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【万華鏡】海

 はじめましての人も、
 前から知ってる方も、
 ごきげんよう。

 偏光です。

 海は呼ぶんだよ。

(文字数:約900文字)


  年単位で海のごく近くに、
  暮らしてきた者であれば、

  「海は呼ぶんだよ」

  と聞かされただけで、
  神妙な面持ちになり、
  ただ頷いてくれるものと思う。

  海は呼ぶ。

  それ以上の的確な表現は無く、
  それ以外の表現は恐ろし過ぎて、
  おいそれと口に出し得ない。

  従って海のごく近くに、
  暮らしてきた者たちの間には、

  独特の、しかし厳格な掟が、
  ほとんどまれにしか破られる事も無く、
  数世代に渡って息づき続けている。

  他所から数日訪ねる程度の者たちには、
  気付かれもせず語られもせず、
  語られたところで理解できない。

  何日の何曜日には浜に出るな、とか、
  この路地をこう曲がって海に出るな、とか、
  この角のこの木にだけは触れるな、とか、

  夜間に海に出るなどもってのほか、
  この国は島国なのだから、
  容易に大洋にまで繋がってしまうのだから。

  どこのどなた様が招いて来られるか、
  分かったものではない。

  従って盆の風習も独特だ。
  先祖が帰るのも海からであり、
  確実に「帰ってくる」実感がある。

  確実に「送り出す」ための、
  灯籠や精霊船を流したりもする。

  恐ろしさはあるのだが、
  静謐なもので、
  子供心にも取り乱すほど怖くはない。

  掟さえ破らなければ守られる。
  その一方で、
  掟を破ったなら見捨てられる。

  それは海に対して然るべき敬意を、
  払わなかった事を意味するので。

  私がよく記事に書く、
  地獄だった二年間とは、
  また別の二年間だ。

  嫌いではなかった。
  親が押し付ける常識とは、
  違った規律がその地域を支配していた。

  一種の美しささえ感じられた。

  私に故郷と呼べる土地は無いが、
  あえて海だと思っても良い。


以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。

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