謎極まりない刈萱堂
無理なものは無理と、
言える勇気も時には必要だ。
高野山のガイドブックを見れば、
割と堂々と紹介されていたり、
高野山駅から町へと向かうバスの中でも、
主だった観光名所として案内されていたり、
お土産店には銘菓『かるかや餅』が、
売られていたりもするんだが、
断言したい。
初めて高野山を訪れる方は、
ほぼ確実に行かなくて良い。
と言うのも高野山のふもと集落に一人、
高野山の町中にも一人、
配偶者の父親の妹さん(つまり叔母)がいるのだが、
結構しっかりお大師様を信仰してきたお二人が、
苅萱堂に関してだけは、
「ああ。あそこな♪」
と初めは笑顔を見せてくれるものの、
具体的にどのような場所かまでは、
答えているうちに首を捻り出し困ってしまう。
歌舞伎に浄瑠璃、日本舞踊の演目になってきた、
という事は、
山を下りた先々の都市部で広まったものだ。
山そのものに住んできた人々は、
誰も知らない。
あとまぁ、
高野山の「女人禁制」がもたらした悲劇、
つったって、
庶民の女性は平気でずんずん、
中入ってるし住み着いてるしな。
「石童丸」と耳にした時点で、
落涙を禁じ得ない方々には、
言わば聖地巡礼であります。どうぞどうそ。
しかし「誰? ってか名前?」
みたいに思った方々まで、
わざわざ行かなくても良い場所だと思う。
ただし!
マニアックな楽しみを割と追い求める方であり、
同行のご友人ご家族もそれを許容してくれる場合であれば、
御住職の体調に、
双方の時間が許す限り、
方言まみれでしっかりクセはあるものの、
苅萱堂にまつわる物語をひとくさり、
軽快な語り口調で聞かせてもらう事が出来る!
正直一度聞いたくらいではさっぱり分からないけどな!
しかし昔の紙芝居屋さんだって、
おっちゃん何度も来てくれるから、
くり返されて分かってきたし先を聞きたくもなったんだよな。
本来一度ではそう簡単に分からないものだったんだよ。
しかし分からなさを楽しめる余裕のある方であれば、
諸国を巡って仏教にお大師様の有り難みを説いてきた、
いわゆる高野聖の講釈を、
現代型断片だけでも堪能できるぞ!