【小説】『一個人Mix Law』3/8
あとここ数日色んな所で複数人から、
「個人は集団と比べて無力」といった言説を聞いたもので、
その方々の人生に基づく感覚は否定しませんけれども、
「本当かな?」と私は日頃思っていますので。
未読の方はまずこちらから↓
(8回中3回目:約2500文字)
3 伝承
確かに声は聞こえ続けていて、父が僕に普段使っている言語みたいに聞こえたけど、父の頭を取り巻いていた、黒くて濃いもやの内側で、僕にははっきり聞き取れなくて、
「朗! 返事をしろ、朗!」
僕の声だと思い込んだ父が、ずっと僕の名を叫んでいた。
「何だ今の言い草は! 私に対してお前が、そんな口を利ける資格など無いぞ!」
黒いもやが、ふわっとふくらんでやわらかな白に変わって、
はじけた、
と思ったらその真ん中にあったはずの父の頭も、無くなっていて、何を見たのか分からないまま信じられないまま足だけが動いて、近付いた父の身体は床に力無く倒れていた。
血も、飛び散っていない。服を引っ張ってちょっとだけ持ち上げて見たけど、頭が無くなったその断面から、二、三筋流れているだけで、手を離して落とした背中を服の上から触ってみたけど、心臓も止まっている。ああ止まっているから血が吹き出さないんだなって、思ったら、
「わあ」
って僕は思わず拍手をしてしまった。
その音で目を覚ましたシュテファンは、笑顔で拍手を送り続ける僕に、かえって青ざめて、父の身体からも遠ざかる向きに後ずさっていたけどだって、見事じゃないか一瞬のうちに、頭だけって。
僕にとってはすごく、清々しい。
悪魔が憑いているんだって、シュテファンは後で話してくれた。幼い頃から周りで人が亡くなる度に、自分は覚えていないけれど、お前のせいだ、生まれつき取り憑いた悪魔のせいだって、責められてきた。
悪魔、かどうかまで僕には分からない、どうだっていい事だけれど、証拠も凶器も残らないあの殺し方は、賞賛に値する。僕の国が「事実」として認めるはずもないから、罪に問われないどころか、容疑すら掛からない。
『Mix Law?』
朝食を取ろうと入ったレストランで、僕が書いたメモを見せるとシュテファンは、不思議そうに読み上げてきた。
『変わった名前……』
「君の国とか外国で正確に発音してもらおうと思ったら、そう書いた方が僕には違和感無く聞こえる。覚えてももらいやすいからね。正式にはこう書くんだ」
もう一枚漢字で書いた『御樟朗』を見せると、
『何これっ! 文字?』
って驚かれて僕には面白かった。
「『御神木を守ってきた家に生まれて、性格は朗らかであるように』って」
『貴方のどこがほがらかなの。不思議なくらい明るく受け取る人だな、とは思うけど』
あれ、ってさすがに気が付いた。
「シュテファン、僕が使う言葉知ってるの?」
『ううん。私はちっとも分からない』
「いや。通じているんだけどずっと」
もしかしたら出会った初めから通じていたのかもしれない。通じやしないだろうから聞き流してもらおうと思って、父の目を盗んで色々と、愚痴とか聞かせたりしていたんだけど。
どんぶりを手に店員が近付いてきた。
「担々麺のお客様」
『あ。多分私』
朝ごはん向きじゃないよって、口に出しかけたけど、シュテファン本人が写真付きのメニューを見て美味しそうだって選んだんだし、まぁいいか。
「サービスでゴマ、ニンニク、ショウガ、ニラキムチを御用意できますが」
店員から笑顔を向けられたけど、一単語も分かっていない様子で固まっている。
「ゴマ、ニンニク、ショウガ、ニラキムチ」
って僕がくり返すと、
『あ。ニンニク欲しいな』
店員としゃべる早さは変えていないはずなのに反応した。
『だけど、頼んだらお金は全部でいくらになるの?』
「サービス、だから無料だよ」
『そっか。あれ? フォークは?』
困っていたから店員には、ニンニクと一緒にフォークを頼んだ。一応箸も渡して使い方を教えておく。そしたら首を傾げながらの恐る恐るだけど、使ってみている。
その様子を見ながら思い返しているうちに、ふと浮かんだ考えを口にした。
「つまり、ターゲットにした相手の言葉は、理解できるんだ」
黒いもやの内側で、最後に言い聞かせるべき事が、「悪魔」にとってはあるのかもしれない。もしかすると相手の反応や、返事によっては死んでいなかったのかも。
「だけど、どうして僕の言葉まで分かるんだろう。ターゲットの息子、だからかな」
「クロックムッシュのお客様」
僕の朝食も運ばれて来た。フォークも来たけどシュテファンは、店員に微笑んで、店員が離れるまで待ってからまた箸を使ってみていた。
『私は貴方の国の言葉、使えなきゃいけないよね』
「いやー? そのままでいいよー」
僕の国ではデバイスが、どんな言語も自動翻訳してくれるから、ストレス無く理解できるし話そうと思えば思考側を翻訳に回して、デバイスの音声を出力すればいい。
ちょっとだけ、大した不満じゃないけど翻訳機能は、一人称に弱くて、と言うより相手や状況に合わせて一人称を変えるのは、僕が使う言語くらいのものだから、どうしても圧倒的少数派が譲歩する形になってしまう。僕が使う言語なら、シュテファンは「僕」でしゃべっていると思うけど。
外を出歩く間シュテファンには、胸元に大きなリボンが付いた、ふわふわしたワンピースを着てもらう事にした。僕の国では全く気にされない事だけれど、僕の家があるN国では、同性が二人だけでいつも仲良くしていると、さすがに非難まではされないけど、不思議に思われる感じがまだ残っている。
家が見えてきた辺りでシュテファンが、振り返ってきた。
『貴方の家のその、御神木はどこにあるの?』
「ああ。そんなもの、とっくの昔になくなってるよ」
せっかく明るい笑顔だったのに、シュテファンは『え』って足を止めて、
「そうだな。もう600年も前に。今は、名字に残っているだけだ」
『素敵な話だなって思っていたのに……』
ってかなり残念そうにうつむいていた。
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