トラネキサム酸笑顔ドリフト【毎週ショートショートnote】

　サーキットを走る車の助手席に座らされた事があるかい。
　っていうかドリフト走行なんてぇものは、本来サーキットでしかやっちゃあいけないんだ。車を愛する者であるなら尚更心得て頂きたい鉄則だけどもね。
　率直な感想を申し上げると恐怖だよ。墓場のゾンビダンスなんぞを遥かに凌駕して、生身を直撃するスリル以外の何物でもない。ハンドルを握る普段は表情が変わらない配偶者の、サーキット以外では見せた事が無い満面の笑顔ときたら、脳内にアドレナリンやらトラネキサム酸やらが噴き出しているに違いないよ。
　もちろんプロテクターにぶっといシートベルトを装着してもなお、あまりの身の振られ具合に笑い出すしかない。とは言え舌を噛みかねないので顔を引き釣らせて笑い声までは出せないのだが。
「いやー。楽しんでもらえたようで良かった」
「わははは。楽しんでいたみたいに見えてくれて良かった。わははは」
「酔わないし吐かない時点で大丈夫。君は向いてる」
「何にだ」

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（410文字）

　特にオチはないんだが確かに吐かない時点で向いてるらしい。

　トラネキサム酸は止血剤的なイメージで入れた。
　血を見ちまった時点で殿方はビビるからな。脳内から噴き出した場合はケガすらしない、つもりになるかもしれない。本来人工アミノ酸なので脳からは出ない事は承知の上で。