界へ戻る事が出来るかな? ウミノ・ナカダナーⅢ世』……やばい! だから魔方陣が作動しなかったんだ!!!」
「いやそいつ誰やねん!」思わず普通にツッコんでしまった。
しかし九野ちゃんはおれのツッコミなど完全無視で「クッソ~! いつもオレの行く手を阻みやがってぇ!!! ウミノ・ナカダナーⅢ世めぇ!!!!!!」と地団駄踏んで飛び回りながら悔しがる。なんか前聞いたような名前をしているが、その怪しすぎるメールの怪しすぎる差出人の正体はなんやねん。九野ちゃんの異常な悔しがりぶりに半ばおろおろしてしまうおれだったが、その他二名――青いオウムとネイビーブルーのスライム少女はなんでもないやみたいな表情で顔を見合わせ、眉をひそめて首を捻る。「目的とするものって?」とのフッちゃんの問いかけに、キヨスミはハチドリが5センチ前進する程の沈黙の後「……ビーフシチューオムライス?」
イノセントぶるな。


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説明しよう! “ウミノ・ナカダナーⅢ世”とは、九野ちゃん一族と先祖代々敵対し続けている黒魔法を使う魔族の一味の長子だ。秘密裏に現実世界への侵略を企むナカダナー一族はここ、日本は東京に目をつけ、人知れず超常現象を起こしたり魔が差したニンゲンを悪の世界へ誘い込んだりなんやらかんやら手を変え品を変え悪事を働いているのだそうだが、白魔法の使い手である九野ちゃん一族はその悪の勢力と人知れず戦い続けているのだとか。因みに我々一般人が彼等の存在を知らないのは、街中などで彼等が戦わざるを得なくなった場合など彼等を見た記憶を“見えざる力”によって消去されているから、なのだと言う。生まれてこの方男児として育ったおれでもわかる、魔法少女モノあるあるだ。

どうやら今おれ達が〇ーグルストリートビューに閉じ込められてしまったのは、そのウミノ・ナカダナーⅢ世による九野ちゃんを狙った策略のせいらしい。要はおれ達は白魔法使いと黒魔法使いの世紀の決戦に巻き込まれてしまったのだ。大変傍迷惑な話である。九野ちゃん曰く「SixTONESにいてもおかしくないジャニ系イケメン」だと言うウミノ・ナカダナーⅢ世の魔手から逃げるには、夜が明ける前に「目的とするものを手に入れ」なければならないらしい。しかし、「目的とするもの」ってなんだ?

当初おれ達は夕飯を食うために、駅前のガストへ向かっていた。そうだ、悔しいがキヨスミの言う通り、ビーフシチューオムライスが目的のブツなのかもしれない。その事に気がついたおれ達はとりあえずガストへ向かう。こんな簡単なミッションを与えてくるなんて黒魔法使い、なんて間抜けなヤツなのだとも思ったが、この際可能性をひとつずつ潰していくほかない。もしかしたらおれ達のような偏差値低めの専門学校卒バンドマンが四人集まっても太刀打ち出来ないような、クイズノックもびっくりなようわからん大頓智が仕掛けられているのかもしれないが、白いプレハブのようなオールド南口改札を横目にタロービルのやや急な階段を駆け上り、転がるようにしてガストの店内へ足を踏み入れた。

ガストの入り口のガラスに映った自分達の姿に密かに愕然とする。緑の首飾りをつけた犬、デカめの青い鳥、謎のロリータ異色肌ギャル、そしてディスクユニオンに一日三人は現れそうな、うだつの上がらないサブカル男子大学生といった趣きの異様な面々。切実にキヨスミがサルに化けなくて良かった。もしもヤツがサルだったなら、完全に現代版・桃太郎の一味だ。まあそんな事はこの際どうでも良い。見慣れた明るい店内には、やっぱり人っ子ひとり気配も感じなかった。
「キヨスミ、あれだなここ? さっき言ってたあれ、“○○しないと出られない部屋”」フッちゃんが、鳥になっても相変わらずのデカい声で喋りながら後ろから近づいてくる。「確かにィ」と応じるキヨスミに対し、九野ちゃんが異議を唱える声を小耳にしながら、いつも世話になっている記名台を通り過ぎて店舗の奥を覗く。他の客どころか店員の姿も見えない。きっと厨房にも誰もいなかろう。このままではビーフシチューオムライスどころか夕飯すら食いそびれてしまいそうだ。一階のセブンにすりゃ良かった。
「えっヤだよぉ、部屋の作者は神なんでしょう? ナカダナーが神じゃあここ魔界になっちゃう」
ナカダナー一族は魔王族かなんかなのか!? 九野ちゃんのトンチキ発言に思わず振り返り疑問を提示すると、キヨスミの腕の中の彼は深窓の令嬢の飼い犬のようなツラで「ううん、魔王と言う程ではない、町内会の会長って感じ?」「は?」
九野ちゃんのトンチキを日本が誇るツッコミキングダム出身者として放っておけなくなったその時、


背を向けた店の奥からガサッ、と物音がした。


いや、まさか。そんなはずは、とおれは己の耳と第六感を疑った。だって、さっきひと通り見渡して誰もいなさそうだったはず。そりゃまだ隅々まで足を踏み入れて確認したわけではないが――――今この状況で、おれ達以外のニンゲンがこの場にいるかもしれない、と言う事自体がそもそも異常事態なのだ。思わず全身の筋肉が緊張する。
首を回して、物音がした方を見ようとした。首筋がしなやかさを失って、ねじ巻き式のおもちゃのロボットのような動き方しかしてくれない。ギギギ……と音がしそうな速度で首を捻る。おれはただ学生時代にお勉強がちょっと出来ただけな単細胞のアホだが、これぐらいはわかる。

これは、ホラー映画でよくあるやつや。


そう思った瞬間、肩越しの視界にヒト型の何かが映り込んだ。


そいつは、アクリル板の向こうにある喫煙席だった場所のボックス席から、ゆらりと身体を起こして立ち上がった。まるで針金をボンドでつなぎ合わせヒト型に仕立て上げたかのようなサムシングが、身体をしならせながら二本足で立っている。全長は二メートルぐらいだろうか。ゆらゆらとやじろべえのように揺れるそいつの全身には赤青黄色、小学校の運動会で飾られる万国旗のような紙切れが無数に貼り付けられ、風もないのに細かに揺れていた。ちょっとエヴァンゲリオンっぽい。劇場版しか観た事ねえけど。


圧倒的に安定感のないそいつの異様なシルエットに対して、おれは脳内で必死に比喩を尽くした。そうでもしていないとこのどうしようもない薄気味の悪さを克服出来なかったからだ。そいつが、あくまで緩慢な仕草で、その顔をこっちへ向ける。


ナメクジが這うようにゆっくりと向けられたそいつの顔面が、食事を美味そうに見せる以上の意味を持っていなさそうな蛍光灯の光を受けて鮮明に目に映る。小刻みに震えながらフクロウのようにくるり、と一回転したその顔は、


ファービーそっくりだった。


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Henko RECORDS
2018年設立、架空のインディーズレコードレーベル「偏光レコード」です。サポート頂けましたら弊社所属アーティストの活動に活用致します。一緒に明日を夢見るミュージシャンの未来をつくりましょう!