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楽しそう【怪談】

 路地裏からひっそりとご要望があった模様なので、
 昔書いた怪談を転載してみます。

 だけどね。なんか怖くないのよ。自分で書いてても。
 筆者の私が怖く感じてないからだと思うんだけどね。

(文字数:約1800文字)


楽しそう



 関西ではそこそこ名の知れた、某大学のキャンパスは山の中だ。
 言うなれば研究熱心な学生が多く、学生寮は併設されてあったものの、深夜まで研究に没頭したり議論が白熱したりして、構内に寝泊まりする者も多く、中庭の隅にはシャワー棟も設置されていた。
 海の家のそばにあるような、簡易的なものを思い浮かべてもらえば近い。戸を開けて見える中の空間は、仕切りで三つに分けられていて、それぞれにシャワーカーテンが付いている。
 この話を聞かせてくれた、通称Jさんが学生の頃、と言う事は今から約30年前になる。一段落付いたので友達の、通称Lさんを連れて外に出て、夏の夜風に吹かれつつ煙草をふかしていた時のこと。
 何の気無しに目をやっていた、深夜なので真っ暗な中庭に、10人規模の若者が集まっているらしい、話し声がする。

 しかし人の姿は見えない。

 Jさんは元々霊感が強い、と言うより、生まれながらのエネルギーが相当に強い方で、怪談でなくとも彼のエピソードには事欠かないのだが、この時も中庭の暗闇にふわふわと、今でこそオーブとして知られる球体が、いくつも浮かび飛び回って見えたそうだ。
「うわー……。楽しそうっすねー……」
 と呟いたLさんには霊感など無かったはずなのだが、霊感が強い人のそばに居続ければ、ある程度分かるようになる、と言うのは本当らしい。
「せやなぁ」
 と呟いたJさんは生粋の関西人だ。
「じゃあねー」「バイバーイ」「またねー」
 といった声が響いてオーブ群は、様々な方向に一つずつ、二つずつと分かれて行く。
「気を付けてねー」
 って幽霊のくせに今更何をどう気を付けんねん。
 内心そんなツッコミを入れていた、Jさんが立っていた方向に、楽しそうな中でも一際楽しそうだった、男女二人分の話し声が近付いて来た。
 しかしJさんLさんを気にする様子も無く、二人の目の前を、話し声だけが通り過ぎて行く。
 JさんLさんは目を見合わせ、
「後付いてったろ」
「いっすね」
 なんて小声で言い交わすと、暗い中庭を進んで行く話し声のその後を、忍び足で追い掛けて行ったそうだ。そもそも深夜まで神経を尖らせたまま起きていたわけで、まず通常のテンションではない。
「シャワー棟入ってったで二人とも」
「シャワー浴びんのかアイツら」
 Lさんは関西の出身ではなかったはずだが、関西で過ごしていればある程度はうつる。
 幸い、なのかどうか前に使った学生が、電気を消し忘れて出たようで、戸を開けた先に見える空間は明るかった。そして戸口から一番遠い奥のシャワーカーテンだけが閉まっている。
「あっこやあっこ」
 口元を押さえ笑いをこらえながら近寄って、ほとんどアイコンタクトで会話する。
「ええか。開けるで」
 とJさんが、シャワーカーテンを開いた途端、

 シャワーヘッドから栓を全開にしたような勢いで水が流れ出てきた。

 仕切りの内側に人の姿は見えない。しかし白い湯気が一気に立ち込め、肌や肺に受ける熱温が身の危険を感じるほどに上がる。

 あ。これホンモノや。

 と感じたJさんは
「失礼しました」
 と深く頭を下げてから端まできっちりシャワーカーテンを閉めた。閉め切った途端に水の音は止んだ。
 もちろん親分肌なJさんに逆らうようなLさんではない。並んで深く頭を下げそこからは、お互い目配せだけで逃げ帰ったそうだが、
「熱湯出す機能……、無かったよなぁ。あっこのシャワーなぁ」
「不思議っすねぇ」
 深夜の特殊なテンションが、その様子を「楽しそう」に見せていただけではなかったか。本当に「楽しそう」だったとしても、それはついて来られては怒る。

 この話の教訓、のように私は思っているのだが、
「お邪魔します」や「失礼しました」を、心を込めきちんと言っておけば、ふと迷い込んだとしても、少々悪ふざけをしてしまったとしても、ギリギリのところで許してもらえる、可能性が高まる気がする。
 かと言って「そう言っておけば大丈夫」みたいに、心も入れず適当な気持ちで口に乗せた者は、許されていない気がするので、統計も取りようがない個人的な感覚で申し訳ないが、
 霊も元々は人間であった事を考えれば、必要な配慮だろう。


以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。

 

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