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柚希という人(の、素描)


【あわせて読みたい:これは短篇『大人の領分⑤澪里』の付録です。なにやら複雑な事情を感じさせるこの人に、さまざまな角度から光をあてるこころみ。裏切られたような気分になるほど「普通」に暮らしていますが踏み込むと混線具合に頭が痛くなります、タエコさんが手にしている自由で絶対な愛、素晴らしい人です、柏木くんは毎回感想を持っているようです、大人な柚希の、こどもの国。ほか】

柚希さんは得体がしれない感じがします。しかしながら、どこまでも金太郎飴のように、一介の子連れインテリアコーディネーター。観察するに、特に不審な点はなく、奇行が見受けられるわけでもなければ遊び暮らしているわけでもなく、会社では「仕事の都合で」夫が別居中、「学校の都合で」親戚の子どもを引き取ってますと、多少苦しい思いはしつつも、まあ一回通ればそんなに突っ込むような職場でなかったのも幸い、真面目に、一介の、ワーママ的ベテランインテリアコーディネーターをしています。蓮くんに合わせて土日休みを希望し、法人担当が主になったのはやや、柚希としては面白みに欠ける。ものの、色々な種類のクライアントに会うのも経験になっていいか、くらいに思ってます。遅くまで残れませんし、あんまり飲み会にもでれませんが、働き方改革が叫ばれて久しいこのご時世に、残業しないからとか、飲んで帰らないからとかいって仕事をきちんとしてる人を責めたりはしないものです。柚希は平日は毎朝蓮くんと家を出て仕事に行き、仕事から帰って蓮くんと過ごし、土日は「夫」と過ごして、月に一回、正当に評価を受けた月給をもらって家賃などを天引き式に払い、それを12回繰り返して1年を過ごします。有給消化率4割。ちなみに、半期に一度2ヶ月分、年度末には業績連動ですがまあ毎年だいたい2ヶ月分、ボーナスが出ます。ボーナスは旅行代にするか、財形貯蓄します。

おや…?

ね。納得いかないんでしょ。

ええ。もちろん柚希にも、やや、一般的と呼ばれるような状態から外れる点もあります。たとえば柚希は、柚希と真剣交際中なんだけど自由でいたい版画家のタエコさん、の兄であり、柚希には親友である舞踊家のハルカさんと入籍しています。これはタエコさんが柚希に伴侶として、あるいは柚希が子どもを欲した場合その子に子として、実家の財産を残したいというわがままをシスコンのハルカさんが聞いた結果。さらに、ハルカさんにそのような人ができた場合、その人がうんと言えばタエコさんと入籍するという約束になっています。あとは、あれだ、そんなわけでハルカさんについに現れた本命恋人、一介の会社役員のタカラくんの、別れた妻の連れ子でいまはタカラくんの戸籍に入ってる蓮くんを、ハルカさんとタカラくんの愛の城から一時的に引き取ってることくらいかな。

くらいかな、なんて書きぶりにしてみたものの、スッキリしているようでこれ、きっちり並べて、それぞれまっすぐ線で結びたい衝動に駆られますね。

なんでこうなった。

はい。自由なんだか不自由なんだかさっぱりつかめません。が、本人たちはまあまあ気に入って生活しているようです。だからまあギスギスした「一般的な」家庭とか暗くて喧嘩が絶えない「一般的な」家とかに比べるまでもなく、というか比べる意味もなく、ずいぶんと明るく優しい家庭がそこにはあるのであって、ぱっと見は血のつながりとか性のつながりがいまいち見えないけども血の通った、性的な人間関係のなかで、みんなで仲良く生きてます。そのうち、タカラくんが養子に入るか、タエコさんと入籍するのかな。はい。まあ、もう好きにしてくれていいです。お金持ちの戸籍って、大変なんですね。

さて、こんな、大人同士の子どもじみた都合に翻弄されまくりの蓮くんの、実はあんまり波風のない、温かな愛のある生活については、蓮くんの素描に譲ることにしまして、柚希さんがどうして、こうなっているかということには、ねえ皆さん、気になる柚希さんの、想像のとおり尋常とは思えない身の上を垣間見て、多少は読者としての気持ちが落ち着いたとしても、だったらだったでやはり、どうも納得がいかないですよね。タエコさんがいるのにハルカさんと結婚して澪里をヨシヨシしてるのも納得いかないし、ハルカさんが戸籍割いちゃったのも納得いかないし、柚希を深く愛してるらしいタエコさんがやたら遠い人みたいな暮らしをしてるのも納得いかないし、タカラくんの話をしないのも納得いかないし、蓮くんと妙にイチャイチャして見えるのも納得いかない。かつ、そんななのに、まったく「普通に」暮らせてるのも納得いかない…という、この辺りまで書けば、私たちの「納得いかない」が柚希に通用しないのがなぜか、ということが、なんとなく見えてくる気もします。なんで納得いかないかってまあ、私たちに納得いかないんであって、これ、柚希にはなんでも納得のいく話なんですよねつまり、そういうことなんですね。

とがってたり個性なかったり、常識学んだり勝手にしたかったり、レールに乗りたくなかったり教科書なくって悩んだりでワタワタしてる真っ最中の、年若いかたがたには特に、なかなか、理解の及ばない点があるかもしれないんですが、大人になるとこういう、好きなものだけかき集めて、きちんと好かれてしっかり暮らす、不思議な人々が案外、いるんです。柚希はその典型。なんでもかんでも「普通」でなければ「普通」に暮らせない、というわけではないですし、「普通」に暮らしているからといって意外なドラマが全くないわけでもない。ただこれが柚希が半生歩んで得た、柚希の生活だという、それだけなんですが、どうにも「普通」というのは、本当はそんなものないのに随所で、私たちの判断に入り込んできてしまうようですね。

というわけで、本篇でも、澪里が「ハルカたち」をハルカタエコと思ってただけだし、蓮くんは母親への慕情ではなく嫉妬心からタエコの話をしがちだっただけで、柚希は目の前の人を大事にするタイプ、蓮や澪里との時間が大切で、いない人のことを考えるのは好きだけど、いない人のことを誰かと話すのが好きじゃないだけ。柚希の自由な恋人は、実家の将来と柚希の生涯を守っていきたいと思ってる、柚希と確かな絆を誓いあう仲の女性で、柚希がその優しさを人に分け与えることを、むしろ誇らしく思っていて、そんな恋人の兄は柚希にとって心から語らいあえる唯一無二の親友で、この親友は天才に恵まれた最愛の妹が憂いなく制作に励める毎日を願っている。そして、この唯一無二の親友が魂の伴侶としてついに巡り合った人は美しい若者で、その若者が連れてきた子どもは素敵な男の子で、その男の子は柚希のことを朗らかに慕ってくれて、ちょっと寂しかった一人暮らしにはこうして守るものができて、けど柚希だけでは少しばかり頼りない、この男の子の世話を、柚希が優しくしてあげたい可愛い女の子が半分、手伝ってくれてる。柚希は自分を取り巻くそういう、優しくて温かくて柔らかいものを壊さないように少しずつ気をつけながら、毎日大好きな家具を見て回り、自分の居場所を真剣に扱う、つまり柚希が好きだと思える人たちの役に立てるのがやり甲斐な、自分によく向いた仕事をしています。柚希が澪里に対して開いた、優しさの扉の先には、こんなふうに明るくて暖かな世界が広がっていますが、澪里はまだそのことに気づいていないようですね。ね、ふかふかしてますよ、早く、おいで。ね。大事な何かを失わないことによって、よりいっそう大事な何かを手に入れる人たちも、いるんです、こんなふうにね。澪里にそれが見えていないのは、少し、歯がゆく思われますが、柚希がまだ、澪里をこの世界に招くかどうか、迷っている…のかも、しれません。

柚希はいま、澪里の心の傷痕を探して優しくなぞり、もう痛くないよ、痕だってもう目立たないほど消えている、そこは、本当は愛されるための場所、と、教えているところ。しっかり立ち直れたならば、そこからは澪里のターンという立ち位置でいます。立ち直れなかったなら…いえ、私は所詮、作者としては心根が弱いんです、あとは澪里次第というところまで、結局、連れてきてしまいました。私の用意した暖かく明るい世界で、澪里が、ありのままの自分で、誰かに引きずられるのではなく自分の足で、歩いて生きてゆけることを、私は願ってやみません…。

お。タエコさんが奇跡的につかまったそうです。いま…小樽? あ、国内にいましたか。このコーナーでもスカイプが便利すぎて現代が嬉しい。ハルカさんとタエコさんのどちらにインタビューしようか悩んでましたが、そうとなればやはりタエコさんですね。タエコさんは…白系デニム系の色合いのゆったりした服が好きで、見た感じ生活系のライターさんみたいな、こだわらない、エコな透明感、ブラウンアッシュの前下がりボブに楕円リング系のピアス、年齢は柚希の5つ下、澪里からは2つ下。作品は、向こう側がはっきりと生きていて、命の音を溢れさせて歌いだしたのを両手で受け止めなければと感じるようなインパクトのある画風で、色味は複雑なのに曖昧な雰囲気が一切ないです。そんなに力いっぱいなのに、ずっと見ているとその、ざぁぁっという音が通過した後の、聴覚を攫われたような、麻痺的な静謐の感覚が襲ってまるで、聖域が顕現したように思われてくるという、非常に強い印象を与え、見る人のまなざしを長時間捉えて離しません。さて、柏木くんよろしく!

タ:こんにちはー。
柏:…! 近い。近いです。僕も近寄ったほうがいいですか?
タ:あは。映んないなーと思って寄ってただけー。きみ、シューカツメガネだね。証明写真みたいに背景なんもない。証明写真みたい。
柏:はあ。タエコさんの後ろは…たくさん…タエコさんの作品ですか?あるようです。色鮮やかですね。…こんにちは、よろしくお願いします。
タ:はいはーい。…? 柚希は? いない?
柏:ここには、お呼びしていません。…あの、そちらの画面を上げ下げしても、こちらの様子は見えません。目が回るので止めてもらえますか。
タ:あ、そうか。なんて、違うよー、自分が可愛く見える角度探してたの。
柏:そうですか。アングルが決まったようで、安心しました。さっそくですが、柚希さんのお話をお願いします。
タ:柚希ね。しばらく会ってない気がするからどんなふうになってんのか、はっきりわかんないな。けど、ひとつだけはっきり言えるとしたら…柚希にはいま、幸せでいてほしい。
柏:そのあたりが、少しその、わかりにくいというか…一緒に暮らして、幸せをこの目で確かめたりするのが、伴侶としては一般的にみえます。
タ:あーそれねー…まあ、ほら、まだうちら若いから。物理的に手助けが必要になったら一緒に暮らすと思うけど、今のところあんまり心配しなくていんじゃない。私はふわふわしてないと死んじゃうし、柚希はちゃんと足元がないと死んじゃうし、そこ、無理していいことないのは、お互い痛いほどわかってるからね。
柏:わかったような、わからないような…。
タ:悪いね私もたいがい、国語苦手だからなー。つまり…私と柚希では、大事なものの守りかたが違うの。でも、だからこそ、これがあって、これが死ぬほど大事ってことね(指輪)。これはうちらが、うちらの一生を一緒に守るっていう、絆だから。ちゃんと一緒に生きてるし、ちゃんと一緒に暮らしてるよ。
柏:なるほど。
タ:んーその顔。まだ、納得してないな…? うー。…だからね、柚希が幸せだと、私は私でいれるのね。それで私が私でいるうちは、柚希は幸せなんだと思う。柚希にはいま幸せでいてほしいって、言ったけど、そう祈りながらも柚希がいま、幸せだって、なんとなく、わかる。うちらはそうやって一緒に生きてるし、生きてく。それがうちらには、二人で生きるってことなの。
柏:そういうものでしょうか…。ところで、柚希さんご自身がどんな人か、教えていただけますか。
タ:柚希は素晴らしい人だよ。
柏:…。なかなか…そんなふうに、断言される人というのも、珍しいでしょうね。
タ:柚希と見つめ合っただけで、感動して泣いちゃう人いるもん。
柏:そうですか。
タ:自分がここにいて、ここにいる自分は完璧に自分で、自分の魂は完全に自分のもので、そうだ自分、こんなふうに生きてんだ、それでこの人は、自分がたったいま、生きてて初めて見つけたこの完全な自分を、初めから見つけてくれてたんだって、思うんだよ。柚希と見つめ合うと。うーん、言葉、苦手。うーん。…柚希が見つめてる、この私は、ほかにどうしようもなく完全に、私なんだ、そんで、私はいま、生きてるんだ、って思うんだよ、とにかく。それはとても、素晴らしい体験なの。
柏:なにやら魔法みたいな話ですね。
タ:ううん。あまりにも真実で、あまりにも現実で、だから、泣いちゃうの。自分はなんて大切なものを、持ってることに気づかずに、そんなものがあるとさえ思わずに、生きてきたんだろうって、びっくりして、悔しくて、嬉しくて、泣いちゃうんだよ。
柏:…きっと、不思議な体験なんでしょうね。
タ:不思議ねー…なんだろうね、なんにも不思議じゃないのが、不思議なんだよね。柚希と手を繋いで、見つめ合うでしょ、すると、あー柚希には、こんなふうになんにも、不思議じゃないんだって、不思議な気持ちになって、泣けてきちゃうんだ。だからまあ、不思議は不思議なのかな…?
柏:お聞きする限りでは、不思議です。
タ:ねー。伝わんないかなー。たぶん、うまく言えないから、私は描くんだよね。柚希は私の命の源で、私の魂の泉。
柏:特別な人なんですね。
タ:うん。素晴らしい人だよ。

タエコさんありがとうございました。言葉が苦手と言いながらも、柚希の特殊な一面を覗くことができる素敵なインタビューになりました…そんで相変わらず、柏木くんは、大人たちの話が腹落ちしないんだね。

柏:いえ僕、持ってて気づいてないだけなのか、持ってないからわかんないのか、わかんないんならまあ、わかんなくていいんだろうなぁと思って。普通に生きてて、そういう、気づきへの希求というか必要というか、あんまりないですから。

タエコさんは、そういうのは生きてる状態じゃないって、なんとなくそんな感じのことを言ってたんじゃないの。

柏:それなんですよ。僕はやっぱり恵まれてるんだろうな。普通って、恵まれてるんだなって、思いました。普通に生きるって、生きてる人たちには普通、普通じゃないんだな。僕、生きることに対して、あーだとかこーだとか、やっぱり、ないっすもん。ただあるから、使ってるだけです。生まれたから生きてるだけで。人生がどうとか時間がどうとか、それこそ、ここの人たちみたいに愛がどうとか、自分なりに答えをだそうみたいなこと全く、考えません。

ふーん。

柏:生命って多分、偶然なんですよね。石と猫が違うのも偶然で、タエコさんと僕が違うのも偶然で。僕が生きてるのも、死んでるよりは特殊なんでしょうけど、やっぱり、単なる偶然で。僕はそれほど、生きていることに重きを置いてないです。ま、死にたくはないくらいの気持ちは、生き物として普通にありますけどね。

ふーん。

柏:ちょっと。僕が珍しく自分の所感を話してるのに、さっきから反応薄くないっすか。

いや、柏木くんのそういうとこね、私結構、好きだなぁって思ってたら、応答が「ふーん」だけになっちゃっただけよ。なんかあれだ、柏木くんって、必死じゃないとこがね、すごくいいよね。頑張りません、ってのろのろマラソンして、だからこそ木から降りれなくなってる猫見つけたりして、無理でもないから自分で助けて、周囲の反応が面倒だから誰にも言わない、みたいなとこ。

柏:認識の歪みについても、僕はあんまり重きを置きませんよ。その状況なら多分、猫のせいにしてマラソンのサボりをごまかします。

そうかなぁ。


大人な柚希の、こどもの国。たまーにチキンラーメンを食べると妙に美味しい気がする。ヒールが高い日の、高揚した気分。澪里の部屋のラメグリーンのバランスボール。に乗って、澪里がシャワーを浴びてるのを待った夜。蓮にせがまれて行った、Nゲージの巨大ジオラマ展。仕事でリピートもらったときの、狩りに成功した感と、湧き起こる向上心。蓮がタカラくんと出かけている時にハルカと観る、昔の外国映画。は眠くて、必ず途中でうたたねしてしまうけど、ハルカの肩に頭を預けてうとうとする時間を、気に入ってるからかもしれない。澪里がくれた、繊細な意匠のガラス容器に入った柚希専用香水。をつけて澪里とセックスする時の、澪里の泣きそうに幸せそうな顔を見ると、なんか、いいことしてるなぁ自分、と思う。蓮とフリスビーで遊ぶ、晴れた日の代々木公園。からの帰りに、原宿近辺で蓮と食べるケーキの時間が、楽しい。デート前にタエコが贈ってくれるワコール最上級ラインのランジェリーセット。を、着てみて、ぴったりで、嬉しい。ハルカの公演をとびきりのおしゃれをして観に行くとき。に、蓮が得意げでベタ褒めしてくれて、可愛い。タエコとハルカとタカラくんと蓮と行く、江ノ島水族館。の帰りにみんなで海岸線を歩いてて、「いまが一番幸せ」の「いま」がずっと続けばいいな、と呟いたらタエコが、きっと続くよ、私が続かせる、と呟いて、その笑顔が堪らなくて一瞬立ち止まり、一瞬だけどものすごく深くキスをして、そのあとずっとタエコが発情してるのがさらに、堪らなくて、とてもいい夜になった、先月半ばの、日曜日。


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今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。