生涯年収3億以下の時代

私が子供の頃は生涯年収が3億くらいと言われていた。

大卒の男性であれば、2億円台後半、女性の場合はそれより少し低くなるようで、高卒だとさらに下がるようなデータがある。

もちろん、これは一般的な傾向であって、全員が当てはまるわけではない。平均なので、それより高い人が少数派でいて、2億円にも届かない人がゴロゴロいてもおかしくないと思う。

そしてさらに深刻な問題としては、生涯支出の額が過去より増加しているという点であり、消費税が10%になり、介護保険料が上がり、年金料が上がり、支給額が下がり、生活は厳しいことに間違いない。

なんとなく肌感覚として、ネットが使えるようになったことで無料サービスが充実したように感じる。昔のように音楽CD1枚に1000円支払わなくてもいいし、地図を買う人も今はいないだろうし、待ち合わせで急用ができて、相手に伝えられず出会えないというような事もない。

昔だったら専門家に聞かなければわからない情報はほぼネットで手に入る。なのになぜ、こんなにも給料が下がって、子供を欲しい人が産めず、寿命が伸びたのに、生きづらい世の中になっているんだろうか。

非正規社員で時給で働いている場合、多くの人は年収400万に届かない場合が多いかもしれない。ましてやボーナスもなく、GWなど長期休みは収入が減るとなると、安定した生活とは言えないだろう。

そんな生活でも良いなら良いんだろうが、400万×40年と考えても、1.6億円となる。果たしてどうやったら3億にたどり着くんだろうか。

そもそも生涯年収3億になるには、800万×40年くらいの質が必要になる。それはあまり現実的じゃないように思える。そもそも日本人の平均年収が400万円台になっているのに、平均の生涯年収が2億後半というのはどういうことだろうか。そして、退職金は含まないそうなので、それもどうなんだろうか。

単純に転職を積み重ねれば3億を突破するという単純な話でもなさそうである。そもそも、そんな1000万円超えの求人というのは、エンジニアとかそういうものしか昨今は無くなりつつある。

30代で500万は高望みと言われる時代である。そうなると600万×40年でも2.4億なわけだから、どういう計算で昔は生涯年収3億円になっていたんだろうか。

大企業に勤める友人に聞けば、昔は調子が良かった日本の家電メーカーにしてみると、初任給はほぼ倍くらい違うらしい。昔は良かったなぁ~というやつである。それなら、昔は生涯年収の平均が3億というのも頷ける。

昔は外国人などの出稼ぎで来る人にも優しかったと言われていた。今の雰囲気とは全く逆なのかもしれない。子供3人で専業主婦なんか、どうやって生活しているんだろうと今なら思ってしまうが、そういうことだったんだろう。

80歳まで働くとなれば話は別かもしれないが、そんな人生に希望を見いだせる感じでもない。他人と比べて高いとか低いとかそういう事ではなく、単純にいち早く3億稼いで離脱したいと思うのが正直なところではある。

じゃないとこれほどFIREという言葉が流行しなかったんじゃないだろうか。どうにかしてこの呪縛から逃れるために、田舎暮らしをしたり、海外に出たりしているのだと思う。

なんとかして別の評価軸のところに逃げて、自分の安定した生活と幸せを見出さなければ、自分が自分じゃなくなってしまうのかもしれない。

増税してインフレになり、給料が変わらなかったらそれは生きにくいだろう。ついこの前までは住宅価格も上がっていて、まんまと不動産投資に騙された人は、高値で掴んでしまったかもしれない。これからは下がる一方だろう。

リスクを負って勝負をするのも大事だが、そこで一発コケると這い上がるのは並大抵のことではない。損切りに慣れている人じゃなければ、含み損の損失を受け入れるのは難しい。

現代は便利で、何を挑戦するのでも自由な感じがある。だが、結局のところ自己責任という言葉が付きまとう。一般大衆の範囲外に出ると、勝手にやってね。という感じである。自営業やフリーランスで高所得であればいいのだが、果たして年金月額8万とかでどうやって生計を立てるのか。

もちろん、将来が好転していい環境になる可能性もある。ビジネスが上手な人は、老後も働き続けて、富を蓄えられるかもしれない。自分で言っておいてビジネスが上手な人という表現があるが、いまいちこの感覚がわからない。そんなものあるんだろうか。

自分にその感覚がわからないということは、私にはビジネスの感覚がないということなんだろう。そうなると私は会社員として使われる側で、一生この問題を抱えて貧乏ぐらしを余儀なくされる既定路線にハマってしまうんだろうか。

自分がすごくお金を稼げるようになったら良いと思うが、自分の生活が崩壊してまで、そんな事をする必要があるのかと思ってしまう。

カズレーザーさんが「とにかく働きたくない」と言っていた。

私も本当にそう思う。

家で一人でいても面白くないという人の気が知れない。家で一人でいて何もしないことほど幸せなことはないと思っている。

もちろん衣食住を確保するには金がいる。だが、最低限の金でいいからなんとかして欲しいとも思う。

なんで社会がこれほど進化して文明が発展したのに、みなが働くのが普通の社会になろうとしているのか本当に疑問ではある。社会主義とか資本主義とかそういう話ではなく、何のために社会が発展してきたのか、何が目的なのか明らかにして欲しい。

文明が栄えて、労働者が増えて、貰えるお金が少なくなって、幸せじゃない人が増えて、不幸な子供が増えて、自殺する人が増えて、イヤイヤ仕事をしないと生きられない社会は、誰が何のために作り上げたのか。

そう考えると、究極的に働きたくないは普通の考え方であるように思える。そもそも人に優劣があることをわかっておきながら、職業によって貰えるお金に差が生まれてしまうのも、突き詰めれば問題だと思う。

お金を増やすために頑張りたいけど、この仕事でいくら頑張っても年収500万円以上になることはない。とわかりきっていれば、モチベーションは上がらないだろうし、それは別に個人の問題ではなく国の経済規模であったり、世界情勢まで関係してくるかもしれない。

今の時代は、自分のやりたいことをやるのが良いとされている。かといって、大金が稼げるから多くの人が水商売に就いてしまうと国家が破綻してしまう。

アルバニアという国はかつて、国民がマルチに手を出して、ネズミ講ばかりが増えて国家破綻したと言われている。日本の人口規模で、日本人の教育水準でそうなることは考え難いが、マルチじゃなくても芸能的な仕事であったり、インフルエンサーもどき、小説家もどきのような別の職業でそういう状況に陥っているかもしれない。

頑張ったら稼げる仕事、頑張らなくても稼げる仕事、頑張っても稼げない仕事、でも社会には必要な仕事。いろいろある。

そういう社会をどのように構成して、生涯年収を上げられるのかが長年の日本の課題ではある。

単純に平均の数字が目に見えて減っていくというのは、体感としてはかなりインパクトがあるかもしれない。

もしも日本人の平均身長が2cm下がったと聞くと、そんなもんか。という感じかもしれないが、平均という捉え方はいかんせん曲者ではある。体感としては、背の低い人が増えたように思えるかもしれない。

年収1000万の人が1人で200万が9人の世界だと、平均年収は280万になる。

今の日本はなんとなく、この状況に近い気がする。ほとんどの人は平均以下のような生活で、実際どうなんだろうか。

よく日本の新卒者の就職率が90%台で出てくるが、あれは有名大学を中心に統計を取ったものだったりする。そう考えると本当の日本全体を写したものではない。日本はそういう統計が多い。

体感的には3億円稼げれば、FIREしたという感覚になるんだろうか。でも、なんとなく不安ではある。5億あったら2億くらいを投資に回せば、5%で運用して十分に不自由なく生きていくことはできそうである。

どんどん貧乏になることを受け入れなければいけないんだろうか。高校生が変なアイドルに食い物にされていたり、貢いでいたりすると、そういうマーケットで変な金の回り方がしているんだなぁと思ったりもする。

貧乏な人が増えているのか、何かと欲望を抑えられない社会になりつつある。

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