『張山光希は頭が悪い』第24話:呪いが懸かる
第1話(末尾に全28話分のリンクあり)
(文字数:約7800文字)
第24話 呪いが懸かる
俺の声にまず茉莉花が気付いて、
「カオちゃん」
と言ってきた。それを聞いて光希もはじけるみたいに、真っ赤になった顔を上げてくる。
「薫」
次に声を掛けてきたのは光希のお父さんで、
「いつからそこにいたの?」
って質問には俺は、聞こえなかったフリをして、階段を下りながら俺の実家と預けられていた家、両方の家族たちなのに妙に歓迎されない空気を感じていた。
「今……、ねぇ薫、何か言った?」
階段を下り切った端からは、一番遠い壁際にいる光希が、俺に向けるなんて珍しい腹を立てたような表情で、とがったような声で言ってくる。
「覚えてねぇよ。今ふっと口から出た言葉なんて」
「ウソだよそんなの! 薫がそんな、気にせずにしゃべるわけ……」
「何か言ったとしても光希の事じゃねぇって」
「だから言ってんだよ! そのっ……、ゆ、紫さんを悪く言うのは、いくら薫でもダメだからね!」
紫さんって、相手が光希じゃなかったら吹き出してるところだ。だけど、分かっている。「鬼」にかかれば大抵の男は、正気を失う。
「副部長から、伝言」
「あ……」
言われて今頃部員たちを、思い出した感じだ。
「みんな帰りのバスに乗り込んで、今見送ってきたとこ。で、明日部室に、撮れた動画持って来てって」
カオちゃん、と茉莉花から聞こえたけど、知ってる、って目線を合わせて頷いた。
「そうだ僕も、林さん、のおじさんから薫に、伝言が……」
って顔を上げてくっきりしたふた重の目を、ニ、三回瞬かせて、
「あれ……?」
ってうつむいて考え込む様子になった。
「何だったっけ。ごめん。ちょっと、長めだったせいかな今……、思い出せない。えっと……。待っててすぐ思い出すから」
「家に帰って落ち着いてからで良いだろ。みんなもその方が」
きっと「鬼」に出くわして、記憶も飛んだな。
会場から見える駐車場は、大型バスメインで乗用車部分もすぐに埋まってしまうから、張山の車はそこから五分ほど離れた、観光案内所に停めたらしい。
「お父様」
光希の腕を取って横並びでいた姉が、前を歩いていた光希のお父さんに声を掛ける。
「私も光希さんと同じ車に、乗せてもらえませんか?」
大抵のおっさんなら一撃でデレデレになるだろうけど、
「うん。良いよ」
光希のお父さんは普段と変わりがなくて、姉の方がちょっと拍子抜けした感じだ。
「薫はうちの車に乗せる」
と俺の父親が俺を飛び越して、光希のお父さんに言って、微笑んだお父さんから「分かった」と頷かれた。
「うちの車は東の端の駐車場に停めた。しばらく歩くぞ」
俺の同意も取らずに勝手に決めて、ずいぶんだなって思ったけど、
「お前に話しておきたい事もある」
そうだな。聞かせてもらおうじゃないかって、両親の後に続いた。
張山の家にたどり着いて、まず仏間と続き部屋の居間に入ろうとしたら、
「ごめん。薫」
と光希のお父さんから止められた。
「今日はこれからしっかりと、結構長めの話し合いになるから」
「いや俺、ただ仏壇に線香……」
「今日はそれ、大丈夫。ありがとう」
きちんと「ありがとう」を差し込むところが、すごいけどずるいよなって思った。
「それと、悪いんだけど、話し合いにはお母さんも参加するから、唯悟をおじいちゃんおばあちゃんに預けてあって、一緒に面倒見てくれると助かる」
結局自分の方の要求も通しにかかってくるんだから。そしてそれ、「イヤだ」なんて言えないし。
「分かったよ」
「ありがとう。薫は、良い子だね」
誉めてるって言うより本当に俺が良い子だから言ってきたんだよなそれ、って今更実感しながら言われた通りに、おばあちゃんとおじいちゃんの部屋に向かって、なんでか茉莉花もいて、ほとんど二人で唯悟のオムツ替えたりミルク飲ませてゲップさせたり、ぐずり出したのあやしたりして、
茉莉花もそうだと思うけど、せめて赤ん坊相手に笑顔でいときたかった。
夕飯におばあちゃんが仕出弁当を取ってくれて、張山の家って外食はともかく家の中で、他所で作られた物食べる機会が滅多に無いものだから、茉莉花が顔だけは嬉しそうに、
「お葬式みたい」
って呟いて聞こえた俺も笑ってしまった。居間では結婚とか婚約とかの話がされてる最中だってのに、ギャップがすごい。
「もう、ええでよ。二人とも。夜の間はばあちゃんとじいちゃんで」
そう言われても俺たちはしばらく立ち上がる気がせずに、名残惜しいみたいに布団に寝かせられてる唯悟を眺めて手を振った。
「あう」
とよだれかけ噛んでる唯悟と目が合って、バイバイって、わりと強めに思った事を覚えている。俺の事、覚えるのは無理でもどれだけ残ってくれるか、分からないけど。
玄関からまっすぐ家の真ん中を通る廊下に出ると、居間の方ではまだ話し声が続いていて、階段を上り切ったところで前を進んでいた茉莉花が、
「コーラ飲む?」
と言って来たから茉莉花の部屋に入れてもらった。
「ゼロの方がいい?」
「甘さで炭酸弱めな気がするから、じゃねぇんだよ。普通のヤツで良いよ」
定番の流れでホッとして、床に向かい合わせで座って炭酸を飲み始めてからしばらくは、沈黙が続いたけど、
「興味深いわ」
って茉莉花が、ちっとも楽しくなんかなさそうな声と表情で言ってきた。
「今頃どうして年の離れた弟が、生まれてきたのかなって、ちょっと不思議に思っていたんだけど、お兄ちゃんがこの家からはいなくなるから、だって」
「そこまで考えちゃいないだろ。両親とも」
「そうね。半分以上が本能だろうけどね」
それに光希はいなくなるわけじゃなくて、結婚するだけで、要はお義姉さんが増えるっておめでたい話だから、気持ちよく祝福しよう、なんて事を、普通の家に生まれていたら俺も言ってやれたと思うけど。
帰りの道中と車の中で聞かされた話を、まとめると小石川家、と言うより家がある集落全体が、本気で呪われているんだって、土地にはたくさんの死体も埋まっているし、残された怨念なんかも凄まじいから、「鬼」に抑えてもらわなきゃどうしようもない。一つ一つ、他所からの意見を取り入れて、他所の人間も移り住まわせて、ちょっとずつやわらいできて今は、呪いが解けていく過程、だって山の上での言い方はともかく、
俺は光希と張山の家を呪わせちまったようなもんだなって理解した。
「カオちゃんは、どうするの?」
「どうって?」
「実家に戻されるとか、最悪じゃない?」
「いや。それはねぇけど」
「そう? ずっとふもとで暮らしてきて仲も良いんだし、お姉様の旦那様に山の上で暮らす心得とか、教えて差し上げなさいとか」
言われたらリアルに目に浮かんできて天を仰いだ。
「それサイッアク……」
「有り得るでしょ」
苦笑混じりだけどクスクスと、茉莉花から聞こえて、
「家族、からはさすがに、言われねぇと思うけど……」
と目線を戻したら、向かい合った茉莉花の目は「鬼」の面を思い出す感じに、潤み始めていた。
「ねぇカオちゃん。私、去年の大晦日に、『年明けまで過ごしてうちに泊まればいい』って言ったじゃない」
言われてようやく、あの時点で茉莉花は、かなり正確に俺の扱われ方とか把握してたんだって気が付いて、
「なんでそうしなかったのよ」
口には笑みを浮かべているけど、涙を一粒こぼしてきたから、気付いていても誰にも言えなくて、つらい正月過ごさせてたんだなって、
「ごめん」
今更謝ったら「いいよ」って、自分でティッシュ引き出して涙を拭いていた。
「だけど、だから、逃げられないんでしょ」
顔は二階の光希の部屋の方に向けて、
「こんな言い方しちゃうのもなんだけど、神様って、何様なの?」
言いながらまだ薄く赤い目で、ふふって笑った。
「俺はそれもうちょっと、違う言い方でずっと思ってて……」
「何」
「なんで神様祀ってるだけの連中が、神様そのものより偉そうなんだって」
そしたら茉莉花はもう少し強く吹き出して、
「ホントだ」
ってクスクス笑い出したから、
「だろ?」
って俺もつられて笑う感じにしておいた。
電車の中から駅から、高校までの道沿いに校門に、校舎のロータリーに入ってからも、今日はやたらと行く先々で、チラチラした視線を感じるなって思っていたら、
「小石川。おはよう。張山部長は?」
「今日一人で学校来たの?」
教室に着いた途端、飯田と中橋から言われた。
「なんで教室着いて即二人まで知ってて言われんだよ」
「毎朝の恒例、階段の上下でのやり取りが聞こえなかったからさ」
「あぁあ」
「この高校の名物、っていうか七不思議っていうか、俺らも『なんだアレ』って聞かれまくるけど『いいんじゃね? あの二人が幸せなら』って答えるしかないっていうか」
「畳み掛けるなよ飯田」
「で? 部長何かあったの?」
「俺よりも本人からそのうち、部室ででも説明があるだろ」
って感じで午前中はやり過ごしていたんだけど、
「小石川! 飯田と中橋も、集合! ってか緊急召集!」
って昼休みの、弁当広げかけていたところにカナツカが入って来て、
「おい。俺はいいけどついでに飯田と中橋まで呼び捨てにすんなよ」
「うるさいわね! そっちはみんなカナツカって呼び捨てじゃない!」
逆ギレされた、って一瞬思ったけどそうでもない。真っ当だった。
プレハブ二階建ての部室棟の、一階真ん中の部屋にカナツカ先導で入ると、中にいた一年と二年の女子部員たちは、みんな呆然とした感じで中には涙ぐみそうな顔もあって、
後から来た俺たちに向けられたタブレット画面には、メモアプリを使って光希が書いたらしい手紙が表示されていた。
俺は、読み進めながら力が抜ける感じで、イスを一つ引き出して座り込んで、
「どういうこと?」
ってカナツカが訊いて来るけど、そのボール俺に回して来るのかよ、そして俺に説明させんのかよって、まずは溜め息が出てうなだれて、
「『もう、御詠歌できないから部長は辞めます』とか、昨日の動画も、撮れてないって……」
「みんなで唱えた分はあるだろ」
「そっちだけじゃ意味無いじゃない! 昨日は二人を観に行ったのに!」
俺だって昨日一日で散々色んな方向からぎっしりと話を聞かされて、情報整理が追いついていない、って、言いたいところだけど生まれた時から分かり切っていた気もするけどな。
「小石川の、婿養子になるんだよ。光希が」
言ってみたら案の定、女子たちは「え? それって良い事なんじゃないの?」って、聞こえてきそうなきょとんとした顔を見せてきた。
「みんなも昨日会った俺の姉、と両親は、何も俺の舞台を観に来たわけじゃなくて……、前々から婿養子候補に考えていた、光希と俺の姉を、引き合わせたかっただけ」
いくら言葉では良い感じに、あるいは仕方ない感じに聞かせて来ようが、中身は結局そういう事、みたいな話もあるよなって俺は言いながら思っていた。
「昨日は帰ってからずっと、縁談の詳細やなんかの打ち合わせで、全国大会の事なんか、誰も一言も言わなかったよ」
見せてくる顔は人によってバラバラで、飯田に中橋はうつむいて、一年の男子は目を見開いてきたけど、
カナツカは「え、と……?」と戸惑った様子の後で、ちょっと鼻で笑う感じに言ってきた。
「何、小石川。親とかから誉めてもらえなくてすねてんの?」
「は?」
コイツ芯の底から嫌な言い方するよな時々って、思ったけど、
「すねてるとかじゃねぇよ。単純に姉の方が正統なんだよ」
そんな言い方が飛び出してくるって事は、コイツも周りから、多分母親から似たような言い方浴びせられながら育ったんだなって、しっかり付き合えてそっちの人生にも関われてたら、その辺どうにかやわらげてみたくはあったんだけど、
「そこそこ上手く舞えようが、他所での評判がどうだろうが、異端は地域に要らないし、別の流派として保存する余裕も無い。姉に婿養子を迎える事で家は存続できるから、俺はどこへでもどうなりと、好きにしろ、って事で」
生まれてこの方年中毎日、どこへ行くにも持ち歩いていた、扇を制服から取り出して、テーブルに置いてパチン、と鳴る音を聞きながら立ち上がった。
「俺も今日限りで御詠歌部辞めるわ」
「ええっ!」
部室の内側には背を向けて、扉に向かっていたら、
「小石川が部長になるんじゃないの?」
「張山部長とセットだったんだし、責任取ってよ!」
「私たち、アンタに引っ張られて御詠歌始めたんだからね!」
カナツカを始めとする女子部員たちが追いかけて来て、俺の肩とか髪とか引っ掴んでくるけど、俺が求めていた雰囲気と違う。
「俺は元々幽霊よりは、存在感ある程度の部員だったし、部長は飯田か中橋か、で、二人ともやれると思うし」
飯田は元々光希の声にハマって入って音符の解読には熱心だし、中橋は今一人だけテーブルの上の扇に目を落としている。
「二人が辞めるんだったら私も、御詠歌なんか、ずっと続ける気無いし辞めたいんだけど!」
ってカナツカの言い方につい、苦笑が出て、一旦振り向いたからカナツカは、俺の制服引っ張る手をゆるめてくれたけど、
「いや。いやいやみんな、何言ってんだ?」
俺は頭に浮かんで来た昨日一日に、笑いが止まらなくて、腹抱えそうになるのをどうにかしゃべり続けられる程度まで、こらえながらしゃべっていた。
「あんな、別世界とか非日常とか、言われてる山の頂上まで行って、会場、って明らかにお寺の中の舞台に、僧侶たちのしかも五十人と上って、基本の第一番、とは言ってもきっちり御詠歌、歌うわけじゃなく唱える、なんてワケ分かんない事やって来てんじゃねぇか。『縦書きの楽譜変なの』とか、『ネットでわざわざ聴いてみたけど暗い曲ばっかで気持ち悪い』とか、それこそわざわざ言われてたり、『なんでそんな事やってんの?』『そんな部活選んだの?』って、両親とか兄弟からも呆れられた、とか恥ずかしがられた、とか、そんな話こそ面白がってしゃべって、盛り上がってただろ」
こっちにはソイツが日常だってのに、武勇伝みたいに、ってところは責めてるみたいに聞こえそうだから飲み込んで、その拍子に俺の笑いも止まった。
「つまんなかったんじゃねぇか普通って奴が。何の味気もしないしうっとうしいって。普通じゃない世界とか、俺たちが、珍しくて面白く感じて、楽しかったんだろ?」
前に阪倉さんから言われた事が、今頃思い浮かんできて突き刺さったけど、俺に突き刺さるんだったらコイツらにだって、響くだろうと思って言ってみた。
「いいかげんで張山光希を言い訳に使うの、やめたら?」
静かになった頭数を、ひい、ふう、みぃ……と数えていったら、
「わあ。九人もいれば大丈夫だろ。ってか五月時点の歴代最多人数じゃねぇ?」
って口から飛び出すと同時に、扉を開けて、
「じゃ」
と言い残して部室を出た。
そのまま教室に戻るのも、ひどくめんどくさい感じがして、財布くらいは持ってるしそのまま部活やってる連中が昼休みに使ってる通用口から外に出て、電車に乗って、ああ食べかけの弁当、って思い出してそこはすごくもったいなく感じたけど、今更戻るのもなんだしいいやって、本来より相当早い時間に張山の家に帰って、そこから何やるかって言ったら……、
バイクに乗るよな!
行き先は決まってる。去年の大晦日に行ってみて、思ってた道とは違う方に進んでとんでもない激坂とか荒れまくった舗装とかにぶつかって、借り物のバイクだし物凄く怖くて、昼の相当早い時間に出たから目的地にはたどり着けたけど、最終電車の時間考えたら、そこで缶コーヒー飲む時間すら取れずにすぐ戻るしかなかった、
山の上の俺の実家とは、距離はそこまででもないけど、精神的に真反対みたいに遠い場所だ。
幹線道路を西に向かって、夕日に照らされた銀細工が映えるドラッグスター走らせてたら、進行方向に今は同じ道路上で似たような速度だから、閃光には見えないしっかりした車体で、白のハスクバーナがあった。
心の中で名前を叫んで追いかけて、ハスクバーナの方でも俺に気付いたみたいでハンドサインをくれる。家電量販店の広い駐車場に向かって俺もその後に続いて、俺は駐車場の入り口近くの適当な、車用の一区画に停めたのに、ハスクバーナは二輪用の駐車場がある店舗ビルのそばに向かって、
逃げられる、
みたいな感じがして、カギとハンドルロックは掛けたけど、ヘルメットは走りながら外して脇に抱え持って、広い駐車場を他の車や人にだけは気を付けながらそれでも出来るだけ速く走り抜けた。
白のハスクバーナは駐輪場にいて、ちょうど隣に立っていた人がヘルメットを外したところで、
「おじさん!」
振り向いたレザージャケットの正面に、ヘルメットはハスクバーナのシートに乗せて両手で掴み掛かって、まるで喧嘩でも始めるみたいな格好になったけど、いざここまで来ると今まで溜め込んで来た、色々な言葉を、どれからどう出したら良いのか分からなくなって、
「頭っ……、悪い奴に頭が悪いって言って、それで何が悪いんだよぉ!」
案の定おじさんはちょっときょとんとした感じだった。
「十分すごいって、思ってるよ! とても敵わないって最高だって! みんなが平気で使って当然みたいな、愛情があるから大丈夫みたいな、だけど、結局悪口だし簡単な、ひと言で済ませちゃう方が、僕は嫌だ! 僕は嫌だ! 僕の口からはそんな言葉、使いたくないんだ!」
言葉を吐き出したら同時に、涙もあふれ出して止まらなくて、自分の事「僕」って言ってる事にも気付いてたけど、ああそうだな僕、光希の隣で光希に負けたくなくて、意地張ってただけだなって。
「ずっと……、ずっと光希に任せてきたんじゃないか! 他所の家の、僕と同い年程度のまだ、子供に……、押し付けといて! 今更やって来て僕はいらないくせに、光希だけはもらうって何だよ。神様だからって、図々しいんだよ! 僕から光希を取り上げるなよ!」
家電量販店のビル近くで思いっきり西陽も射し込んでいて、周りには人も多く歩いていてジロジロ見られているか、逆に避けられてもいただろうけどおじさんは、ジャケットにしがみついて泣きじゃくる僕の両肩に手を置いて、時々頭とか背中も撫でてきて、
「さすがは血筋、と言うべきだろうか」
声を掛けられたらあれ? って、違和感があって涙が止まった。
「やるせない時にバイクを走らせる事も、進行方向におそらくは目的地も同じなら、車体にナンバーを見て私を特定した事はともかく、激情に駆られていたとは言え私の姿を見てもそのまま、突き進んで来るとはな」
しゃべり方はおじさんっぽいんだけど、声が違う。レザージャケットは前に、高校入学直前の春に見た時と同じだけど、寄り付いた身体の感じとか首筋のシワとか、僕から離されて視界に入ってきた手の甲の色味とか、一年とちょっとしか経っていないなんて思えない感じで、
首を反らして見上げたおじさんの顔も、老けた、どころじゃなく全くの、別人に見える。髪は所々黒いけど、ほとんど白で、見た目的には五十代くらい。その中ではカッコいい方かもしれないけど、言ってしまえば、普通の人だ。
「私もたった一度だが、『鬼』を務めていたわけだ」
片目を軽くつぶって笑みを浮かべてきた。
何かしら心に残りましたらお願いします。頂いたサポートは切実に、私と配偶者の生活費の足しになります!