気が狂う
マンションの建て替え工事の様子を見ている間に痩せこけた女は突然気が狂った。
首をほんの少し横に方向け、常に右の足元ばかりを見るようになった。工事は続いていたが、女にはもう興味が無くなってしまった。工事の音が聞こえてくるが、それが何の音なのか女には分からなかった。
女は辺りを何時間も歩き回った。一番気に入ったのは図書館だった。中に入ると大きさも色もバラバラな本が棚に並んでいる。本を取り出そうとした男に女は殴りかかった。痩せ細った腕を千切れちぎれそうなぐらい激しく振り回した。ここの本棚からは一冊も抜けてはならないのだ。
職員が三人集まってきて、女はあっという間につまみ出された。
女はしばらく図書館の周りをぐるぐると回り続けた。また入ろうと試みるが、そのたびに警備員に体を突かれてよたよたと足がもたついた。
図書館に併設された駐輪場にオレンジ色の雨合羽を着た男が立っていた。空は雲ひとつない。女はがたがた歯を鳴らして震えた。自分は偽者で彼こそが本物だった。ひげをはやして、メガネを掛けている。女が全力で喚くが、男は身動きひとつしないで立っている。恐ろしさに女は気が狂った。
女は急いで家に帰ると、シャワーを浴びてありったけのお金をかき集めて身なりを整えた。それからすぐに近所のスーパーマーケットで働き始めた。リーダーになり、主任になり、いつの間にか課長になった。50人の部下が彼女の指示で働いた。増えた収入で広い部屋に引っ越して、朝晩自炊をして食事をとった。骨ばった手足はいつの間にか肉付きが良くなっていったが、女は今も気が違えたままである。
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