【小説】『一個人Mix Law』6/8
ロウの「国」はまるで覚りを開いているかのように、
あえて名付けるなら『空国』とか、
自分達を『空国民』とかのたまっています。
未読の方はまずこちらから↓
(8回中6回目:約2800文字)
6 必然
ようやく動けるようになった、朝のシュテファンは、ダイニングのテーブルに座って両手で頭を抱え込んで、まずは思いっ切り落ち込んでいる。
自分の手でやった事でもなければ、自分にはコントロールできない事で、どうしてそんなに自分を責め切れるのか、僕には分からない、フリをしておきたい。
「今回もっ、すごかったねぇシュテファンっ」
だって僕の方では、もう嬉しくって楽しくって仕方がない。僕の国に連れて来て良かったなぁって、よくやったね、すごいねぇって誉めてあげたい、くらいなんだけど、
『どうして貴方はそんなに明るい気持ちでいられるの』
とび色の涙目に睨まれる。だけど申し訳無いけど、睨んだ顔も可愛い。
『私の国にいた間は……、こんな事無かった……。年に一度か数年置きくらいで……』
「ターゲットになる相手がっ、それだけ多いって事だね僕の国にはっ」
『だから明るく言わないで!』
実際のところ「悪魔」は、素晴らしいくらいに、僕の国の、「国民」ばかりをターゲットにしてくれている。それもほとんどの場合、人為的エラー、つまり僕の国の外側で起きた出来事なので、そんな場所にわざわざ行った国民側の責任ですよね、と僕の国が突き放してくれる状況だ。
デバイスも装着していないのに、世界中の各都市でそれぞれが思うままに行動している「国民」を、どうして「悪魔」が、まるで選び出したみたいに狙えるのか、僕にはすごく不思議なんだけど、そこを聞き出そうにもシュテファンは、「悪魔」の行動を覚えていないし「悪魔」の感覚も分からない。
色がついて見えたらきっとあの黒いもやに似ている、ものすごく重いため息をついてくる。
『人を殺し続けている私が、このままで、許されるなんて思えない』
聞きながら、自動翻訳はどうも男性らしくない口調になるんだよな、って思ったけど、
『神様からも人の気持ちからも、私は罪人に決まっている。きっと私は殺される』
そう言えば、「妻」で登録したから妻向きの言語セットになるのかって思い当たった。
『きっと私がやった以上に、ひどい形で。そうじゃないと帳尻なんか合わない』
「君は、大丈夫だよ。僕の『家族』なんだから」
笑いながらそう答えた途端、シュテファンの拳が勢い良く、テーブルを叩いてきた。
『私が殺した人達にも、家族がいるのよ?』
うん。涙目だし可愛いし、「妻」っぽい翻訳になっているけどこの怒り方は、男性だ。
「『家族』の方ではそんな人達、どうだっていいんじゃないかな」
『どうしてそんな事が言い切れるの?』
「君がターゲットにした人達だからさ」
口にしてすぐ、訂正する。
「ああごめん。君の『悪魔』が、だけど」
父が殺された、とは僕は、目の前でその様子も見ていたけれど、どうも思い切れずにいる。
「一人でも、誰か家族から愛されて、大事に思われている人を君は、君の『悪魔』はターゲットにしたりしないよ」
相手の言葉で語りかけて、反応を見て、まるで、出来る事なら助けたいし許したいみたいじゃないか。シュテファンはそう話してきたから、僕も「悪魔」って呼んでいるけど、本当に、「悪魔」なのかなアレは。
「僕は、父を愛していなかったし、父が『家族』にした人達も誰一人、父を愛してはいなかった。父の方が『家族』の事も、僕の事も大事にしていなかったからね」
僕の声だと思い込んで、悪態をついた時点で大失敗、残念でした、って感じが僕にはする。
「だから『悪魔』が狙った人達は、『悪魔』に狙われるべくして狙われたんだ。君は、もっと安心して大丈夫だ。罰を受けるとしたらきっと、君を僕の国に引き入れて、家族にした僕の方だから」
僕が話していた間、シュテファンは僕の顔をじっと見て、何か言い返しそうだったり首を傾けたり、うつむいて哀しそうになったり、色んな様子に表情を見せてくれていたけど、
『私はちっとも安心できないんだけど』
って呟いて最後にちょっとだけ赤くなった。
悪魔が抜け出す様子が見られる、数日間は、毎晩嬉しいどころじゃなく全身の血が沸き立つみたいに、興奮するけど、
『ロウ。おはよう』
「ああシュテファン。おはよう」
自分から、起き出して来てダイニングにやって来るシュテファンが、少し背を伸ばしかけるのに合わせて僕の方からも少し身を屈めて、唇を重ねる間が毎朝、強くはないのにじんわりと嬉しい。
一回だけ一秒くらいじゃ足りないなって、長く押し当てる時もあって、腕を伸ばして抱き締めたらシュテファンも腕を回して来て、あれキスだけじゃ足りないんじゃないかなこれ、って思うような時もあるんだけど、
消えてしまう。
衝動は、真っ先に消されるから。人口を制限するために。「予測」を完璧にするために。
「朝ごはん、食べようか」
腕を放して微笑みかけるとシュテファンは、頷いてくるけどこのところ、首を傾けたり顔を背けたりもするようになった。
精度を上げようと思ったら、命を落とす危険まで伴うような出産を、わざわざ女性に経験させる必要も無いし、不完全かつ脆弱な状態で産み出された個体を、わざわざ外敵にさらす必要も、教え育てる過程での失敗を懸念する必要も無い。
初めから成体で生み出せば良いんだ。
生まれたその日から行動してくれて、必要な情報はデバイスがもたらしてくれて、成長を待つまでもなく国家には税収が入る。父の世代では100歳を超えた辺りから完成したデバイスで、後付けだから国の外側に出れば電源をオフにも出来るけど、僕には生まれた時から当たり前に埋め込まれていて、電源オフなんて存在しない。
僕の国ではだから「家族」って言葉は、ペットとか、標本、くらいの意味しか持たない。
「シュテファン」
『何』
呼びかけて、テーブルに着こうとしていたところを抱き取った。
「ごめん。もうちょっとこうしていたい」
『うん』
ってシュテファンは大人しく、僕の腕の中にいる。
「お腹、空いているかもしれないけど」
『ううん』
僕は、言ってしまえば父のペットで、国の標本で、ペットがペットを飼うなんて馬鹿げた話みたいに、思われるかもしれないけど、
ペット同士だったら、ねぇそれって本当に、家族になりはしないかな?
その思い付きは自分でも、思い付いた途端に悲しくて、だけど同時に僕には、ものすごく嬉しくて、絡み付いているものだから、負の感情だけには分けられなくって消えやしない。
消えないってこんなに、嬉しいんだって。それが分かった事が毎日感じていられる事が、どれだけ嬉しいかって。
ねぇシュテファン、僕を、こんな気持ちにさせてくれる国なんか、
きっと滅びるに決まっている。
何かしら心に残りましたらお願いします。頂いたサポートは切実に、私と配偶者の生活費の足しになります!