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『張山光希は頭が悪い』第26話:犠牲を祓う

第1話(末尾に全28話分のリンクあり)
(文字数:約7700文字)


第26話 犠牲を祓う

 トンネルを潜り抜けるまでは一見したところ分からない、すり鉢状の斜面の上までを畑に取り囲まれた、その区画の、ツタが絡まったフェンスと、畑との間には、四輪車一台が通れるくらいの道幅で、道路が巡らされていて、
 おじさんと二人で今度は横並びになって歩いた。
 球体だったり円筒形だったりする、その一つ一つが人なんか豆粒みたいな大きさのタンクを、いくつもいくつも横目に見て、時々タンクの隙間から、遠くに強いライトの光や、巨大な怪獣の呼吸みたいに、ごぉぉぉ、しゅーぅうう、と空気を送り込む音に吐き出す音、光希のおじさんの自動車工場で嗅ぐみたいなケミカル臭が届いてくる。
 水滴が頭や顔に当たって、
「雨?」
 と見上げたところにおじさんからは、
「違う」
 と返ってきたけど、どういった作業行程なのか、フェンス近くの機械のてっぺんから、シャワーみたいに水が噴き出していて、
「冷却水だろうな」
 もうもうと立ち上って行く水蒸気に、山の外側からは雲が湧き出しているように見えるだろう、小石川の家近くの森の、日盛りに立ち込める霧を思い出して、実家とは全く真反対な場所を目指して来たのに、実家を思い出した事をちょっと残念に思った。
 西の海に面したエリアに広がる重化学工場群を、それも夜のうちに、だから、工場夜景を見に来たんだ。山の上には絶対に無い景色、だから。だと思って。
 タンク群を越えたら今度は、真っ白に射抜くようなライトに飾られた、塔や建物が、いくつも並んでそびえ立ち始めて、道が少し陰って上を見たら工場内に入る高架道路と交差していて、おじさんが高架の下の暗がりを、懐中電灯で先の方まで照らしていた。「立ち入り禁止」の掲示と金網で塞がれていたから、僕は近付いてまで中を覗こうとはしなかったけど。
 その代わりみたいに進む先の空を見上げたら、
「ああ。月が」
 出ている、と思ったけど、黒い雲に隠れてどこか、色も赤っぽい気がする。
「炎だ」
「え?」
 よく見たら工場群から少し離れた畑の中に、夜に紛れる暗い色の煙突が、一本立っていて、その先端から上がっている確かに赤い火の揺らぎだった。
「余ったガスを燃やしているんだろう」
 工場の規模なんかを考えたら理屈では、理解できたような気がしたけど、
「ガスって、余るの?」
 つい呆れた感じに呟いてしまって、おじさんからは苦笑された。
「山の上での暮らし振りからは考えられないな。確かに」

 駅から三十分、トンネルを越えてからも二十分以上は、歩き続けて、慣れないケミカル臭で時々頭が痛くなりそうな気もしたけど、その度に強めの風が吹き通って、頭の周りの暗い影が吹き散らされる感じがして、海が近い事だけは分かるんだけど、
「ここから海は見えないのかな」
 と言ってみたらおじさんは、暗い中でも分かるくらいに微笑んできた。
「上から見られる」
「ホント?」
 懐中電灯を工場周りを巡る道からは外した先に、上の畑に向かう道が現れた。コンクリートの舗装が灯りで白く照らし出されて、魔法か何かで取り出したみたいだ。
「照らしながら進もう」
「そうだね」
 ヘビが出るかもしれない。山の中ではシカにイノシシも普通に出るから、ヘビくらい出くわす事には慣れっこだけど、危険な生き物に変わりはない。
 そして勾配がきつい坂道だけど、僕もおじさんも、山道での息遣いには慣れていて無理に急ごうとはしないから、できるだけ一定の呼吸に感覚に、合わせ込むように淡々と、登って行って、登り切ったところにちょうど車一台を停めて置けるスペースが空けられてたから、先におじさんの足がそこにたどり着いて、懐中電灯を消して、
「ここで良い」
 と振り向いて来たから僕も、懐中電灯を消して後ろを振り返った。
「うわぁ」
 ってまずは月並みな驚きの言葉が出て、そして、それ以外に言葉なんか出ない事を感じ取った。
 巨大なクリスマスツリーの残骸が、ライトも点けたままで乱雑に、いくつも積み重ねられて捨てられたみたいだ。一つ一つは物凄く、強い光なのに、一つ一つがくっきりと際立つ闇の中で、全体は豪華なのに、人一人の身体じゃとても立ち向かえない、巨大戦艦みたいにも見えるのに、どこか悲しい。
「海が」
「端の方に、少しだけだが」
「ああ。もっと、この近くまで海かと思った」
 灰色に鈍く光るタンクの並びが、ちょうど来る時に見かけた海の色みたいで、実際に端に見えている海とも、それほど遠い物質に思えない。
「エコロジーだの持続性だのを、唱えている人たちを、ここへ連れて来ると皆ここにいる間だけは黙り込むんだ」
 隣でおじさんがコンクリートの地面にそのまま座り込んだ。
「そしてそれからは発言に、慎重になる、者もいる。大量消費も破壊も環境汚染も、否応無しに我々一人一人の人生と、組み込まれている現実を弁えずに、ただ感情のみをぶつける事を私は『当事者意識』とは呼ばない。対岸の火事に向かって『早く消せ』と叫び、時には『何をやっているんだ』と、嘲笑っているだけの事だ」
 僕に向かって多分、笑顔を見せてくるけど、すぐそばの光景はひどく明るいのに、おじさんの顔や姿はさっぱりだ。シルエットくらいしか分からない。

「先ほども少し話したが、鉄道網が発達する以前には、私たちの故郷に実家こそが繁栄を極めた、一大産業地だったわけだ」
「え」
 今この場には馴染まない感じがしたけど、さっきから、やたらと思い浮かぶ気もしていた。
「細々と花などを育てて生計を立ててはいない。林業に製紙業に紡績業、山頂の聖地へと詣でる人たちへの、宿場としても賑わっていたからこそ、人口は増え続け山の上に小学校まで建てられ、神も祀られていた」
 ゾクッと首の裏で何か寒気が走って、だけど、強い海風に吹き散らされた。
「私たちの一族が負わされた、呪いばかりを嘆く必要は無い。人は山の上の鬼は忘れ果て、海の上にこういった化け物を、築き上げただけだ。しかもこの地域のこれ一体ではなく、国中の至る所に。毎年鬼神楽に捧げる程度の規模ではない、数多くの人の命に人生を、捧げ続けている。それで幸せに暮らしていられると、信じ込んでいるわけだ」
 何となく立ったままでいるだけの力が抜けて、僕もおじさんの隣に座り込む。
「普通、とはただ単に、今現在命が捧げられている信仰の、最大多数派であるというだけに過ぎない」
 なるべくそのままで耳に入れるように気を付けて、だけど、どうしても浮かび上がってくる単語があって、
「信仰、って何なの。おじさんにとって」
 と訊いてみたら、
「安全だな。ただし安心、ではない」
 と事も無げに答えてくる。
「なるべく大勢で群れを作っていれば、いざ何者かに襲われた際に、自分一人だけが犠牲になるリスクが減る。運良く隣の誰かが犠牲になってくれれば、その死を嘆いて見せるだけで済む、というシステムだ」
 分かるような気もするけどずいぶんと、容赦が無い言い方に聞こえて、
「それだけ……?」
 と訊き直したら、
「『私にとって』という訊き方をしただろう」
 と苦笑してきた。
「同時に個人として生きる事を定められた者には、初めから不要なシステムだ、という意味合いも含んでいるが」
 そっちの言い方は僕には納得できるものがあって頷いて、坂の上からの景色を多分二、三十分くらいは、お互い特に何も言い出さずに眺めていた。恐ろしい。圧倒される。美しい、だけど物悲しい。そういった全てをまとめて言い表す言葉が無い、
 みたいに思ったけどそれに近い一つを思い付いた。畏れ多い。

「そろそろ帰るか」
 おじさんが立ち上がって僕も、
「そうだね」
 って立ち上がって、だけど、おじさんは同じ場所に立ったまま改めて、景色を眺めて、僕が懐中電灯を点けて坂を下り始めても、まだためらった感じでいたけど、
「薫」
 おじさんから名前を呼ばれるのは、初めてだなって立ち止まって振り返った。
「一つ、提案をしたい。そうだな。提案、という言い方をしておこう」
「何」
 懐中電灯は足元を照らしたままで、僕は、おじさんのシルエットしか目に入れないようにした。
「この国の、高校ごときを無事に修了するよう、生まれた家や育てた家の人たちから、はっきりと言葉にして要求、されているか?」
 かなり限定された質問だったから、言われて詳しく思い返してみたら、確かに「(姉が継ぐまでは)助け手がいる」とか、光希のお父さんからも「耐えられるだけ飲み込んで」だ。
「いいえ」
「そうだろう」
 見えてはいないけどこれ以外に正解は無いみたいな、堂々とした笑みを浮かべている。
「私には、エンデとして築き上げた財産と、培ったノウハウがあり、長年様々な秘密を守ってくれたばかりか正体を小出しにする事まで許してくれたほど、優秀なスタッフたちがいるんだ」
 坂の上から一歩ずつ、僕に向かって歩みを進めて来る。
「期間限定、である事を初めから弁えて、それぞれが他の収入源を確保してくれていたから、誰一人失業状態にはいない。私としてはまた彼らに、新たな仕事、と言うよりは、彼らが楽しめる仕事を提供したい」
 僕の目の前まで来ると、シルエットは立ち止まって腕組みして、見えないはずなのに僕と目の高さを合わせてきた。
「勿論ただ私の甥、というだけの理由で、その全てを湯水のように与え貪り尽くさせるつもりはないが、君の方でも我々からただ命じられるがままに、踊らされるつもりはないだろう。せめて舞ってみせようとはするはずだ。違うかな」
 海風は強く吹き通って、頭の周りの暗い影を、留まらせてはくれない。

 駅に戻るとおじさんは自動販売機でコーラを出して、
「飲むか」
 って僕にも回してきた。思っていたよりも水分が潮風に持って行かれていて、ノドを鳴らしながら結構な量を飲んでしまったけど、
「ごめん」
 って返してもおじさんは
「ああ。かまわんで」
 ってまた方言しゃべりに変わっていた。
 駅の中にはこの地域の、多分僕と同じくらいの年頃の男の子たちが、四、五人くらいで溜まっていて、窓から見えていたその様子を気にしながら、駐輪場に入ってヘルメットをかぶって、おじさんのハスクバーナに続いてドラッグスターを引き出していたら、
 電車がホームに滑り込んで来る、音に続いて、
「バイバーイ!」
 って、ホームと駅舎の中とで別れた友だち同士で、高校生だってのに大きく手を振り合って大声で、言い合っていて、
「まーたねー!」
「また明日ー! 学校でー!」
 それを聞いていたら僕の頭には、光希が浮かんで、物心ついたくらいからずっと僕が小石川の家に帰る度に、車で帰る時も駅まで歩いて行く時も、声が聞こえなくなるまでずっと、
「バイバーイ!」
 って、姿が見えなくなるまではずっと窓から手を振り続けていた。どうして僕がそれを知っているかって、僕の方でも車の窓に貼り付いたり駅までの道を何度も振り向いたりして、光希が完全に見えなくなるまでは、手を振り続けていたから。
 ドラッグスターを引き出す手に脚が止まって、メーターの辺りにヘルメットをかぶったままの顔を伏せていたら、
「せやから『提案』や言うたやないか」
 苦笑混じりのおじさんの声が聞こえてきた。
「無理な事まで俺何も、頼んでへんで」
 顔を見ていないのに方言で、聞こえてくるという事は、今身に届いて感じ取れる「声」はこっち側で、もう「鬼」でもなくなった方だ。
「大丈夫。出来るよ、っていうか……」
 なるべく声には涙を混ぜないように、気を付けていたけど、
「前に、おじさん忠告、してくれてたよね」
 自由には責任が伴い、決して無償ではない、って言われたその時には大して、意味なんか分からずに深くも考えないままでいたけど、
「やらないわけにいかないんだろ。とっくに犠牲は、払われているんだから」
「おう。覚えてくれてたんかい。せやで」
 僕の頭のそばからは気配が消えて、おじさんはハスクバーナに乗り込んで、
「ほな。涙拭いて気ぃ落ち着いてからバイク乗りや。家に帰り着くまでは、安全運転でな」
 顔を上げないまま指先だけで振った手を、見てくれたかどうかは分からないけど、響き出したエンジン音が光と一緒に、線路沿いの道に潜り込むように遠ざかって行った。

 目的地に向かう時にも思っていたけど、両側に田んぼが広がる川沿いの道は、広くて車も少なくて自分のペースで落ち着いて走れる良い道で、気分が良くなると僕には、
 うぃやー! 風ひどかったし塩気もあってベッタベタじゃねぇかー!
 これも小石川の習性だけど、ドラッグスターから話し掛けられる気がしてしまう。
 帰ったら洗車しろよ! ってか、お前は出来ねぇからじいさんに、くれぐれも洗車頼んどけよ!
 無機物なのに伝わってる、って苦笑が出た。そう簡単に信じてはもらえないだろうから、誰にでも話せはしない事だけど。
 ここ数ヶ月、雨に打たれるわ線香の煙浴びまくるわ、舗装割れたガッタガタの山道走らされるわ一気に走行距離跳ね上がるわ、なんだかんだで結構、楽しかったけどよ。
 思った事そのまますんなりとは言おうとしないところが、ドラッグスターに移っちゃったかもしれないし、僕の方がここ数ヶ月移っていたのかもしれない。
 道はちょっとずつ両側が、緑になって視界が狭まってきて、カーブの度に木立の並びが詰まって枝葉は茂って重なって行って、街灯も減ってきて暗さが深まっていって、
 風の、通り方が変わって身体に触れてくる感じは、さらっと爽やかそうだけれど、実は通り抜けてきた森の中や獣たちの「声」が、みっしり詰まって僕には、騒がしいくらいに伝わってくる。

   ーー 薫。おかえり。
   ーー おかえり。薫が、無事で帰って来た。
      おかえり。

 実を言うと物心ついたくらいからいつだって、森の中に漂う「声」にだけは、包まれまくって取り囲まれ続けているんだ。

   ーー ここは貴方が生まれた場所。
      私たちは、貴方を愛している。
      人の言葉が貴方をどう言おうと、
      人の繋がりが貴方をどう扱おうと、
      私たちは、貴方から離れない。
      貴方が望む以上に私たちは、
      常に貴方を愛し続ける。

 うっとうしいなぁおい。家まで蹴散らしながら進もうか?
 ドラッグスターが僕の代わりみたいにぼやいてくれたけど、
「いいんだよ。これで。ありがとう」
 ってわざわざ声に出して言っておいた。周りの「声」にも届くように。

 カーブを曲がったら見えてきた、張山の家の道路に面した駐車場には、一人分の人影が立っていて、近くの街灯に照らされていたから光希のお父さんだって分かった。
 バイクを停めて僕は、バイクから降りるよりも先にヘルメットを外して、
「連絡あったの?」
 と聞いてみたら、
「連絡が、無かったから心配していたんだよ」
 としっかり不機嫌な声で返ってきた。
「あのね。昨日は確かに放っておく感じになっちゃって、すごく悪かったけど、その代わりに今日はしっかりと、話をするつもりでいたんだよ?」
 バイクに乗ったままの僕をまっすぐ見上げて、しっかり説教を始めてくる。
「学校には荷物置いたまま、お弁当も残したままで、光希が持って帰ってくれたけど、光希もどこに行ったか知らないし光希だって茉莉花だって、今日はずっと心配してた。バイクが無かったからとりあえず、ちょっとは安心出来たけど、そのバイクだっておじいちゃんからの借り物だからね? 今日みたいな使い方するんだったら、返してもらうよ?」
 聞きながら今更みたいにすごいなって、思っていて、「子供に言ったって分からない」とか「言われなくたって自分で考えなさい」とか、他所の話では聞くそういった言葉この人には、ほとんど無かったなって。自分はこう思った、とか、ここがこんな理由で間違っていると思う、とか、いつも自分主体で説明してくれてたから、こっちは言葉が浮かばなくてもこの人が、どういう考え方で生きてるのか、大体把握できてるし、
 別れてからはお互い名前も呼ばないように気を付けてるみたいだなって、
「元、エンデに会った」
 って呟いたら、それだけで大体を察してくれるだろう事まで分かる。
 ヘルメットを先に外しちゃったから、下りにくい、と思っていたら気が付いたお父さんが預かってくれて、バイクを下りてカギも、お父さんに手渡したら受け取った。
「明日の午前十時に、マルビル」
「高速バス」
「そう。チケットは手配しておくから、他に必要な物は、自分で判断しろって」
「そっか……」
 ってお父さんは、手のひらのカギに目を落として、ちょっとの間黙り込んで次に顔を上げたら、
「ちょうど今日、薫の住民票と、小石川家の戸籍謄本、役場に行って取って来たから持って行っといた方が色んな手続きがスムーズになるよ」
 黒ブチのメガネ越しの目は、しっかりと強い意志で決めた感じに僕に、向けられていた。
「あと、実家から毎月振り込まれていた養育費の、余った分を薫名義の口座作ってプールしてあるから、作っておいたカードと実印も一緒に渡しておく。今のところ暗証番号は、光希の誕生日。忘れないだろうし戸籍上の家族でもないから、ある意味安全かなって。だけど、それもなるべく早いうちに変えてね」
 おかげで僕の側にちょっとは残っていた、迷いとか悩みみたいな感じも、吹き飛ばされて諦めさせられる。
「前々から計画されていたみたいだね」
「たくさん用意しておいた選択肢のうちの一つだよ。その中ではまだ、安心できる方」
 バイクのハンドルを握って作業小屋の方まで、ちょっとの距離だけど坂道を引いて行くから、僕もシートを後ろから押して歩いた。
「何なら明日、お父さんが行く?」
 と言ってみたらお父さんは、そう間も空けずに苦笑して、
「何言ってんの? 僕が、追い掛けられてた側だよ?」
「みたいだね。ちょっと聞いた」
 作業小屋のシャッターは空いていて、そのまま中の奥まで進んで行って、
「いや。真面目な話。僕は自分が幸せでいるために、一切手なんか抜いていないから」
 停めた車体に触れて「海の近く行った?」と訊いてきたから頷いた。
「一人一人にきちんと掛けられる時間は、限られているし、僕のそういうところを今でも、愛してくれているはずだから」
 銀色のカバーをかぶせる前に、洗車しなきゃね、明日僕がやる、って、話をしながらほとんど身振りだけで伝えてきて、作業小屋の壁に掛かったホワイトボードに、洗車の日時と自分の名前を書いてから小屋の電気を消した。
 小屋を出て家の玄関まで歩く、短い間に、
「明日のお弁当何がいい?」
 とか訊いてくる。
「こんな時にお弁当なんか持って行かないよ普通」
「うちは普通じゃないし、僕は、普通なんかなくていいと思ってるから」
 工場夜景を見ながら聞いた、おじさんの話も思い出して、
「そうだったね」
 って僕は頷いた。


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