ノック
空の湯船に浸かるふりをしながら、きみは浴槽を内側からノックする。
コン、コン、と呼吸に合わせて一定のリズムで叩き続ける。
湯が溜まる音も換気扇も鳴らない静かな浴室に、ゆっくりときみのリズムが埋まって行く。
やがて室内をいっぱいにすると、溢れたリズムが換気扇を通って、外へと流れる。換気扇の出口に面した環状七号線を走るたくさんの車のボンネットの上を跳ね、次から次へと車を変えて屋根の上を弾みながらすすんでいく。
甲州街道へ出ると、ある音は新宿へ向かい、ある音は府中の方へ行き、さらに四方へ広がり都を越える。
それでも止まることはない。
どこまでもどこまでもきみの音が続くことに少し哀しくなるが、それでもきみは叩くのをやめられないでいる。
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