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なぜ人生を楽しむことを優先できないのか

日本では当たり前のように仕事が人生で最優先の不動の地位にあるような気がする。

長い通勤時間でわざわざやりたくない仕事を続けている人が多い。

大体の人は仕事に行きたくないと思っているのに、毎朝遅刻しないように出勤する。冷静に考えれば、おかしな話ではある。

1日のうち10時間以上は確実に仕事のために費やしているだろうし、それが当たり前のことだと思っている。

子供が病気になっても、おそらく夫婦のどちらかは出勤するだろうし、妻が風邪なんで今日会社休みますと言ったら「は?」みたいになると思う。

まず仕事を優先させるのが普通なのが日本社会ではある。

もちろん介護離職という言葉がある通り、介護で時間や肉体的な制約があって、離職せざるを得ない人もいる。

仕事と私生活というのは、切り離して考えるものであって、私生活が崩壊していようが仕事はちゃんと遂行できるようにしておかなければならない。仕事がおろそかになるなら、辞めなければならない。

仕事は無くてはならないものであって、何より優先させるものというのは一般的な考えではある。

私がこのような考え方に疑問を持ち始めたのは、祖母に介護が必要になってからだった。

人生をどういう形で終えるのが理想なんだろうな。と疑問に思っていた私は、簡単に出した結論として、人生にやり残したことがなくて満足できて笑って死ねれば良いんだろうな。と思い始めた。

いろいろ調べる方法はあると思うが、介護関連の本を読んでいるうちに、終末医療のホスピスに勤める医者が書いた本を読んだ。

すると、人生で後悔していることの上位に、『仕事ばかりせずに、自分の人生を生きればよかった』という項目があった。

その他には、家族をもっと大切にすればよかった。というものもあったし、自分の気持ちをもっと外に伝えれば良かった。というのもあった。

もちろん人生の後悔なので、私のようなろくに働いていない人間が死ぬとしたら、もっと一生懸命働けばよかった。となるのかもしれないが、一生懸命働いてきた人の多くは、仕事一辺倒の人生を後悔している人が多い。

私が残念なのは、仕事をするかしないかは自分の選択なのに、仕事の環境について文句を言っている人があまりにも多すぎることである。

そして仕事が楽しいと言っている人が、日本で少なすぎると思う。楽しくない事をやるのが当たり前の国で、感情を屈服させるのが日常になっている。

前から言っているが、仕事が嫌なのにダラダラ文句を言って続けている上司がいるせいで、日本の経済がどんどん悪化していると思う。

誰かに働いてくれと頼まれているわけでもない人が、仕事の環境や部下や上司に文句を言って、辞められるのに辞めないというのはコンビニの前の殺虫灯に突っ込むセミのようである。

もちろんその文句が、職場環境を改善させるような内容だったら良いと思う。

あの仕事は何でいちいち許可取らないといけないんだ。とか、こうした方が早く終わるのに会議のせいで毎日残業になるとか、それはもっと議論されるべき内容だろう。飲みの席じゃなく、上司に直接言うべきでもある。

仕事したくない人が面接官になって、やる気ある大卒のフレッシュな人材をふるいに掛ける行事が毎年行われる構造はどう考えてもおかしいと思う。

冷静に考えて、そんな日本企業ばかりで日本が経済成長するはずがない。

なぜ私達はやりたくもない仕事を人生の最優先事項に置いてしまうんだろうか。

いや、労働は国民の義務だ!という人は、自分が納得するまで働けば良いと思う。私は普通に人として幸せな人生を送りたいだけで、人が創り上げた義務に精神をすり減らすつもりはない。幸せに生きる権利もあるし、何が幸せかは人によって違う。

結局の所、人間はどう生きても良い。なのに普通は会社員として働くようなムードがある。

もちろんみんなが一斉に辞めたら困るだろうが、現在の社会の形は昔からずっと続いているわけではない。

徐々に変化していくのが社会であるし、新しい社会の形は会社員や公務員としてみんなが働くのが普通ではないかもしれない。

もちろん一生懸命働くことは悪いことではない。だが、それをしても自分の生活はおろか、社会の何の役にも立ってないとしたら虚しすぎる。

日本の未来は暗い。だからこそ、個人個人が本当に自分のエネルギーをこの仕事に費やすべきなのか考える必要がある。自分が何をして生きるのか、最大限に社会に貢献できそうな仕事を模索するべきだと思う。

別に日本のGDPがいくらになろうが、会社がどれほど倒産しようが、結果的に人間が幸せに生きていればそれでいいと思う。

幸せに生きるための人生であって、そのための仕事でその為の社会である。

よく会社を辞める時に、他の人に迷惑がかかると言うが、もちろん迷惑がかからないような辞め方が重要ではあるものの、それによって辞められないということもない。

通勤中に事故で死ぬ人もいるし、いきなり飛ぶ人もいる。そのような場合に比べれば、まだ前もって辞めると伝えてもらったほうが十分ありがたいだろう。そもそも辞めることが迷惑という認識を変えたほうが良い。

自分の人生を自分でコントロールできるというのが何よりも一番重要だと思う。それを基軸に社会を組み立てて行くべきである。

もちろん人生において自分の欲しい物全てが手に入るわけではないが、日本の環境であれば、少なくともやりたいことに向かっていける恵まれた環境ではある。

ここまでは外部的な要因を見てきたが、これからは内面的な要因を見てみたい。

人生を楽しむことを優先させられないのは、将来に対する不安や人からダサいと思われる生活をしたくないからだろう。

結婚相談所の記事でもいろいろ書いたが、多くの人達は客観的に見て理想が高いらしい。

結婚は仕事ではないので、私生活全体の理想と言えるのであれば、目指している生活水準が高いと見て良いと思う。

みなさんのなかで、どれほどの人が貧乏を経験したことがあるだろうか。

私は常に貧乏だが、それでも生活を楽しむことが出来ると大学生の時に家賃込み5万で生活して学んだ。

正直、結婚だの子供を産むだのは、働いていてもいなくても、人の縁によるので、どうしようもないと思っていた。金持ちに寄ってくる女の人よりは、貧乏でも結婚してくれる人のほうが性格が合うだろうから、それでよかった。

よく就活しているときに、将来結婚したら子供を産んだ後でも働けますか?などと質問している女の子がいたが、自分が結婚できる想定でいるし、子供を授かる想定でいるし、それまでに自分がこの会社で働いている想定でいるし、この会社が生き残っている想定でいるし、すごいな。と思っていた。

私は明日死んだら仕方ないと思って人生を生きている。

そんな自分が結婚するとしたら、そんな価値観に合う人は相当レアなので、何歳までに結婚しようなどと考えるのは辞めて、自分のやりたいことに集中して生きるようにした。

日本の女性は第一子を出産したら、半分くらい仕事を辞めるらしいが、実際の所、働いていない方が幸せであればそれでも良いと思う。

事実として、日本の専業主婦の幸福度は、働いている主婦より高い。

その原因が仕事の有無だけなのかはわからないが、少なくとも専業主婦の方が、自分の人生をコントロールできている感覚はあるんじゃないだろうか。

働かないほうが良いということではなく、好きなことで働いたほうが良い。何回も言っているが、本当にテレワークが日本に普及して良かったと思う。

何かの呪いのように、人生とは働かなければいけないとか、結婚しないといけない、子供を立派に育てないといけない、などなど当たり前の事を疑ったほうがいい。

やはり、日本の国民性として、ダサいと思われることを極端に嫌う傾向がある。自分の人生に自信がないと、表面だけ取り繕ってちゃんとしているような印象を与えたいと思う人が多い。

心の底から人生を楽しもうとか、他の人にどう思われてもやりたいことをやろうという人はあまり多くない。

結婚相手の良し悪しを親に聞く人は多いだろうし、職業についても世間の評判を気にして会社名を選ぶ人は多いだろう。

他人の評判が自分の人生の格を作ってくれるような印象もある。

だが、そんなものは死ぬ時になったら後悔にしかならない。

死ぬ時に後悔するものを、現役で生きている時に掻き集めていても、子どもの頃集めたセミの抜け殻みたいなものじゃないだろう。

セミの抜け殻ならまだ思い出になるし笑えるが、何十年もやりたいことを我慢して続けた仕事が後悔になったら笑えない。

まず生きていて何が楽しいのかを見つめ直すべきだし、それで生きていく工夫をしていくべきだと思う。

楽しいことを優先させる人生も簡単に手に入るわけではない。むしろそれを実行するなら、やりたくもない仕事のために無心で働いていた方が楽かもしれない。

でも、それを実行しない限り、人生に後悔が残る。

なによりも自分のやりたいことを優先させて、後悔があるとすれば目標を達成できずに志半ばで倒れた時かもしれないが、きっと納得のできる人生でもあると思う。




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もやい
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