物語る人々のための修辞法①黙説 4) 黙秘・嘘・暗号 2/2
※筆者勉強中につき、専門事象に昏い可能性があります。「ああ、これも『書き方』のパターンだなぁ」くらいの、やんわりしたお付き合いでどうぞ、お願いします…文例は、練習の意味もあり、全部自前です。皆さまもどうぞ実地訓練ください!
こんにちは! 前回は初めに、「黙秘・嘘・暗号」という特殊状況においては読み手が真実を知っているかどうかで書き手の注意点が違ってくることを確認しました。また、ミステリ物とは違って「黙秘・嘘・暗号」自体に対応する真実があるだけでは文学的には面白くないという点についても触れ、そのうえでまずは1.読み手が真実を知らない「黙秘・嘘・暗号」について考えました。今回は、その続きです。(綺麗に割れているので、前回をお読みいただかなくとも楽しめます!)さて、早速続けましょう…
2.読み手が真実を知っている「黙秘・嘘・暗号」
1.と同様、読みごたえがどこにあるのかを確認しましょう、これは:言いたい気持ちや、バレるかもしれないハラハラを楽しむ形式です。典型的な例として、携帯電話:
こういう状況ね。かつて関係のあった女の人から電話がかかってきてて、妻はそんなことはつゆ知らず、コンビニで買い物してます。秘密というのは誰にでもあるものですし、バレそうな状況というのもまた、よくあるわけですが、物語を読んでいてこの局面がくると、ついハラハラしてしまいますよね。
では、この「ハラハラ」が生まれるために大事なものとはなんでしょうか。大切なので、段を分けます。それは:
読み手との共犯関係です。
人物のハラハラを体感してもらうために、読み手の目線を、黙秘させる人物に重ねる工夫が、必要になってくる。共犯関係を形成する方法はというと、例えば窮地に立たせてみたり、バレそうになって冷や汗をかかせてみたりして、主人公を孤立無援にして、読み手を味方につける方法があります。孤立無援というのは、一番大事な人に相談できない、知られたくない人がすぐそこにいる、黙る以外はコントロール不能…などなどの判断上の極限状況を指しますが、つまり隠蔽が成功している限り、その人以外はその問題の所在自体を知らないわけですから、その人は自分の判断で、今ここにある危機を乗り切っていかないといけない。これは『人物造形のヒント』(特に「④どんな人かわかるように書く」、「⑨追い込め!追い込め!追い込め!」)でも折に触れて扱っているポイントですが、物語において、人物の判断が必要で、しかもその判断が重要な判断であるような場面に差し掛かると、読み手の心はその人物に成り代わって疑似体験モードになりやすいんですね。だから黙る主体をこういう、ちょっとした極限状況においてあげると、読み手の気持ちは比較的自然に、人物の心理を読もうとし、人物を応援しはじめる。
なるほど。では他にも、読み手を味方につける方法はなにか、あるでしょうか…「その人以外はその問題の所在自体を知らない」という上の表現に、ヒントがあります…そうですね、黙るという行為は、黙る主体に特権を与えるとともに、その主体を孤独にする。つまり、他に知っている人がいないという状況を強調すると、真実を知っている読み手は、真実を知っている人物とともに、物語世界を体験できる。ちなみにその際、上の理玖の例のように真実が悪事である必要は…ないですね、思い出しましょう、私たちが扱っているのは、ミステリではありません…鶏と卵の問題になってきますが、書き手にとっては黙秘周りの現象として、黙秘の効果を出すために読み手の感情移入を喚起すると同時に、読み手の感情移入のために黙秘を効果的に使うような方法が、修辞法的なある種の手法として、浮かび上がってくるわけです:
瑞穂と健太の思い出は、読み手と瑞穂にしか見えていません。何も知らず、瑞穂の曖昧な言説に善意の解釈をする泰成くんを配置することで、瑞穂の「個」性が強調される(『個性は《個》性』参照)とともに、読み手にのみ二重解釈を可能にするダブルミーニングの台詞を瑞穂に与えることで(『台詞と心情にはズレがある』参照)、読み手に秘密を持つスリルと、まるでその世界に瑞穂として存在しているかのようなVR感が出ます。ね。黙秘、万歳! ええ、コンニチワールドの不思議な世界観はね、センスじゃないんですよ、技術で構築されているんです。特殊なところもない、ありきたりな視界が、何故か自分の視界のように生々しい。やってみたかったらできるんです。なぜなら、必要なのは筆力でも発想力でもなく、技術だから(是非、ご自分の原稿で、試してみてくださいね)。
まあ、実のところ、黙説という意味では、この例には微妙なところがありますね…少なくとも、定義通りかは疑わしい。読み手に対して、内容が明示されていますので。とはいえ、再現性の高さから、修辞法としては確実にあると思うんですね。一般的な黙説が読み手に対する沈黙を指すとすると、この手法は他の人物に対する沈黙を指すという点で、黙説の亜種と見えなくもない。ということにし、今回扱っている「2.読み手が真実を知っている「黙秘・嘘・暗号」」は、積極的に黙説認定していきたいと思います。
この調子で、では、もう少し掘り下げましょう…いままで見たように、展開としては、バレそうな場面、言いそうな場面を作り、黙らせる。これでよし。つまり、黙秘を単純に技術とみると、手法の意味では実現しやすいんですが、お気づきでしょうか大問題として、ただ黙ってるだけではつまらないんですねこれ。さらなる技術上の工夫を凝らさずに、言いそうな場面で単に黙らせると、ただの内気なだんまり人間になっちゃう。
つまり、要件がひとつ増えるわけです:
これに加えて、
ことが、必要になってくる。
黙る苦しみとか、黙ってるからこそ守られてる幸せとか、敢えて言うほどではないから黙るんだけど全体を狂わせてゆく、小さな歪みとか…先程、「黙るという行為は、黙る主体に特権を与えるとともに、孤独にします」と述べた、特権のほうの強調も、読みの効果としては大事になってきます。特権の面の強化として、次のような捻りもあり得るでしょう:
二段捻りになってますが…発言の効果と沈黙の効果を重ねてみました。「言わなきゃ良かった」「言ったらおしまい」もまた、黙秘という形式の一つの表現型であるといえますね。
いやはや、盛り上がってきました…! ようこそようこそ、黙説の世界へ!
次。「嘘」のほうにも目を通していきましょう。
嘘については、読み手にとって明々白々であれば、あえて「誰某は嘘をついた」と語りに入れる必要はありませんね:
恋人と会ってて、したたかに愛し合ったせいでボロボロなわけですが、そこはそこ、旦那さんには残業にうんざりな様子で真実を隠してみます。読み手は陽菜子とともに現場にいたわけですので、ここで「陽菜子は、そう嘘をついた」とするのは冗長。ですし、そこまで読み手に説明すると、ただでさえスリルのない日常会話です、ここでの読みのスリルがなくなります。(ちなみにこの作品では、敢えて嘘を指摘せずに普通の会話感を維持したまま、この後ろに(ものすごくエロティックな)回想シーンを挟むことで、嘘がソツなくまかり通る「公共の世界」と、誰にも知れない「個人の真実」の隔絶を、さらに強調しており、ここでもやはり、隠蔽と孤独が重要な構造を成しています。こんにちは世界にありがちな、なんかこう、垣間見ちゃったような罪悪感に苛まれる気がする、例の不思議な密室感は、このように技巧的な添え木の存在によって育まれています…)
あるいは、あまりにも見えすいた嘘を、敢えて指摘させないことによって、読み手を引っ張る方法もあります。例えば、「見栄で彼女がいるって言っちゃって引き下がれなくなった。彼女の振りをしてくれ」と幼馴染男子に頼まれ、OKし、しかし、遊園地でのダブルデートには相手カップルが来ず…などの展開です。(おぉぉ、考えるのが楽しい!)
この場合、読み手としては答えは出てますよね。たぶん、この幼馴染は主人公の子が好きで、嘘をついてるんです。主人公もそれに薄々気づきつつ、幼馴染の真意を、自分自身の気持ちを、測りかねる。ここが、ハラハラポイント。
①幼馴染男子の行動からその心情は推測できる。
②しかし、それはあくまで推測にとどまる。
③敢えて指摘すると関係性が変わる。
関係性の変化へ踏み切れない、主人公のその躊躇いに、読み手の心を同期させて話を進めることで、嘘に支えられながらどんどん構築されていってしまう現実の足場をぐらぐら揺らす、エキサイティングな展開を期待できるようになりますね。読み手に真実ははっきりとはわからない。それだけでなく、読み手には主人公の行動の結果も、わからない。…ね、そわそわしますよね、こういう場面。
さてこのような、「ちらちら真実が見える、ような気がする、嘘」を基本の枠組みに使用する場合…味付けのほうは、読み手にはっきりと真実を見せたうえで・二人のゆらゆらした関係を楽しむ方向に持って行ってもよし、幼馴染にミステリアスな面を残して・ミステリ風に読み手の想像を裏切るのもよし。読み手の認識の程度を調整することで、色々とパターンが出てきます。(1.読み手が真実を知らないか/2.読み手が真実を知っているか…で、読み手にカタルシスを与える手法も変わってきますので、そこは注意点ですね。)個人的な好みでは、2.のタイプ、二人の気持ちは透けるように見えながら、嘘が嘘と指摘されないまま現実を牽引してしまうような、微ッ妙〜な展開が、大好きです。ということで、この「見えすいた嘘」は私の独断で、2.のパターンに入れさせていただきます。これは、読書でしか楽しめない境地。読んでいて、胸を打たれ、心が痺れます…。
やっと、「暗号」に辿り着きました…やはりなかなかに、奥深い。とうとう最後の、読み手が真実を知っている「暗号」ですが…こちらも、上の例同様に、読み手の心の落とし所でちょっと、様子が違ってきます。
例えば、しばしば長時間残業して帰ってくるお父さんに、子どもが折り鶴を折って机に乗せておく労いの習慣があったとします。お母さんが育児ノイローゼ気味になるに従い、折り鶴の数が祈るように増えていき、やがて、お父さんは帰宅して、折り鶴が置かれていないことに気づく。お母さんと子どもがその日から、いなくなっていました。…というように、ある行為や物を言葉やメッセージの代わりに使う、これは「字のないハガキ」タイプと言えるでしょう。読み手が基本の意味を正しく知っているからこそ、暗号に変化が見られた時に正しい解釈が生じ、なんとも言えない余韻を形作る手法ですね。
あるいは、下の、鈴香と麗のLINEのやりとり…ほぼほぼ婚外恋愛状態にあるこの二人、鈴香のリクエストで「婚約者に見られてもいい内容のLINEしか送ってくるな」と言われた麗が、就活生の相談を装ってLINEをちょいちょい、送ってくるんですね。つまり、嘘なんですが、暗号にもなっている。この部分では、次のデートのお伺いを立てているんですが、読み手はこの時点で、それを知っています。だから、表面上の意味が完全に成立する中、読み手と鈴香と麗には、裏でも完全に意味の通る、恋愛上のやりとりになっています。
ほんとねー、麗くんはいつでもドッキリを仕掛けてくる美しい悪魔なんですね…作者なんで、たまに読み返しますが、私は鈴香のようには抵抗できる気が一切しません。そしてそんな私だから、麗くんのような人が現れてくれないのかもしれません。いえ、これは小説なんです、ですが、「こんな人いるかも?!」「こんなことあるかも?!」と心をときめかせるのが小説の醍醐味なのでして、私はそれを実現せしめている文「芸」に触れる喜びを、書き手さまにも読み手さまにもより鮮明に味わっていただくために、今までも記事を書き、これからも記事を書こうと思う次第です。
さて、…。
いかがでしたでしょうか。
長い道のりを共に歩いてきたいま、「黙秘・嘘・暗号」の大体のパターンとその構造は、読み取れるようになったのではないでしょうか。
今回扱ったのは、とても緊張感のある修辞法。しかも、折に触れて示してきましたように、オーセンティックな小説での「黙秘・嘘・暗号」には、ミステリ物より一歩踏み込んだ「体験」、小説という形態でしか与えられない、不可思議な認識経験を、読み手に与える効果があります。仕掛けが大きいだけに、テンプレートが作れるようになるまでにちょっと練習も、必要かもしれませんが…ただの沈黙では物足りないと思った書き手さまにおかれましてはぜひ、新たな「読みの体験」創造に、挑戦してください!!
ではまた、投稿で!
※次回「物語る人々のための修辞法」は、②に進みます。テーマは「比喩」(待ってました!拍手!)。お楽しみに☆
今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。