神津島の軌跡(後編)
神津島の奇跡が起きた。
まさか、前日なくしたビーチボールが島の反対側で見つかるなんて思いもしなかった。
まるで、映画「キャストアウェイ」みたいである。
この出来事が一生忘れないと思う。
ひとしきり遊んだ後、陸に上がろうとして泳いでいたら、足の裏に鋭い痛みを感じた。
海底にフジツボがびっしり張り付いていて、泳いでいるときに足をぶつけて足の裏を切ってしまったのだ。
足の皮がぱっくり割れ、血がしたたり落ちた。
止まらない血が、地面の岩を真っ赤に染めた。その場所に日陰はなく、じりじりと体中から汗がでて、のどの渇きを感じた。
数分前まではしゃいでいた気持ちとは一転して不安な気持ちに襲われていた。
ここに来るのに険しい細道を降りてきた分、同じ道のりを戻らなければならなかった。
足の裏の痛みに耐え、靴を真っ赤に染めながら一歩一歩歩いていった。
歩くしかなかった。
熱中症か貧血かわからなかったが異様に気持ちが悪くなり途中で座りこみ、それでもゆっくりゆっくりと歩いていった。
ようやくバイクを止めた場所に戻ると、大粒の汗が出て体中が濡れていることに気づいた。
ふらつく足で公衆トイレまで歩き、手洗いの水を大量に飲んで、日陰に座り込んだ。
生きていてよかった…
いや大げさに聞こえるかもしれないが、その時はほんのわずかにだが本当に命の危険を感じたのだ。
友人が一人同行していたとはいえ、険しい足場では私を負ぶって歩くことはできなかっただろう。
水もなければ助けを呼ぶこともできない状況で、歩けなくなったらもう終わりだった。
20分ほど日陰で休憩をして、バイクにまたがりその場を後にした。
前浜まで戻ると、体力も戻ってきたことを実感した。
お昼ごはんにハンバーガーを食べ、大量にコーラを飲んだ。そのころには既に元気になっていた。
足の裏の痛みも感じなかった。
フェリーの時間まであと4時間もある。最後に一つ観光をしたい。
私たちは、神津島で最も高い天王山に上ることにした。
神津島を満喫したかったのだ。
前浜からバイクで30分、登山すること40分ほどで山の頂上まで行けた。
再び足の痛みが戻ってきたが、右足を庇いながらなんとか登りきることができた。
頂上からの景色は目が覚めるように絶景であり、なんだかんだ言っても来てよかったと思う。
夏の低い雲が神津島の新緑の森の上に大きな影を落としていて、その動きを目で追っていると、一瞬で島を横断してしまう。島の小ささと山の高さを感じることができる。
神津島は海だけではなく山も行く価値があると私は思う。
頂上で写真を撮り、下山をして、フェリーに乗ることができた。
たまたま、フェリーで昔バックパッカーをしていた時に日本人宿で仲良くなった友人と出会い話をしたりなど、小さな奇跡もあった。
旅人にはいろいろな人がいるのだけど、似ている人同士だと再び巡り合うのだろう。おそらくまた数年後にどこかの辺地で会うのかな。
神津島の軌跡は神津島の奇跡でもあった。
その後2週間ほど足の裏の傷は治らなかったが、これもまた体に刻まれた夏の思い出だと思う。