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儀式

その部屋は染みひとつない真っ白な壁の立方体でなければならない。浄化の儀式には清潔感が必須なのだ。なるべく段差の無い四方で囲まれていることが好ましい。

部屋には、白い作務衣を身につけた三十三人の信者が壁沿いに等間隔で並んでいる。神妙な表情をして身動き一つしない信者に囲まれ、部屋の中央に一人の男が立っている。男は、十年前も去年も今年も再来年も六十六歳になる教祖である。教祖も、信者と同じ白い作務衣を身につけている。髪は白髪染めで黒々と染め上げられ、短く整えられている。

信者と教祖は、週に一度の広報活動のために雇われたサクラだった。みな、小劇団に所属している。三十三段階のオーディションの末に選ばれており、無名だが抜群の演技力を持っている。一番長い期間雇われているのは、教祖役の男と数名の信者役で、もう四十年になった。合格の通知と一緒に受け取った台本はA4一枚で、それぞれの作務衣の内側に、丁寧に折りたたまれ仕舞われている。

三時間と三十三分の長い沈黙の後、教祖は胸の前で手を合わせ、祈りのポーズを取る。言葉にならない言葉を発しはじめる。明瞭に発しないことが、人智を超える何か凄いことが起きるのでないかといった期待を持たせるためのコツだった。教祖は沈黙の三倍の時間、充分すぎるほど絶え間なく声を出し続けてから、体を震えさせる。始めは注意深い人だけが気がつく程度に。それから徐々に揺れを強くしていく。台本には、見た者が恐れるほど震えさせる、と指示がある。

揺れが絶頂に達した教祖の体から、小爆発が起きたかのように虹色の気体が一気に抜け出る。欲が抜けた教祖の体は軽くなり、ヘリウムが入った風船の様に浮かび上がる。虹色の気体を避けながら、ふわりふわりと回転する教祖の動きに合わせ、信者たちは正座をし、深々と頭を下げる。すると、信者たちの体からも小さな虹色が飛び出していく。

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