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野良猫

高層ビルの光にかき消されて星が見えない夜に新宿を歩いていると、路地から白い野良猫が現れる。同じ速度で進むのでなんだか一緒に散歩をしているような気持ちになってきたところで、野良猫は急に早足になる。どういうことかと見ていると、数メートル先に透明なプラスチックのコップが転がっていて、その中にミルクが入っている。野良猫は鼻をひくひくと細かく動かして匂いを嗅いでから顔を寄せるが、コップの口は猫の顔よりも小さいので飲めないでいる。私は猫が逃げないようにそうっと近づきコップの底を持ち上げる。そうやって道路にミルクの溜まりを作ってやると、猫は顔をこすりつけるようにして小さな舌で舐め始める。その様子を見ているうちに、ひょっとしたらこれはミルクなどではなくアルコールか何かじゃないのか、猫の体にとても悪い影響を与える液体なのではないのか、はたまた誰かがこっそり仕込んだ毒なのではないかという気がして怖くなってくると、ふっと、目の前の猫が泡を吹きながら麻痺する妄想が鮮明に浮かんできたので、まだ液体を舐め続けている猫から急いで離れ、逃げ出しながら、私はなんとも心の弱い人間なのかと悲しくなり、職場やら恋人のことやら何やらを思い返して、逃げるのは今回だけではなく常のことだが、何度も辞めたいとは言いつつも出所の分からない見当違いの責任感から結局全てを続けているので、そうそうひどい弱虫ではないのかもしれないと思っているのではないかと、急に猫の元から走り出したスーツ姿の女の離れていくその背中を眺めながら、男1が思っている。

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