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【うたすと2】ヴォイス VS リリック
(1994文字)
ボーカル入りの楽曲だけを集めたプレイリストに、「song」ではなくわざわざ「voice」と銘打つような男だ。ちなみに初めて買ったCDは冨田勲(注:シンセサイザーを駆使したクラシック曲アレンジの第一人者)。
「歌は歌声を聴くものだよ。歌詞とか邪魔だから要らない」
などと言い放つ。歌は曲もさることながら歌詞も含めて美しい、と長年信じる私を前にしてだ。歌詞を聴いてるわけでもないくせに、昨今の若手J-Popも居間に流していると苦い顔をされた。
「ああ。ごめん」
と言ってしまう私も言いながらなぜ謝るのかとは思ったが、
「いや。構いませんよ。おっさんにはちょっと理解できないけど」
とか返しやがる貴様も結局許してなどいない風情でなぜだ。
「近頃の歌って何言ってるかよく分からなくってさぁ。ネットでもよく見るよね句読点が全く無いベッタリした文章。あれって早口だからだと思うんだよ。僕、早口な人嫌いなんだよ。聞く人の事や読む人の事、全く考えていないじゃない」
と至極正論ではあるが貴様も早口で語ってくるではないか。
そんな配偶者とドライブ中に、流す曲はいつも「好きに選んでいいよ」と言われるのだが、基本的に配偶者のiPod(しかも専用機器)から選択するので、貴方の御意向に従うしかないのだが、と思いながら「最近購入した曲」を探している途中に吹き出した。
「何これ。この一番最近入れた曲」
「ああ。ネットで見つけて曲が気に入って、あと女性のヴォイスが良いなって」
口頭でもそのこだわりを発揮しやがるか貴様。
「これ、歌詞書いてるの『たらはかに』さんなんだけど」
「え。誰それ」
「noteで私が毎週参加しているショートショート企画の主催者さんだ」
「え。歌詞も書いてる人なの」
「どう説明していいものかよく分からないが、これも企画の曲なんだよ。タイトルちょっと変わってただろ。『ウチの彼ピはインプレゾンビ』って」
「ああ僕タイトルとかあんまり見ずに入れるから。ゾンビ? ゾンビドラマとかの主題歌?」
「そのゾンビとはまた違ってSNS上の用語だ。インプレ……、まぁ良い。聴こう」
とは言え私はもちろんこれまでの間にひと通り聴き終えているんだが、まさか配偶者が運転している車の助手席で聴くとは思わなかったぜ趣きが変わるな。
「最近歌詞も聞くように、僕も気を付けてはいるんだけど、韓国語なのかな。時々分からない単語が入るんだよね」
「例えば?」
「このサビの『カレピ』」
「彼氏の事だよ」
「えっ? カレシって彼氏さん? boyfriend?」
同音異義語は英語に変換して正確に伝えようとする癖とかある。
「そうだよ」
「ホントだ。ゾンビって言ってる。彼氏さんがゾンビ?」
「いや人間だが。おそらくこの歌詞の女性はこの彼氏さんと、SNS上のやり取りだけで直接は会った事も無いぞ」
「ええええええ!」
「『あなたはどこの誰』って言ってんじゃん」
「僕それ何かしらの比喩表現かと……。だけどほらHold me tightって言ってる」
「インプレッションでだろ」
「いんぷれっしょん?」
分からない英単語を口にする声って不思議とひらがなに聞こえるよな。
「何の役にも立たないコピペしたみたいな感想コメントを、多分AIも使って一気に何十件も送りまくって、バズったところから広告料の分け前をせしめようとする連中がいるんだよ。SNSの仕組み上の問題点を突いた、詐欺とまでは言わないが暴力的行為だな」
「ごめん。さっきから言われてる事僕全然分からないんだけど(泣)」
「だろうな。私たちガラケーだから」
♪いんぷれっしょん ほーみーたい
「ああごめん。私3番好きだからちゃんと聴く。……ほら『弁護士さん』って言ってるだろ」
「本当だ……。一人で聴いてる時は気付かなかった、っていうか、聞き取れてたけど聞き間違いだと思ってた……」
「うわはははは」
いきなり笑い出した私に配偶者はビクついている。
「いい! いい。この『カルビ』と『チョレギ』! 最高!」
「なんでいきなり焼肉の話になるの?(困)」
きっと「一人焼肉」部分を聞き逃したな。
「『生ビ』もいいんだが『ハイボ』が惜しいな。i音で統一して欲しかったところだが、まぁサビも3巡目だしワンフレーズくらいは外すのもアリか」
「何『ナマビ』と『ハイボ』って(汗)」
「生ビールとハイボール」
「あああ」
♪開示請求 ほーみーたい
合わせて歌う私の隣で配偶者はハンドルを握りながらの悲しげだ。
「僕これもっとオシャレな曲だと思ってた……。歌詞を知らなきゃ純粋に、歌声を堪能できてたのに……」
「何を言っている。この歌詞だからこそ、オシャレに歌い通すボーカルの心意気に感動できるんだろう。うん。私が小説を書くならこの曲なんだが、さてどう書こうか」
「書くの? これで? 小説を?」
ヴォイスとリリックの戦いはそのまま言語文化と非言語文化の戦いでもある。
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