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【小説】『エニシと友達』3/12
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(12回中3回目:約1300文字)
ところでこのエニシは物心付いた頃から、つまりまだ言葉もしっかりとは覚えないうちから、家の中に奇妙なモノを数多く見ていた。
同じ家で暮らす者達にとってそれは、何も無い所を指差したり、半分に割ったお菓子を壁に向けて突き出したり、幼児特有のふにゃふにゃ語で話しかけたり、といった姿や、
強いて教えてもこなかった、ミルカの集落の言葉を、挨拶程度ながらいきなりしゃべり出す、といった様子として見つけられ、不思議ではあったものの赤ん坊の間にはありそうな事だ、俺も昔そうだったらしい、などと、可愛がられ半分に受け入れられていた。
おひるね用のこども布団を、何も無い空中に掛けようとするエニシを見て、
「どうしたエニシ。お友達が来てんのか?」
といった具合にだ。
しかしエニシにしてみれば、それは大人達が見ようとしないものを、見えるものだからあえて目を凝らしてはっきり見ようとした結果であり、
そうしていればこの家には、大人達は見たくもないだろう、どす黒く空中に浮かぶモヤモヤや、隅の方でドロドロと蠢く固まりが、内側にいる者達からではなく外側から、しょっちゅうひっきりなしに入り込み、家中のあちこちに、淀みや濁りを作っては溜まり込んでいるのだった。
出自に疑いを抱くよりも先に、この家は、つまり自分達は、良くない存在である事くらい、おぼろげながらエニシには察しが付いていた。
何と言ってもそうしたモノ達からは、言葉にされなくても伝わってくる、強い恨みに激しい怒り、嘆き悲しみ憎しみ苦しみが、家中に満ち溢れるみたいに吹き出しているので、それなのに父親達大人達からは、呆れてしまいそうなほど全く気付かれていないので、理由までは分からなくともエニシには、彼らに伝わらない点で共感できる。
「あう」
そして声を掛けるとそうしたモノ達は、その多くがちょっとだけ、薄まるのだ。見られた事気付かれた事、声を掛けられた事、そもそも子供がいる事に興味津々で、それぞれの恨み怒り嘆き悲しみ憎しみ苦しみが、たとえほんの一時でも、忘れはしないまでも遠ざかるらしい。
滅多に無い事だが、具体的には年に1、2回もあるかないかといったところだが、エニシが声を掛けただけでパシュッ、と色味が散って消えてしまうモノもいる。
しばらくの間キラキラした光の粒だけが、少しばかり空中に漂っている。
かと思うと声を掛けた途端、深刻な真っ黒に変わり、全身にベッタリとへばり付かれて家の者達からは謎の高熱を出して、寝込む事もある。
大人達からの熱心な看病を受けて熱が下がって喜ばれても、また歩き回ればあちこちに、濁りや淀みを見るのだが、その内の何匹か(匹、という数え方が適切かどうか定かではないが)は、時折エニシの指先や肩にくっついて、危険なモノにまで声を掛けるのを止めようとしてくれるのだった。
それら全てと、全てを理解し合えているわけではないが、確かにそうしたモノ達はエニシの「友達」だったし、ヒトであったとしても関係は似たようなものになるだろう。
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