どこを切ってもレア金

 どこを切ってもレアが出てくる、
 レアの金太郎飴のような私だが、
 その中でも特に貴方好みのレアはあるか、
 配偶者に訊ねてみたところ、

 「やっぱりお父ちゃんかな」
 と答えられた。

 私の父は私が小学校6年の3学期、
 よりにもよって姉の高校受験の当日から、
 たったの一週間だけ失踪している。

 「まず分かりやすくてインパクトがあるし」
 しかし分かりやすい分、
 とっさの思い込みによる誤解も数多く受けて来たんだと、
 尻込みしていたら、

 「そこから貴方の人生大逆転、
  怒濤の快進撃が始まるわけだし」
 と続けられて、

 おうそうか。
 配偶者はそうしたエピソードとして捉えているのか、
 ならば確かにレア中のレアだなと思えてきたので、
 まとめてみる事にする。

失踪以前

 父の失踪が、
 私の下克上にどう関わるかと問われれば、

 まず失踪以前の父は銀行員で、
 バブルがはじける以前は相当に羽振りが良く、
 私はお嬢様であった。

 しかしながら、

 顔も性格も運動神経も、
 三つ上の姉はもちろん近隣の子供達よりもはるかに劣り、
 学校では「良い家に貰われて良かったね」と笑われ、
 家庭でも両親の欠点ばかりを寄せ集めた失敗作だと、
 あからさまに冷遇されていた。

 折しも世間では貧乏話に不幸話が大流行。
 もはや遠く過ぎ去った夢物語に思えていたのだろう。

 自分達の幸運を才覚故だと思い込み、
 みすぼらしく劣って見える者は愚か者だと、
 見下して笑っても構わない。
 身近にいるなら真人間に変えてあげるか、
 集団から追い払うべきだと信じて疑わない。


 断言させてもらう。
 日本国民はあの時代に相当数がクズと化した。

 日本民族の伝統的価値観に基づく美徳など、
 戦中戦後よりもむしろあの時代に壊滅した。
 何となれば、
 上り調子でいる人間は、
 少しでも利を失うまいとあさましくなる。

 気を付けていなければ誰しもがだ。


失踪直前

 転職に成功し、
 良い待遇に就けたぞと、
 休日の某企業ビル内に連れられて、
 父の執務室を見せてもらえた事がある。

 「どうだー。ここからの眺めはー」
 と父は上機嫌だったが、
 私は不安を隠せなかった。

 「お父さん、この仕事って確か、
  資格いるけど持ってたっけ?」
 「無い
 「持ってなきゃ、この仕事、やっちゃいけなくない?」
 「大丈夫さぁ。俺勉強得意だから。
  働きながら勉強して、まぁ一年もありゃ取れるだろ」

 そんな生ぬるい資格とは思えず、
 母にも訊いてみたのだが、
 「何を言ってるのこの子は。イヤな子ねぇ」
 とむしろ鼻で笑われつつ怒られた。

 「大丈夫よぉ。お父さん頭良いんだものぉ。
  信じてついて行ってあげなくてどうするのぉ?」
 今こそ当時の正直な心境を、
 余すところなく打ち明けようか。

 おいコラそこのバカ夫婦。
 今、地獄の釜の蓋が開いたぞ。


 幸いにして同じ部屋に日々暮らしていたので、
 姉妹仲は親の価値観に支配されながらも悪くはなく、
 受験生だというのに親の様子に日々不安を募らせる姉を、

 「気にするな。姉上※は自分の実力を発揮しろ」
 と私は励ましていたというか、
 それくらいしか言いようが無かったんだが。

 ※……私からは「姉上」「母上」「父上」と呼んでいたし、
  両親に姉の方でも別にそこを気にもしなかった。


失踪以後

 仕事がとにかく忙しいと、
 深夜残業に出ていた父が帰って来ず、

 父の会社からは朝早くに、
 「任せた仕事はそのままで、
  社用車が1台無くなっている」
 との一報が入った。

 とりあえず私は小学校へ、
 姉は高校受験へと向かわされたのだが、

 道中から私は笑いがこみ上げてこみ上げて、
 一緒に通学する友人にも、
 友人が言うには目を輝かせながらしゃべってしまった。

 家の恥は隠すべきだと信じ込んでいた母から、
 この件は後ほどとんでもなく軽蔑されるのだが、
 冗談じゃねぇこっちは残り少ない小学校生活があるんだよ。

 もちろん姉だって友達に話していたさ。
 中学・高校をどうしたら良いか、
 利用できる社会補助とか無いか、
 教師に相談してぇんだこちとらは。

 成績優秀かつ品行方正を貫いていたから、
 どうだい。こんな話だってのに、
 すぐ信じられて対応してもらえたぞ。

 何も出来ない恥ずかしい子だと、
 異常に育ててしまった頼むからまともになってくれと、
 幼い頃から散々に見下され続けてきたが、

 てめぇらの方こそまともじゃなかった事が、
 明るみに出てくれたじゃねぇか。

 落ちぶれたとまでは言わねぇがお前達、
 もっとド田舎のド貧乏から出発したんだろ?
 人の情にすがり付いて受けた恩には頭下げまくってきゃ、
 まだまだ平気で生きて行けるレベルだぞ?


 ……と思っていたのは私だけだったようで、
 戻って来た父は酒に逃げ依存症になり、
 母は相当に落ち込んだ結果宗教に走り、
 無事高校に受かった姉はバイトや部活等の健全な範囲で、
 こんな家になんか出来る限り帰らなくなるんだが、

 同情なんかしてやらねぇんだ私は。
 貧乏に不幸を見下して笑ってきたてめぇらの心が、
 そのまま自分達を責めているだけだからな。


最後に言いたい

 普段から親を色々と悪く言う文章を書いてはいるが、
 家の外で他人として付き合っていれば、
 それぞれに悪い人達とは感じないだろうと思っている。

 しかしだからこそ失踪以前の、
 私に対する待遇は、
 決して人間に向けて良いような数々ではなかった。
 生涯かけて許さないと心に決めている。


 お前達の轍を踏まないためにだ。


 貧乏や不幸に接してはまず胸を痛め、
 あくまでも、
 自分に出来る範囲で寄り添えるようにだ。

 事実として両親にはかつて、
 自分達が育った集落中の期待が追従がのし掛かっていた。
 それは見識が曇りもするし潰れる。

 何も我が家に限るまい。

 そうまとめてしまうとレアかどうか疑問だが、
 当事者でありながらここまで冷徹にまとめ切れた文章を、
 他で読んだ気はしないな。


#私だけかもしれないレア体験


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