【旅行記】微魔女の微ミョーな旅・21
2.ベトナムー2017年
ケンタッキーの3人娘?
ホーチミン最終日は自由行動なので、ホテルをチェックアウトしてからバスに乗り、今回のハイライトでもある郊外のスーイ・ティエン遊園地へ行き、シュールな世界を堪能。夜は無事に迎えが来て空港へ向かい、ハノイへ移動し、その晩だけは市内ホテルに泊まり、翌朝には、世界遺産にもなっているハロン湾へ向かった。
今日は大型観光バスでの移動で、シートもほぼ満席。観光とホテルの付いたパッケージツアーではあるが、全旅程を同じメンバーで回るのではなく、ほかの会社とも連携しながら、シンクロする旅程にお客を当てて人数調整しているという。そういえば、初日に会ったオーストラリア人カップルは、ホーチミンで一日市内ツアーを申し込んだと言っていた。「合理的でしょ?」と今日のガイドが言っていた。今日もいろいろな会社のハロン湾ツアーのお客が一緒になっているらしい。これがベトナム独自のスタイルなのか、この会社独自なのか、もしかしたら今どきはよその国のツアーもこうした合理的スタイルなのかもしれない。
約4時間のドライブでハロン湾に着くと、バスの乗客は2つのグループに分けられ、バスのガイドとは別のガイドに付いてボートに乗り、沖に停泊しているクルーズ船に乗った。部屋はダブルのオンスイートで、テレビがないこと以外は普通のホテルとまったく遜色ない。もっとも、大きな窓の外にはハロン湾の幻想的な風景が刻々と変化していくので、テレビなどまったく必要ない。
ダイニングでウェルカムドリンクを飲み、ランチの後は小さなボートに乗り換えて、湾内の水上漁村とビーチを訪れることになっている。
「こんにちは。オーストラリアから来た日本人よ。よろしくね」
「あらあら、それは興味深いことね」
乗客は8人で、私はおばあちゃん3人組のテーブルに着いた。
おばあちゃんたち、ジェーン、メグ、ヘレンはアメリカのケンタッキー州から、約一カ月の予定でベトナムを旅行しているそうだ。年齢は敢えて聞かなかったが、70代後半くらいだと思う。隣りのテーブルは、ドイツ人夫婦とノルウェー人、スウェーデン人だった。
このアメリカの3人組がとにかく面白い人たちで、おしゃべりしながらキャッキャッと笑っている姿はまるで女子高生のように屈託がない。かと思うと、さすがに政治好きのアメリカ人、前年の大統領選を持ち出して両党候補の悪口も忘れない。とくにジェーンは口も頭も、そして身体も良く動く。よくよく聞くと、昔小学校の先生でヘレンは同僚だったのだそうだ。
「ヘレンは昨年、旦那さんが亡くなったのよ」
どうやら、そんな彼女を元気づけるためのベトナム旅行を計画したらしい。
遅めのランチの後は、船底から小型のボートに乗り移り、水上漁村のひとつブン・ヴィエ村を目指す。
「2人分は余裕で入りそうね」
救命胴衣を着けた小柄な私に、ここでもジェーンがけらけらと冗談を言う。
ハロン湾のクルーズは観光客に人気なので、大小かなりの数の船が停泊していて、幻想的とまではいえないのだが、船を離れるに従い幽玄な風景に包まれていく。ツアーガイドのハッピーブッダ(本名はとうとう名乗らなかった)の解説を聞きながら、船は約2000と言われる奇岩のなかを静かに進んでいく。
30分も行くと前方に浮かぶいくつもの建物が見えてきた。生活のすべてが水の上なんて、船酔いする人にはきついだろうな、台風で海が大荒れになったらひとたまりもないだろうな、などと考えているうちに、自力でカヤックを漕ぐか船頭付き小舟でこの辺りを“散策”するという。カヤックも面白そうだが、カメラや服が濡れるのが嫌だったので舟に乗り、ときには洞窟に入りながら静かにゆったりと水面を進んでいく。平和な気分だ。
一回りして再び村に戻り、元のボートに乗って今度は島に上陸してビーチへ。夜は船上でベトナム料理教室が開かれた後にバーベキューのディナーを食べ、コン・ドンに錨を下ろして停泊となった。
翌日は日の出を見に朝6時に希望者のみデッキに集合。さすがにジェーンたちの姿はなく、ヨーロッパ勢と話をしているうちに、ベトナム人のキャプテンがやって来て朝の健康法、太極拳教室を開いてくれた。
私は、北欧人と話したのは恐らく生まれて初めてだと思う。そして、今回のツアー中、結構な数のノルウェー人に会っている。
「ベトナム行きの航空券を安売りしていたせいだと思うわ」
ああ、そういうわけだったのか。北欧からは乗り継ぎもあって、2日がかりのフライトだというが、気温も高いベトナムは、よほどの安売りでもない限り無縁の国だろう。そこに、ドイツ人夫婦がやって来て、バウムクーヘンの話になった。ドイツ人もほとんど食べたことがないと言われる”ドイツ菓子”バウムクーヘン。数年前に製菓学校へ通っているとき、ドイツ人の先生が話していたのだ。スペルがわからないので伝わらず、絵を描いても苦笑され、最終的にグーグルのお世話になってようやくわかってもらえた。
「ああ、ボウムクへーン!」
案の上、ほとんど売っていないし、食べたこともないそうだ。謎のドイツ菓子バウムクーヘン。
7時の朝食にはジェーンたちも揃い、今朝は料理写真の撮り方で大騒ぎしている。
「昨夜はよく眠れた?」
「うん。本を読んでいたら、いつの間にか寝てたわ」
3人は今回の旅行で、部屋割りをシフト制にしているのだという。ツインとシングルを交代制にすることで、親しいながらもたまには距離を置くことで、ストレスを溜めないよう工夫しているそうだ。
11時のブランチまではティエンクン洞窟探検に出掛ける予定になっているので、再び昨日のボートに乗り込んで、ダウゴー島のかなり傾斜のきつい岩山を上って鍾乳洞へ向かった。メグとヘレンは船着き場で待っているというので、ほかの人達と登っていくと、天気も良く、上からハロン湾を一望する景色は最高に素晴らしかった。
クルーズ船に戻り、パッキングをしてから豪勢なブランチを食べ、今度はチップの額で騒ぎ出す3人。結局いつもまとめにかかるのがヘレンで、メグはボケ、ジェーンがツッコミという、まるでトリオ漫才のような3人組。
船を下りる前にお互いにメルアドの交換をし、写真を送る約束をした。そしてこの年齢では驚いたことに、ジェーンはフェイスブックもやっているので、ぜひ見つけて欲しいと言ってきた。3人もハノイに戻るというので、てっきり帰りのバスも一緒かと思っていたのだが、彼女たちは大型のバンで、私は来たときと同じ人たちと同じ大型バスで帰ることがわかった。
既にバンに乗り込み、危うくお別れのハグをしそびれるところを、ジェーンがわざわざ飛び降りてきて、お別れのハグをした。
「あとの2人は歩くのが大変だから、3人分のハグよ」
「すごく、楽しかった。素敵な時間をありがとう」
「こちらこそ。残りの旅程、楽しんでね」
「ジェーンもね」
メグもヘレンもバンのなかから手を振っている。たった2日間の付き合いだったが、アメリカ人と日本人が天文学的な確率でベトナムで出会う。今更ながら、人の出会いは本当に不思議だと思った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?