待ち合わせ
カセットテープの巻戻しに失敗して深茶色のテープはねじれてロールに巻き込まれていった。音声データは途切れ途切れの細長い叫びになり、それから静かになった。しばらく無音が続き、女は寂しくなった。
渋谷の坂を登った先の狭い路地を通り、さらに薄暗い細い小路を抜けたところで女は待っていた。植木の根本に座って男が来るのを待っているが、待ち合わせの時間からもう2時間もすぎていた。待ち合わせの少し前に、女が持参しているテープがおかしくなってしまったので、男は声をかけられなかったのかもしれない。
その次の約束は、潮干狩りの老婆だった。だけど老婆も現れなかった。きっと不漁であさりを用意できなかったからだろう。
その次の約束は、もう24時間がすぎてしまった。宇宙人が飛行体に乗って、救いに来てくれることになっていた。おんなの頭の中はバラバラで壊れていて、それを治しにきてくれるという約束だった。でも宇宙人は来なかった。なぜだかは分からない。
渋谷の坂の上の暗い木の下で、女はたくさんの人を待っていたが誰も来なかった。通り過ぎる人もいない。その代わりに手のひらよりも大きなねずみが忙しそうに行き来している。おんなの足元にねずみの口から芋のかけらが転がる。女がつま先で蹴ると、芋はころころ坂を転がっていく。ねずみも後を追って、ころころころころ転がっていく。
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