『張山光希は頭が悪い』第23話:大団円(おとぎ話であれば)
第1話(末尾に全28話分のリンクあり)
(文字数:約6500文字)
第23話 大団円(おとぎ話であれば)
どうだったどうだった? って、本部一階のロビーで笑顔の部員たちに取り囲まれるなり、まずはそう繰り返されたけど、
「いや。すっげぇ疎外感」
とまず答えたら、みんな揃ってきょとんとしてきやがった。
「誰か話しといてくれよ。俺みんなも出るなんて、聞かされてなかったって」
「ええっ! 張山部長から聞いてなかったの?」
カナツカが思いっきりで驚いてきたけど、
「光希、俺に話そうと思ってそのまま、忘れてる時とかあんだよ」
「そんなの夫婦間で解決してよ」
「夫婦じゃねぇ。ってか付き合ってねぇんだって」
思いっきりの呆れ顔にもなってきて、こうしたやり取りがやたら懐かしい感じがする。ついさっきまで俺一人だけが別の世界にいたみたいな。
「いや。俺たちも今年の四月に入っていきなり、決められたって言うか……」
って中橋が言ってきて、
「お坊さんたちに混じって髪伸ばしてると目立つから、だけど、頭丸めたくないからみんなも一緒だと『高校生』でひとまとめになってくれるから、助けてってほとんど泣き付かれて、仕方がないなって」
飯田から状況を説明されたら目に浮かんできて納得した。
「おかげで、って言うかそのせいで、一時間くらい前からお坊さんたちとの打ち合わせがあったりしたから、張山部長と小石川くんの午後の曲目、観られなかったし」
って女子部員たちは申し訳無さそうだけど、
「別にいいよ。観てなくても」
って言ったらみんなでシラケた顔になってきて、どっちなんだよ。
「だからどうしてアンタってそう……!」
「実際に事情があって観られなかったんだし。時間が戻せるわけでもないし」
「あ……あの……」
背中の側から声がして、振り向いたら、
「お疲れ、さまでした……」
一年生の三人、男子一人と女子二人が、おずおずと赤くなった顔に、不思議とキラキラした目で俺を見上げてくる。
「一年は舞台に上がらなかったから観られたんだけどね」
あの、と男子の一人が勇気を振り絞ったような声を上げて、
「ああいう舞って一体、どこで習えるんですか……?」
うわ、そのボールはちょっと俺に回されるのキツイなって、思ったけどとりあえず笑みは作りながら答えた。
「分からない。俺の場合は、生まれた家がそうだったから」
「そこ……、生徒の募集とか、してます……?」
「してないよ。一子相伝、みたいなヤツで」
期待をしぼませたみたいで「そうですか……」って呟かれて、胸が痛かったけど話題を変えた。
「ところでさっきから俺に向かって誰も騒がしくないんだけど、光希は?」
「小石川、張山部長の認識が荒い」
って中橋が苦笑して、
「着物を着替えるついでにお坊さんたちに、挨拶とかお礼とか言ってくるって」
ってカナツカが答えてきた。
「ああ。そうだな。二年間も可愛がってもらってたもんな」
「来年以降も続けるんでしょう? 二人とも」
カナツカの素の笑顔は正直、可愛かったけど、
「分かんねぇよ。俺はともかく、光希の方は」
って嘘はつかない程度に濁しておいた。
「進路とか、これから決めるみたいだし」
「うん。こっちはちゃんと撮れたね」
僧侶たちの御詠歌が終わると一気に観客が減ったお堂の中で、張山家の父親はスマホで撮った動画を、音は出さずに確認している。
「さすが茉莉花。画角とかバッチリじゃない」
「せめてこれだけでも撮って見せないと。カオちゃんの分撮ってないの、絶対にまずは怒られるから」
「おじいちゃんが説明してくれてるから」
「だとしてもよ。私だったらどう説明されたって納得できないし」
撮れた画像は頭の中に残されているものと、かけ離れていて、絶対に失敗したし間違っている感じがして、観直したくもなくて消してしまった。観直したりしたら自分の頭の奥にある分が、きっと、削り取られる。
「薫は、出ていなかったけどあの子、一人でどこに行ったのかしら」
小石川の母親の言い方に、スマホを操作しながら苦笑した。
「お堂に入り切れる感じじゃなかったからね。多分どこかでは観ているし、今頃部員たちと合流してるんじゃないかな」
「一人だけ、仲間外れにされてすねてるんじゃないか」
「薫はそんなに子供じゃないよ」
操作を終えてスマホをバッグに戻して、顔には笑みを作る。ずっと一緒に暮らしていないと、成長の過程は記憶されない。いつまで経っても間近で成長していく姿を見ても、精神的に手放した当時のままだ。
「探しに行って来ようかな。私」
サングラスを掛けた紫が立ち上がるのを、
「お願いね」
と微笑んで、止めないんだなと張山の父親は思った。しかし高校生の頃からの付き合いで、止めようがない事も分かっている。
今の「鬼」が動き出した。
「でさぁ、最初に戻るけど、どうだった?」
って部員たちから聞かれて、なんでそのボールがさっきからずっと俺に回ってくるんだって、思ったけど、今部長がいなくてまだ感想とか聞けていないわけだし、そりゃ何かしら聞きたいだろうなって思ったから、
言おうとしたけど思ったそのままを口にするのは嫌だなって、
「良いんじゃない? 俺御詠歌の方は正直よく分からないけど」
ってどっかで誰かから聞かされたような言い方を返した。
女子部員たちは呆れ顔だけど、飯田と中橋は苦笑しながら頷いていた。
「当てにならないわね。舞は舞ってるくせに」
「舞の方も俺、正直よく分かってねぇっていうか」
「あんだけ出来といてそりゃねぇだろ小石川」
「いや。俺自分の実家では舞えてない方だから」
え、って上げてきた顔には、一年と二年とでずいぶん差があった。
「さっきも言ったけど一子相伝の、俺はその『一子』じゃないんだ」
ガッカリさせる話で申し訳無かったし、さっきの一年男子は見開いた目に涙を浮かべそうだけど、正直なところを言っておかないと、俺よりもっと極め尽くした存在がいるんだから。
「え。兄弟が上に誰かいる、って事?」
「ああ。だから俺だけが張山の家に……」
みんなの目線が揃って俺に、向かっているんだけど俺には焦点が合っていなくて、俺の言葉も聞かれなくなったなと思っていたら、
「なに薫、コソコソと私の話?」
右耳の後ろあたりから声がして、
「うわっ!」
と振り向きつつ飛び退いた。俺は今日、初めて日の当たる所で見たけど、ワンピースタイプの喪服のくせに、光希に見えていたらきっと輝き渡るようなオーラを放っていやがる、姉だ。
「お父さんとお母さんが心配してたわよ。一人でどこ行ってるのかしらって」
「一人じゃねぇって見ての通り」
俺には実の姉だからそこまでにも感じないんだけど、部員たちの、特に男どもは、予想は出来ていたけども全員顔を赤らめてポワンとなっていやがる。
「ってか小石川の家族は先帰っていいよ。俺は張山の家に戻るし、今光希待ってるところだし」
「光希くん、一人だけ今どこにいるの?」
「お坊さんたちに挨拶。あと多分、みんなは帰りのバスの時間あるから、そっちも光希と見送るし」
俺に言われてハッと気が付いたように、カナツカがロビーの時計を見ていた。
そう、と姉はおもむろに、サングラスを外して、俺だけは今分かっているけど「鬼」の本性を最大限に利用し始めた。
「すごいわね。みなさん高校生で、あれだけお唱えできるって素晴らしい事よ」
正直細かな文言なんか、誰一人そのままでは聴こえていないし、罵倒されたとしても姉の眼差しに射抜かれた中では、心からの大絶賛みたいに響くだろう。女子部員まで感激したみたいに、赤らめた両頬を押さえたり両手を組み合わせたりしている。
「これからも、ご縁がある方もいると思うし、よろしくね。じゃあ私、両親には今の話伝えてくるから」
「ああ」
と出来るだけ淡々と、姉の背中を見送って、部員たちを振り向いて、
「おい。お前ら正気に戻れ!」
と腹の底からの声を出したら、ハッ、とみんな揃って目を瞬かせた。
「すっげぇ……。何て言うのああいうの、目の眩むような美人……」
「化け物レベルだよほとんど。ヒトの目から見たら」
「あの方を化け物だなんて失礼な!」
と女子たちが眉を釣り上げたけど、
「俺の実の姉だっつの!」
と言うより実態を踏まえた発言な上に実態よりはまだやわらげたつもりだ。
「イケメンのくせに何かにつけて表に出ないで隠れ気味っていうか」
「イケメンのくせにイマイチ自信無さげだよなと思ってたけど、ようやく分かったよ小石川」
「だから俺のイケメンを前フリみたいに使うなって」
「今まで、お世話になりましたっ! ありがとうございましたっ!」
思いっきり全力で頭を下げる光希に、僧侶たちも微笑まずにはいられなかったものの、
「またいつでも来て下さって構いませんよ。これからも御詠歌は、続けるんでしょう?」
訊かれた光希が「えー……」と目を泳がせたのを意外に思った。
「ちょっとまだ、そこははっきりと決めていないんです。僕は今高校の三年で、進路とか、親にも相談しないと……」
とは言えそうした迷いはこれまでに、聞かされてこなかったものではない。よほどの縁や血縁に導かれない限り、高校生の段階で今後は山に入ると、決めてしまえる方が珍しいものだ。
「ああ。あと、薫は今年で最後です!」
えっ、と僧侶たちには一瞬動揺が走ったものの、チラホラと何人かが心付き、やがて全体的に思い直した。
「多分その、今年、以上は無いかなって。今年みたいな事があるとしても、それは薫じゃない別の人だって、思うから……」
「ああ。ええ。仰る事は分かります」
二年間世話役を引き受けてきた、林僧侶が代表として頷いた。
「しかし、貴方あっての今年の彼の出来栄えだったでしょうし、彼あっての貴方でもあったでしょう。大会、そのものは最後だとしても、縁はそう容易く絶えるものではありませんよと、貴方にも言いますし彼にも是非、お伝え下さい」
「はいっ! 必ず、伝えますっ!」
もう一度全力で頭を下げて、僧侶たちの笑顔にも送り出されて光希は、本部奥の普段僧侶たちしか立ち入らないエリアから、ロビーに向かって、走り出したいところを場所柄を弁えて早足でいた。
次の角を左に曲がればロビーに出るところで、ちょうどその、角から出て来た女性と軽くだがぶつかる。
「すみませんっ!」
反射的に光希は謝ったし、こうした場合には、男性である自分がまず謝るものと信じて疑わなかった。
「ごめんなさい。僕ちょっとだけど急いでてっ……、ケガとか痛む所とか無いですか?」
「張山、光希くんね」
いきなり自分の名前を呼ばれて、顔を上げ女性の顔を間近に見る。そしてくっきりしたふた重の目を、しっかりと二回は瞬きさせて、
「……女神様?」
と張山光希でもなければまず出て来ないような第一声を放った。
本部からも見えていた広い駐車場の、そばに立つバス停に、路線バスが近付いて来たから乗り込む前の部員たちに声を掛けた。
「悪いな。光希、間に合わなくて」
「大丈夫。また明日、部室で。撮った動画持って来てねって伝えておいて」
動画、撮れなかったんだよなって思いながら俺は、部長は光希だしそこはまだ光希は知らない話だから、
「ああ」
って微笑んで頷いておいた。あと、今日は平日だから、そうか。明日は普通に学校あるんだ(正直めんどくせぇ)。
「じゃあねー!」
「小石川も家まで、気を付けてな、って俺らより近いけど」
って飯田が乗り込んで、
「今日は面白かったよ小石川。お前もっと自信持てって」
「俺は自信が無いわけじゃねぇって」
と中橋と話していた後ろで、一年男子が俺に向けてぺこりと、深めにお辞儀するのが見えたから、顔を上げたところで目線を合わせて頷いた。
みんなが乗り込んで行ってバスが発車して、車内ではめっちゃくちゃ大きく振られている手が、何本かあったみたいだけど、高校生がやる事かって、苦笑しながら俺は小さく振り返して、
バスが遠ざかってケーブルカーの駅へと向かう道に、曲がって見えなくなるまでは見送って、しばらくはその場所にそのままでいた。これを最後にもうみんなとは、みんなが揃って笑顔でいるあの感じを見る事は、無いような予感がして。
向かって行った本部前の、門柱だったり石碑だったり石像だったりの並びは、堂々としているけど無機質で、裏側にはピンク色の花が咲き誇っているなんて分からない。隠された、ままで良いのかなって頭によぎった。隠しておく、以外にやり方は無いのかな、他には本当に見つけ切れないのかなって。
コンクリートで出来た四角形の本部に入って、靴を脱いでスリッパに履き替えて、廊下をロビーに向かったけどそこには誰もいなかったから、光希は戻っていない、と言うより、戻って来たけど同じ感じに誰もいなかったから、家族の所に向かったんだろうなって、渡り廊下を廻廊に向かって歩み出て、
渡り廊下に繋がっている入り口からは、俺も知らないまた別の御詠歌が流れ続けて、全国大会そのものはまだまだ夕方の六時頃まで続く。パンフレットを眺めていたから知っているけど俺たちも、自分たち以外にはずいぶんと、無関心だったなって思った。
今舞台に立っている人たちにも、観客の中にも、俺たちの事なんか全く知らないし朝の騒ぎも見ていないし、僧侶たちと一緒に舞台に立ってた以外は高校生がいた事にすら気付かずに、一日を終える人もそりゃ相当な数いるんだなって、思ったら、
空しいとか、哀しくなったわけじゃなくて、ただ確信を持っただけだ。その通りだしそれで、何も問題なんか無いんだって。
そのままを、部員たちに話したら誤解されそう、って言うか絶対に誤解されると思うけど、自信が無いわけじゃなくて俺は、何にでもなれるんだって。
山の上では大した出来に思われなくても、ふもとで舞を指導する奴になったって、舞なんかすっかり忘れて洋楽片っ端から聴きまくる奴になったって、御詠歌にハマっていって光希と鈴鉦並べる奴になったって良いし、いっそ僧侶になったって、
って思った時点で苦笑が出て、軽くだけど首を振った。ああ俺、それだけは無いな、って言い切れるな。何に対しても信仰とか俺、持ってないから。
なんでか、って考えたら信仰って、持ち出したら持ってない奴が不思議に思えたり、どうして持てないんだって問い正したり、信仰持ってる奴同士でどっちが正しいかとか、言い合ってお互いワケ分かんない感じになりそうじゃないか。そんなもんじゃない本当はもっと素晴らしいものだとか言われたって、そういったところも現実にあるだろう。俺多分そういうの、人より多めに見せられて、知ってるしただただ怖いんだって。
廻廊を正面に回ったら大引き戸は、ピッタリと閉じられていて、廻廊そのものにも地面まで下りる階段の下にも、張山や小石川の家族は見当たらない。まだ中にいるわけでもなさそうな気がして欄干から下を覗いたら、階段の脇にちょうどそれらしい人数の影が固まっていた。
俺の両親と光希のお父さんと茉莉花と、もうちょっと身を乗り出して覗いた、もっと欄干に近い壁には、他のみんなから半円状に取り囲まれて、光希と俺の姉二人が、見つめ合ってお互いの手を握り合っていた。
「私、この人が良い! この人じゃなきゃダメだしこの人以外、考えられないから!」
姉のいつになく取り乱した感じの声が聞こえて、
「うん。僕は、特に反対するつもりとか無いけど、光希は?」
光希のお父さんから訊かれて光希は、自分のお父さんだってのに、
「はい!」
って勢い良く答えていた。
「僕で良ければぜひ! この人の、お婿さんにさせて下さい!」
物心ついた時からずっと胸の内にあふれるくらいに思ってきた事が、もう一言加わって、もう少し強めに浮かんできて、溜め息と同時に飛び出して俺から出て来るのは、これで最後になると思った。
何だこの茶番。