岩下大輝にはミラクルがよく似合う
春のセンバツ甲子園が熱い。ブラスバンド部が海外遠征をしている東邦高校の応援に、大阪桐蔭高校が駆け付けた話など、すっかり涙腺が弱くなったおじさんには涙が出るくらいグッとくる話だ。
今年のセンバツ甲子園は、好投手が目白押しであることでも注目度が高い。春のセンバツの最中にこんなことを言ってはなんだが、早くも夏の甲子園が楽しみになってしまう。その中で、おそらく最も注目されている選手と言えば、星稜高校の奥川恭伸選手だろう。先日行われた履正社高校との試合では、強豪相手にいきなり17奪三振を奪って見せた。将来が本当に楽しみな選手である。
さて、しかし、ロッテファンとして…星稜高校と言われて思い出す選手と言えば、松井秀喜…ではなく、岩下大輝選手のことである。「ミラクル星稜」のエースとして有名になった、あの岩下だ。
男前過ぎたミラクル星稜のエース
2014年の夏の高校野球石川県大会決勝戦。岩下大輝選手をエースに擁する星稜高校は、松大谷高校相手に8-0で迎えた9回裏に大逆転劇を演じるという、高校野球史上に残るドラマチックな試合をしてみせた。「ミラクル星稜」と呼ばれるきっかけとなった試合だ。当時の映像を見たことが有る方ならご存知かと思うが、その9回裏における岩下の立ち振る舞いは、あまりにも男前で、格好がよかった。
当時の星稜高校は、野球部のモットーとして「必笑」という言葉を掲げていた。この言葉こそ、ミーティングの中で岩下本人が提案した言葉。「どんな時でも笑顔で野球をしよう」というその言葉を自らが実践するように、岩下はずっと笑顔を絶やさないまま、しきりにチームメイトにポジティブな言葉をかけ続け、「楽しもう」とチームメイトに声をかけていた。そもそも、この試合で先発した岩下は立ち上がりをとらえられ、3回6失点で一度降板。9回に再登板したものの、点を取られた自身がこれだけポジティブに声をかけ続けるという事は、高校生にはなかなかできないことだと思う。
そんな中、最後まで前向きに挑み続けた星稜は、岩下本人による場外ホームランを含む大攻勢で逆転劇を成し遂げ、甲子園へ駒を進めた。
この試合をもしテレビで見かけることがあったら、ぜひ見てほしいと思う。岩下が、格好良すぎるのだ。いい男過ぎる。男前すぎる。試合中に笑顔を見せることに対して、難色を示す方も多いと思うが、あの試合を見ていたら、あの笑顔には魅せられてしまうこと必定だと思う。
度重なる怪我の中でも。
そんな岩下は、ドラフト3位で指名され、千葉ロッテマリーンズへ入団する事になるが、岩下のプロ入りから数年間というのは、まさにケガとの戦いだった。以前から緩んでいた肘がメディカルチェックで引っかかり、一年目のオフにはトミージョン手術を余儀なくされる。二年目は一年間リハビリに明け暮れ、三年目、ようやく投球を開始できたと思いきや、今度は椎間板ヘルニアで、またしても手術をすることに。実にプロ入りから3年間、ケガと戦う日々を過ごし続けた。
皆さんは、浦和球場に足を運ばれたことがあるだろうか。浦和球場にはサブグラウンドがあり、ケガなどで別メニュー調整の選手は、ほかの選手が全体練習をしている間、そこで体力トレーニングを行うことになる。浦和球場という場所がなかなか古い球場であることも相まって、華やかなプロ野球の世界とは違う、地味な練習風景がそこにはある。
プロを夢見て入団し、いきなり3年間、あの環境で地道にトレーニングを続けることは、なかなか心にこたえるものがあったのではないかと思う。忸怩たる思いもあっただろう。
ただ、僕が浦和球場で見かけたこの時期の岩下は、いつ見ても、あのミラクル星稜のエースだった頃と同じ、明るい笑顔を浮かべながらその日々に取り組んでいたように見えた。もちろん、練習中は真剣そのものなのだが、メニューの合間にはいつも楽しそうな表情を見ることができたし、ファンから声をかけられれば、いつも底抜けに明るい笑顔でそれに応えていた。
マリンで見た150キロの衝撃
そんな日々を乗り越えて、昨年、岩下は、満を持して本格的にマウンドに帰ってきた。驚かされたのは、ZOZOマリンで行われたイースタン戦の事だった。浦和球場はとても古い球場なので、電光掲示板などがなく、客席からは投手の球速などを見ることができない。岩下がマウンドに上がり始めていた事は知っていたが、本格的に投球を見るのはその時が初めてだった。
先発としてマウンドに上がった岩下が見せたのは、150キロの速球だった。一球ではない。その日の登板では、何度も150キロを投げていた。正直、驚いた。
岩下が高校生の時の最速は146キロだった。実際、超速球派というイメージは岩下に対してあまり抱いていなかった。まして、あれからトミージョン手術を経験し、ヘルニア手術も経験している。あの頃の岩下に戻ることも難しいと思っていたところ、いきなりの150キロ。
まさに「ミラクル」だ、とその時思った。岩下のひたむきさと前向きさが呼び込んだミラクルが、あの夏のように今まさに目の前で起きている。そんな気がして、見ていて鳥肌が立ってしまった。バンバンと力強い球を投げ続ける岩下は、あまりに力強かった。
その勢いのまま、岩下は昨年、一軍でも戦力として活躍。終わってみれば数字的にはまあまあだったかもしれないが、最後には先発勝利もあげるなど、まさに飛躍の年にして見せた。3年間の苦しい期間に前向きに取り組み、きっちりと成長につなげて見せた岩下は、やっぱり男前だと思った。
もう一度、ミラクルを。
今日(3月26日)、千葉ロッテマリーンズの選手たちは、毎年恒例の成田山詣を行った。毎年、開幕一軍メンバーを連れていく事で有名なこの日のメンバーの中に、岩下の姿はなかった。報道を整理する限り、ギリギリでローテーション候補から漏れたようだ。最初は今年の新戦力を試したい思惑もあると思う。
ただ、残念ながら開幕メンバーにはぎりぎり入れなかったと思われるが、絶対に心配はないと思っている。ロッテの浦和の選手にいつも熱い取材をしている、ライターの永田遼太郎さんの記事によると、昨年はまだ、ヘルニアの影響で下半身の筋力トレーニングを抑えている中での一軍登板だったようだ。
まだまだ向上の余地が山ほどある。なんとロマンがあふれる事なのだろう。きっと、彼ならば、この機会もポジティブにとらえて、より高く飛躍するための準備を、笑いながら、前向きに整えてくれることと思う。
きっと、8-0をひっくり返した高校時代、ケガを乗り越えて球速を早めたプロ入りからの数年間、その都度見せてくれたミラクルを、きっと今年も見せてくれることと思う。
星稜高校奥川くんの素晴らしいピッチングを見ながら、また、岩下大輝の新しいミラクルにも思いを馳せる今日この頃である。
なんといっても、岩下大輝にはミラクルがよく似合うのだから。
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