見出し画像

『張山光希は頭が悪い』第11話:秋の予感

第1話(末尾に全28話分のリンクあり)
(文字数:約4900文字)


第11話 秋の予感

 二学期が始まって、一、二週間過ぎたくらいのある朝、教室の扉を開けたら、
「うわああああぁん! エンデがぁ! エンデがぁあああ!!!」
 ってエンデ好きグループがそれぞれに、机に突っ伏したり床にうずくまったりして、教室中を溺れさせる気かってくらい、泣き叫んでいた。
「え。もしかして、死んだの?」
 つい飛び出した一言に、全員が物凄い形相で振り向いて、俺に向かって突進してくる。
「縁起でも無い事言うな!」
「エンデは心の中で永遠に不滅なのよ!」
「仮にそうであったとしても『お隠れになった』と言え!」
「『大殿おおとのごもられた』と言え!」
 結構可愛い女子たちに、取り囲まれているんだけど、俺が求めていた雰囲気と違う。カナツカなんか至近距離で俺の顔、両側から掴んで捻り回して、雰囲気によっては相当に嬉しい状況だったかもしれないんだけど、
「ホンットに小石川あんたってぇ……、うすらぼんやりエンデに似た顔と、張山光希から愛されてる事のその二点しか、価値が無いわぁ……」
「俺の本体だけをとことんまで見下さないでくれるかな」
 これだもんな。ってか何だそれ。
「あと光希から愛されてるならそれで十分かなって」
「相思相愛か貴様ら」
「ああしかしそこが最大の萌えポイントなんだが」
「聞いてる側が爆死するわ」
「屍は責任を取って小石川、貴様が拾え」

「だよねぇ。悲しかったよねぇ」
 光希は俺の教室に来て弁当食いながら、全力で話に乗っかって女子たち全員の支持を集めている。
「だけど、みんなも涙を拭いて。泣く事無いよ。だって、この広い世界のどこかには、今も確かにエンデがいるんだから」
「そうだね。そうだよね」
「いつまでも嘆き悲しんでちゃエンデに笑われるね」
「同じトーンで話合わせられる事自体がすげぇよな」
「アイツもしかしたら何かの教祖様とかになれるぜ」
 って俺は今日は飯田や中橋あたりと、教室の隅に固まって弁当食ってる。早い話が「表舞台からは姿を消す」と、人気絶頂の最中にエンデは引退宣言をしたらしい。
「だけどみんな、最初っから分かってた事だよね。エンデは『期間限定のプロジェクト』だって」
 なんだその気取ってるのか仕事人間なのかよく分からない言い回し、って聞いてて思った事をそのまま口にしたら、また取り囲まれて襲撃に遭うだろうから、言わないけど。
「そうだけどぉ。ずっと応援してたらもしかしたら、続けてくれるかもって思うじゃないぃ」
「そこはボク、エンデがウソなんか言うわけないって信じてたから」
「しれっとガチにファンだったんだな光希」
「俺も一応」
「実は俺も」
 と飯田に中橋が言ってきた。
「そりゃ女子人気が高かったけど、曲とかギターリフがカッコよかったり歌詞が聞き応えあったりで、男性にも年齢層幅広く支持されてたよ」
「あとコンテンツは多彩だったけど、エンデ本人はビジュアル重視でもないっていうか、顔の全体見せた事無いから」
「そうなの?」
「佇まい、とか存在感で、効率良くカッコいいって思わせる、雰囲気作りがすげぇなって、アーティスト志望で参考にしてる奴は多いと思う」
 それってどこか「型」っぽいなって、俺は聞きながら思っていたけど、
「それでなんで俺うすらぼんやりにでも似てるとか言われてたわけ?」
 まずは気になった事をカナツカに訊いた。
「ジャケットとかPVとか宣材写真なんかに、ちょっとずつ写ってる分を、繋ぎ合わせて顔全体にした画像が去年辺りからネット上に出回って、それが素顔って事になってるの」
 聞いていたら俺は思いっきりの溜め息が出て、
「そんな事やっちまったから引退したんじゃないの?」
 と口にした瞬間に、それまで笑顔だった連中がみんな思い当たるところがあった感じに、しゅんとなった。
「昔からの知り合いで、絶対に会いたくない知られたくもない人がいたりとか、考えられるだろ。わざわざ顔見せないようにしてるって」
「うん。だけどさぁ」
 光希がしゃべり出すとうつむいてた女子たちが、顔を上げてくる。
「あちこちでちょっとずつ顔写して見せてきたって事は、いつかはこうなるってエンデも分かってたと思うんだ」
 そして俺には光希っぽくなくて違和感がある、気取った調子で微笑みながら言ってのけた。
「所詮僕たちはある程度を定められているからさ」
 聞いた途端にカナツカが、
「それ!」
 と光希を指差して立ち上がった。
「エンデの第七回公式配信曲、『預言の中を生きろ』のバックコーラス英語歌詞部分の和訳!」
「あったりーぃ♪」
「お前ら普通レベルのファンからはガチすぎて怖ぇよ」
 って飯田と中橋までがさすがに引いていた。

 帰りの電車は一時間に一本だから、結局毎日光希と一緒に帰る流れになって、途中の駅で鈍行に乗り換えて進行方向に向いた席に、二人並んで座ったから、
「昼間話してた曲、持ってる?」
 って訊いてみたら、
「聴いてみる?」
 って光希がプレイヤーを取り出してきた。
「一曲くらいなら」
 イヤホンを片耳だけ貸してもらって、耳に入れたけど、
「うわー……」
 入ってくる音楽が、何の楽器でどんな弾き方で音を出してるのかすら、見当も付かない。正直に言ったって信じてもらえないけど、ギターとピアノの違いすら加工とか入ってると俺には分からないんだ。
「慣れないからどう聴いていいんだか分からねぇ」
「ふふ。だよね」
 御詠歌や、舞に合わせる鼓や笛とかと比べると、複雑すぎて頭痛くなりそうだけど、奥底に響いている低音がまず心地良い感じがして、そこからちょっとずつ糸がほぐれるように、身体に届く感じがする。
「声も俺、似てるって言われた事あるけど、自分じゃ聞いてて分からないや」
「そうだね。自分の声って自分じゃ聞こえないからね」
 片耳ずつでイヤホンしてるから、光希の返事も一応聞こえる。
「この辺がその、よく話に聞くサビってやつ?」
「うん」
「で、後ろの英語が昼間言ってた、バックコーラス部分?」
「そう」
 メインボーカルは日本語でタイトルのフレーズを繰り返している、かと思いきや、最後だけ一フレーズ加わって終わった。

   預言の中を生きろ 解釈は自由だ

 イヤホンを外して光希に返すと、にっこり微笑みながら受け取ってくれる。
「ネガティブなんだかポジティブなんだかよく分からないな」
「そこがエンデの魅力の一つ、っていうか」
 返した側のイヤホンを自分の耳に入れて、俺には違和感がある気取った笑みを見せながら言ってきた。
「人生そのものじゃない?」
「エンデっぽい言い回し選んでくるんじゃねぇよ」
「バレた」
 ってクスクス笑いながら、張山の家の最寄り駅まで自分だけ音楽を聴き続けていた。

「……はぁ?」
 全身から呆気に取られた俺以外はみんな、リビングに集まって祝福の笑顔だ。
「ママのおなかに、赤ちゃんが出来ましたー」
「うわーい。弟? 妹?」
「まだ分かんないー」
「どっちにしても興味深いわ」
「茉莉花それだけ?」
「正直に言って嬉しいわ」
「いやー。曾孫の顔まで三人も見られるて」
「昔は思いもしよらんかったもんを」
 とおばあちゃんおじいちゃんまでほくほく笑顔でいる。
「ちょ、ちょっと待てよ」
 おっさん、と口から出そうになったのは、前に俺の父親からガッツリ叱られたから飲み込んで、
「今更何? 子供とか、この家育てる余裕あんの?」
「うん」
 って光希のお父さんとお母さんは揃って顔も並べて事も無げだ。
「光希が僕もママも十九の時の子供だから、僕たちまだ三十代の後半だし」
「子供育てながらそれぞれが交代で学校通わせてもらえたから、私は調理師免許と栄養士免許持ってるし、パパは行政書士の資格取って、地域の人たちから仕事もらえて経済的には今の方が安定してるし」
「土地も家も先祖からの不動産だし新しく手に入れる必要無いし、十年くらい前に一度きっちりリフォームしたし」
「ガキの頃からガッツリ人生設計しまくってやがったな……」
 正直すげぇと素直に認めてやっても良かったんだが、
「彼氏いるくせに」
 とついぼやいてしまって、
「ごめん」
 と目の前に手を差し出された。
「その事はもう、言わないでくれる?」
 お父さんが近付いて来て代わりに、お母さんが遠ざかって張山の家族みんなの中に囲まれて、
「別れたんだ。もう会わない」
 って聞こえた瞬間に俺からは、自分でもちょっと嫌な笑い方が出た。
「これまでの罪滅ぼしに作りましたって感じ?」
「薫」
 ガツッ、てその時のその声は、殴られるみたいに硬く感じて、
「本当に、お願い」
 敬語でもなかったけど俺は、気に入らなくて一人だけ二階に上がって、自分の部屋に引っ込んで、
 後で光希が部屋に入るなりぼやいてしまった。
「説明責任を果たしてくれないかな」
「説明って?」
 俺の部屋のクッション抱っこして純粋に首を傾けてくるから、今の気持ちの中のトゲトゲしい部分は、多少丸めるしかなくなったけど。
「俺には、おじさんなんだぞ。急に何年か振りにふらって会いに来られた時に、俺どうしたら良いんだよ」
「そこは別に、普通に会わせてもらえると思うよ」
「ってか来たかねぇだろおじさんが。別れた元恋人の家になんか」
 ってか言いながら分かっていたけど、これまでだって所詮何年か振りに一度、急に思い出した感じにふらっとやって来るくらいの人で、そもそも俺にそこまで会いたかったわけじゃない。
「前に会った時俺、おじさん怒らせて、叱られたまんまだからもう一回くらいはきちんと、顔合わせて話したいって思ってたのに……」
 光希は純粋に丸くした目を瞬かせて、
「怒らせて? 叱られた? って春休み頃のアレ?」
 って思い出した感じに吹き出して笑ってきた。
「ボクあの時二階の窓から見てたんだけど、おじさんすっごく楽しそうに、二人乗りで戻って来たじゃない」
「そりゃ駐車場に恋人待ってくれてりゃな」
 目の前に差し出された手が、左右に振られて、しばらくの間おかしそうに光希は、クスクス首も振りながら笑い続けて、
「薫って、自分がその時そこにいたって事だけは、見てない、っていうか忘れちゃうよね」
 笑い過ぎてにじんで来たらしい涙を拭いながら、顔を上げてくる。
「あの時のキスだって、薫に見せつけてたに決まってるじゃない」
「いや。いらねぇってそんなの。本気で」
「うん。そうだよね」
 拭いたはずなのに俺に見せてきた目は、まだ相当に潤んでいる感じだった。
「前々から変だな、おかしいなって、思ってて、全国大会の後くらいからボク、いいかげんで気が付いてきたんだけど」
 両眉の間に光希には見慣れないシワが寄って、開いたままの目から粒になった涙がこぼれ落ちた。
「ボクに見えてるものみんなには、ちっとも見えていないんだよね。薫にも」
 何だこれ、
 って俺は正直に言うと思っていて、俺が何か悪い事をした覚えも無いのに、今までの全部を物凄く、謝りたい気持ちにもなったけど、実際に悪い事をした覚えは無いから光希が泣いている間、うつむいて黙っているしかなくて、
「うまく、言えないけどボク、ちょっとショックっていうか、だまされてた、って言うのも変だけど。みんなに言わせたら多分、普通じゃないのはボクの方だから」
「俺は……」
 それを言われても、俺の方でもショックっていうか、だまされてた、って言うのも変だけど。
「ワケ分かんない事言ってるとか、適当に、ごまかすつもりで今まで、黙ってたわけじゃねぇよ」
「うん。分かってる。薫はね」
 ティッシュを箱ごと差し出したら、引き出して涙を拭いてくれて、
「普通よりも分かっちゃうって結構、大変だって事、知ってくれてるから」
 使って丸めた分は俺が受け取って、ゴミ箱に投げた。
「だからさ、ボクたちに今分からないからって、大人が勝手に好きな事ばっかりやっているとは限らないよ」
 今日口にしたひどい事は、自分に残って、この先自分を傷つけるよって、そのうちひどく傷つくだろう俺が気の毒で泣いていたんだなって、伝わってきた。


 | 

いいなと思ったら応援しよう!

偏光
何かしら心に残りましたらお願いします。頂いたサポートは切実に、私と配偶者の生活費の足しになります!