見出し画像

物語る人々のための修辞法①黙説 2)黙説の類型

※筆者勉強中につき、専門事象に昏い可能性があります。「ああ、これも『書き方』のパターンだなぁ」くらいの、やんわりしたお付き合いでどうぞ、お願いします…文例は、練習の意味もあり、全部自前です。皆さまもどうぞ実地訓練ください!

さて、前回、黙説というのがなかなか味わい深い技法であることを確認しましたが、今回は黙説の色々な表現法について、掘り込んでいきたいと思います。

当然といえば当然なのですが、沈黙自体に、言葉はありません。ですから、人物、または語りが沈黙していることを描くには、

a.沈黙があることを提示する
b.沈黙の内容を類推させる

という、この2つの要件を満たすことが求められます。

沈黙は非言語表現であるが、黙説法自体は言語表現である。

これを意識すると、読み応えアップ。「……」と書くだけで沈黙にはなりますが、「……」を使わずに沈黙を表すこともできます。文章のなかに音のない時間をありありと作るのはこれ、結構骨の折れる作業ですが、できると物語世界に深みが増して、嬉しいですよね。まあなにより、沈黙しただけでは意味不明。ということで、a.の巧妙さやb.の繊細さ、エモーショナルな喚起力が、この修辞のポイントになると思われます。

基本形式としては、沈黙(「……」)を置き、

「ねえ、本当なの?」
「……」
「本当なのね」

のように周りを固めることで、

「……」=「言いたくはないが、本当だ」

と類推させる。この流れになります。

※ちなみにここで、

「…。本当なのね…?」

などと、言葉がある側にも沈黙を入れ込んで、「彼女は彼の表情をみて、真実を悟った」「彼女はぽつりと言って彼を見つめた」などの語りを黙らせることで、読み手の心のなかでの世界構築にいそしむ。のが、こんにちは世界流です。

はい。「※ちなみに」の前にいったん戻ります。この「周りを固めて類推させる」言語表現のバリエーションが、黙説の類型にあたるわけですね。だと思います。

もう少し詳しく見てみましょう。

黙る主体で分けてみます。

1.登場人物の沈黙を演出する
(1)言いたくない場合
(2)言葉が出ない場合
(3)発語の必要がない場合

2.語りの沈黙の実装
(1)語らずに済ます
(2)枠だけ用意して中身に触れない
(3)語られていない状態について語る

む。2.は…まだもやっとしてますが、筆の進むままにメモしてます。

微妙なラインがあるんですよ…さっきの

「……」=「言いたくはないが、本当だ」

は1.(1)でいいはず。「……」の代わりに「彼は黙った」でもよく、だとしても文字による現象記述として等価と見做しうるからです。

その意味で、「…。本当なのね…?」のこの2つの「…」は「※ちなみに」で説明したように、沈黙しているように見えて実は、人物に作用する沈黙ではない。2.(1)の仲間と思われますが、本人も黙っているわけで、このあたり、非常に微妙な気が…します…が、ええいままよ、別に論文でなし、あまり気にしないで(←)進めます。黙るのが誰なのかを意識できれば、あとはその誰かの何かをどこかで示せばいいので、分類にはあんまりこだわらなくていいというスタンスで、頑張ってみたいと思います。

さて…形が見えてきたところでさっそく、文例を作りながら、各種類型に迫っていきましょう。紙幅の都合もあり、初めの例を除いて「……」は次回、「『……』の諸相」に譲りますね。ほんのり1.とか2.とかつけた順に並べてみました。私が思いついていない例をご存知のかた、どうぞご一報ください!

語ることの拒絶
わかりやすいトップは、言いたくない場合かなと思います。

「言いなさい」
斉藤は踏みつけた山名の頭を見下ろした。
「……」
舌打ちをしてしゃがみ、耳を掴んで山名を半ば起き上がらせた斉藤は、耳で吊るされた形になっている山名の、頬をナイフの背で二度、打った。
「君に耳があるうちに、言っておくよ。言いなさい」
「……」

あー。ですね、「……」自体に意思があるタイプです。「ノーコメント」とか、「いいけど、何があっても絶対に言わないよ」とか、よく知られたバリエーションがたくさんあります。

ちょっとニュアンスをつけて、話すことを拒否させてみようかな。

美乃梨は、まるで昨日などなかったかのように、一昨日と同じ格好で帰ってきた。
「どこへ行ってたの」
「言う必要ある?」
「あるかないかでいえばないけど、言う義理くらいはあると思うよ」
美乃梨は、亮助をじっと見て、やがて眼を逸らした。
「どこへも行ってない。どこへも…行けなかったよ。帰ってきたんだから、いいじゃない。それ以上なにを求めるの? もう帰ってこないこと? もう、…どこかに、行っちゃおうか?」

おお、張り詰めます。今回は内容ではなくて方法に注目するシリーズですのでね、書き手の皆さんにおかれましてはどうぞ、そこまでして言いたくない状況というのはどうやったら作れるのか考えてみたり、拒絶しつづけて相手がエスカレートする場面、相手を挫いてやり込める言い回しをあれこれ想像してみたりしてくださいね。

うんうん。このとき、ポイントは、読み手が黙っている内容をすっかり知っているか、「知らなくてもいいんだな」「真実が明かされる時のために覚えておかなくてもいいんだな」と安心できることでしょうね。その安心感がないとサスペンスになってしまう。サスペンスはね、単純に、埋める予定のピースが欠けてることを提示することになりますので、ええ、ピースが「ない」つまりピースの不在を宣言するという、いま扱っている手法群とは、真逆の修辞になるんですね。今回、それもあって未決を避けてます。むしろピースがあること、必ず見つかることを訴えなければならず、エンタメ要素を入れる、ドッキリを仕掛けるなど、別の仕掛けも必要になります。この辺り、私は推理小説作家ではない(と思う)ので、前回と同じスルー力を発揮し、ここではあまり深く追いません。

言葉が出てこない
感興極まる場面が多く、動作とセットになるのではと思います:

ドアが開き、美波はソファから立ち上がった。朱実は後ろ手にドアを閉めたきり、ネジの切れたゼンマイ人形のように、動かなくなってしまった。美波は確かめたくないと思いながら、それでも訊かずにはおれなかった。
「おじいちゃんは?」
朱実は微動だにしなかった。無表情だった。やがて、目が合った。ふたたびソファに身を沈めた美波もまた、動かなかった。単調に窓を打つ、陰気な梅雨の音だけが、ふたりのあいだを埋めていた。

つい、言葉がないことを書いてしまいます。沈黙って、難しいんですよね…。

おまけ、複雑すぎる気持ちを筆者が沈黙に詰め込んでいるパターン:

タカラくんは、呆然と、今度は小さく、首を横に振っていましたが、やがてのろのろと膝を折り、蓮とハルカさんを一緒に、抱きしめました。

『蓮という人(の、素描)中』

自責の念、さっきハルカにした告白、蓮への想い、穂南海への気持ち、驚き、後悔、無力感、救済、愛、諦め、狡さ、…やー無理。無理です。ここで書き手としてタカラくんにこれ以上のことをすると、タカラくんの気持ちをうまく表現できません。言葉を尽してもどうにもならない場合、準備に準備を重ね、こうやって「言葉が出ませんでした」に逃げ込みます(笑)。


黙殺
お。熟語に「殺す」の字が入ってるくらいですからね。エッジの立て方がポイントかな。楽しい手法です。

「僕は、君が大嫌いだ」
彼女は微笑んだ。
「時間ですね。いきましょうか」


見透かし
こういうのも楽しい:

「伝えればよかったんだ。君が彼女のことをどんなに大切に思っているか」
サーシャのこのひと言に、ミゲルは眉を曇らせた。
「僕と彼女との関係について、君に話した覚えはないな」
サーシャは肩を竦めた。
「僕だって聞いた覚えはないが、尋ねなくても分かることは沢山ある。だいたい、丸わかりだってのにいちいち尋ねるのも、野暮だからね。年来の友人というのはそういうものだろ」

あまりやられると辟易しちゃいますが、時間差で、ああ、あのときこの人は黙ってたんだ、みたいにわかるのも、読んでいて楽しいですね。


核心の外で話し合う
結論をはっきりと言葉にしないまま、妙に深度のあるところで話を進める論法もありますね:

「そんなこと…許されると思ってるのか」
辛うじて声を絞り出した中村に、花井は不敵な笑みを向けた。
「なにを怖気付いてる。思い出せよ、俺はなんだ? お前はなんだ? 窮鼠だ。俺らはな、ふたりとも、追い詰められてとち狂ってる、ドブネズミなんだよ。生きるか死ぬかだって? 選ぶまでもねえ、生きたいに決まってる。こんな時に考えるなよ。本能を信じろ」


不言実行
味わい深くなってきました。関係性や性格が描けてないとなかなか難しいですが、行動だけで意志を表す方法もありますね:

電車が来た。
「じゃ」
璃子は渚に素っ気なく声をかけ、ベンチから立ち上がって、電車に乗った。つられて立ち上がった渚のトレンチコートのポケットで、入れたベルトの留め金に、何かがぶつかる音がした。渚はポケットに手を突っ込んだ。
この感触…セキュリティカード?
ポケットのそれを握り締めたまま立ち尽くし、見送る渚に、璃子は動き出した電車の窓から、手を振った。


以心伝心
文脈が必要になってきました。頑張ります:

相田が立ちはだかり、こちらに狙いを定めていた。加藤は立ち止まった。玉の切れた拳銃を構えかけ、下ろした。
「あーあ。お騒がせしました、だな、畜生」
加藤が自嘲してみせると、相田は銃を構えたまま、呟いた。
「なんだ、諦めるのか? お前はもっと往生際の悪いタイプだと思っていたが」
加藤は、降参のポーズを決めて、苦笑した。
「疲れたよ。疲れた。もうさあ、疲れたわ…」
相田は狙いを定めた姿勢のまま、動かなかった。相田の狙いは、加藤の後方に、移っていた。加藤は、背後に迫る狩人たちの気配を感じながら、相田を見つめた。
「ち。働かせやがる。…死ぬなよ」
加藤は呟いて、相田の隣をすり抜け、林の奥へ走り出した。


早送り再生
あらすじを地の文に仕込んでしまう。省略というよりは黙説の範疇の手法かと思っています:

それから…そこから先は言わなくてもいいだろう。私は彼とありきたりな喧嘩をし、ありきたりな行き違いのすえ、何度目かの喧嘩で決定的に決裂し、ありきたりな別れを受け入れた私はありきたりに荷物をまとめて部屋を出て、ありきたりに復縁しようとする彼をありきたりに拒絶したあと、ありきたりに、彼の友人につけこまれてやり逃げされ、ありきたりに半年くらいは泣き暮れた毎日を過ごして、また、ありきたりな恋に落ちた。溝内庸平は12歳歳上で、平日昼にしか連絡の取れない、平日しか会えない、よくいるタイプの、既婚者だった。

…ちょっと遊んでしまいました。「ありきたり」を入れなくても、もちろんいいですね:

それから…そこから先は言わなくてもいいだろう。私たちは喧嘩をし、行き違いのすえ何度目かの喧嘩で決定的に決裂し、別れを受け入れた私は荷物をまとめて部屋を出て、復縁しようとする彼を拒絶した。そのあとすぐ、彼の友人につけこまれてやり逃げされ、半年ほど泣き暮れた毎日を過ごして、また、恋に落ちた。溝内庸平は12歳歳上で、既婚者だった。

この早送り法?は私が好むところで、『愛を犯す人々 / 大人の領分』の付録の人物図鑑で採用しているスタイルです。ロードムービーみたいで、個人的にはとても好き。(人物図鑑をお読みになったことのないかた、ロードムービーみたいな記法が気になるかたは是非、お立ち寄りください♡)


ミュート
佐藤信夫の本に載っていて、私がおお…と思った手法の、実践版です。語り手の音声だけ読み手から消しちゃう。物語世界ではきっちりセリフがあるが読者には聞こえてないという、不思議な手法です:

僕はくだらない冗談を言ってみた。彼女は困ったような顔つきで、僕の顎をするりと撫で、こう言った。
「くだらないわ」
僕は、自分がくだらない人間であることについて、つまらない言い訳をした。彼女はいよいよ困った顔つきで言った。
「私を笑わせようとしてるの? それともあなた、本当にそう言ってる? だとしたらあなた、本当の本当に、つまらない人間なんだわ。驚きね」

何を言ったんでしょうね。でも、くだらないことを言って、つまらない言い訳をしたんでしょうね。むう。先人は偉大です。どこかでやってみたいなぁ。味があります。


消去
音声という意味では、恋をしていたりすると、話が頭に入ってこないことも…

薫はさ、上の空にしか話、聞かないで、急に思い出し笑いして、ろくに説明もなく隣の僕の肩を叩くような、ちょっと気味の悪いとこあるんだよね。でも、気味悪いってのは、理性の、思考の世界の話でさ。薫が、あんな風に笑ってて、その隣に僕がいるんなら、僕の話なんて、どうでもいいよ。薫の話がわかんなくたってね。どうせ話なんて、「かわいい」一色に吹っ飛んだ頭じゃ、なんにも入んないもん。

『薫という人(の、素描)』

いやはや、恋って、いいですねぇ。私も薫と話して頭真っ白になりたいです(笑)


物理的に音が小さいことを表現
音というと、こういうのもありますね。この辺りは「…」の使いでがあります。音量や音の連続性の表現って、個人的には結構難しい印象を持っています。

「さっきから、だれかの声がきこえるんだよ。ちいさいちいさい声が。けれど、まどのほうからじゃないんだ。聞こえないかい。」
  さかなとランプはきょとんとして、顔をみあわせると、耳をすましました。するとどうでしょう。
「……て。……よ。」
  たしかにだれかの声がします。でも、あんまりちっちゃな声なので、よく聞きとれません。

『王さまとたね 2/8』

「……て。……よ。」だけでは小さいのか切れているのかわからない。周りの工夫が必要なうえ、煩くないように結構注意がいると思われます。


ところで、音を消してみる方法としては、人物にヘッドフォンをさせてみるという謎の方法を取ったことがあります。これは一言では言いにくい。のですが、体験型というかアトラクション的な空間が作れました。一度体験いただきたいので、リンクを貼らせていただきます:

2000スキ記念式典! 分冊でお届け

あとですね、『劇場版 春を謳う鯨』 / 瀧仲 安嗣 監督では瀧仲監督がちょっとした告白をさらっとしてるんですね、で、個人的には、ここは色々考えさせられるさらっと感でした。うん。これも黙説ではと思ってます。

最後に…ね、もう認定いただいてもいいと思います、このとおり黙説フリークのこんにちは世界が、語られない、真実でさえない「なにか」のために言葉を尽くした例:

本当は、名前も覚えてない。夏木くんだったかもしれないし、もしかしたら下の名前が夏実だったのかもしれない。カナには夏目っていう知り合いがいて、同じだったか、似ていたのかさえ、もう、覚えていないのだ。いつの頃からか、カナはとりあえず、ナツメくん、と呼ぶようになった。そしたらナツメくんは、すっかりナツメくんになってしまった。(…)3月6日はカナにはたぶん一生、ナツメくんの日で、カナはたぶん、その話を一生、誰にも、しない。

『大人の領分④佳奈(後編)』

誰でもこういう秘密は抱えているものなんですが、いざ書こうとするとこれがなかなか、大変だったりします…。



…いかがでしたか? お楽しみいただけたでしょうか…。

言わせないぞ!と決めてみると、周りを書く快感みたいのがありますよね。読んでみて、起伏に欠け、ドラマが足りないと思うときは、言葉を尽して華を与えるのも手ですが、誰かを黙らせてエモーショナルな演出をするのも、効果大です。

お読みくださってる書き手の皆さまに、心から感謝を。どうか皆さまの作品が、素晴らしい作品に、仕上がりますように。

次回、「『……』の諸相」。お楽しみに!



今日は明日、昨日になります。 パンではなく薔薇をたべます。 血ではなく、蜜をささげます。