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北緯21度15分35秒のラビュリンス

 表題の数字は、ハワイ・オアフ島のダイヤモンドヘッド頂上展望台の南北座標である。ちなみに経度は西経157度48分42秒だが、この際あまり関係ないと書き手は考えているので、表題では省略した。

 「あれ、おかしいな。そろそろ何とかアベニューに突き当たるはずなんだけど…」
 レンタカーを運転しながら、主人公が首を‏ひねっている。そして、何度目かの路肩駐車をして、地図をにらんでいる。
 そのとき主人公は、同僚に先駆けて7月早々に夏休みをとり、何度目かのオアフ島を楽しんでいた。


 もうずいぶん前のことだ。いつ頃だったか覚えていないが、とにかく、アラモアナセンターのそばにダイエーがあった頃だ。そもそも、アラモアナセンターそのものがダイエーの所有だった。その近くにはおいしいフォーを食わせるベトナム料理屋があった。ハワイに行くたびに、ホノルルを訪れる機会があれば、たいてい、そこでフォーを食ったものだ。今調べると、ダイエー跡はドン・キホーテになっているのだなあ。


 まあさて、そんな頃であるからレンタカーを借りてもGPSナビなどついていない時代だった。知らないところへ行くには、レンタ屋でもらった地図が頼りである。


 弁護しておくと、主人公は方向音痴ではない。むしろ、初めて行った土地でも、なんとなく勘が働き、たいていは一発で目的地に達することができる。

 それに主人公は、たとえば地下鉄で初めての駅で降りたときなど、電車の進行方向を12時に見立て、改札を出て、コンコースを歩いてというときに、曲がるたびに「今、右に曲がったので3時」「左に曲がったから12時に戻った」などと覚えておいて、地上に出たときには、電車の進行方向に対してどっちを向いているかということを把握できるようにしたりしているぐらいだ。

 玉に傷なのは、前に一度行ったことがある場所を再度訪ねるときに、自信がなくても事前に地図で確認したりせず、自分の記憶を試してみたりするような性格であることだ。そんなときは、ときどき迷う。だが、記憶通りだったりしたときは、ひとりでにやついて「よっしゃ」などとつぶやいているので、傍から見れば気色悪いかもしれない。


 もうひとつ弱点があって、それは六本木である。初めての街でもほとんど迷うことがないにもかかわらず、六本木だけはずいぶん長く何度も迷った。日比谷線の改札を出て、アマンドの側に出るつもりで、地上に出るとなぜか対角の三菱銀行前だったりするのだ。飯倉方面に歩いているつもりで乃木坂へ向かっていたり、渋谷方向のつもりが溜池方向だったり…がしょっちゅうあった。なぜ、六本木だけでそうなのかはわかっていない。なにかの心理的な抑圧がかかっているのかもしれないが、とくに心当たりはない。


 さて、オアフ島で迷える主人公に戻ろう。

 寄り目になって地図を睨んでいた主人公は、道路脇の通り名表示板をもう一回見た後、窓を開けて空を見上げ、太陽の位置を確かめると、「こっちが南だろ。だから今は東を向いているから、このままもう少し走れば、この大きな通りに出るはずだ」

 この時点での現在地は、もちろん今となっては不明であるが、小高い丘の中腹にある住宅地だったような記憶がある。

 主人公は慎重に車を発進させ、ゆっくりと走り続けた。しかし、目的の大きな通りには行きつかない。

 「なにかがおかしい」

 そして、ようやく気付いたのであった。

 7月初めの太陽の赤緯はプラス22度を超す。2、3週間前の夏至に北回帰線の23度半まで上った後、下がってきているとはいえ、オアフ島の北緯21度何分よりはまだまだ北にあるのだ。つまり、東から昇ったお日様は、南ではなく北を回って西に沈むのであった。だから、主人公が南だと思っていた方向は、実は北だったのだ。


 わはは。

 これ以前に主人公はオーストラリアを訪ねたことがある。そのときは南半球に来たという自覚を持っていたため、こういう錯誤はなかった。しかし、ハワイではなかなか気づかなかった。

 ようやく自分の位置を取り戻した主人公は、「ふふん」と鼻を鳴らして、勢いよくアクセルペダルを踏みこんだ。

 めでたし、めでたし。


Photo by courtesy of Eric Tessmer, Honolulu Hawaii.
https://www.flickr.com/photos/71856730@N04



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