微魔女、サンライズに乗る・2
シャワー情報錯そう
2023年11月13日21時50分東京発。
サンライズ瀬戸乗車に向けて、夜の東京駅に到着。息子だけ構内の蕎麦屋に送り出し、自分はWifiの使えるスタバへ直行。夕方、家を出る直前になって今夜のシャワーが突然気になりだしたものの、十分なリサーチが済んでいなかったからだ。
シャワー関連の情報は錯そうしていて、いわく、シャワーにはシャワー券が必要で限定販売、シャワー券は買い占め防止のため車掌からしか買えない、乗車したら真っ先に車掌から買うこと、転売目的で大半を買い占める乗客がいる、買い占め防止のために駅の窓口で販売、車内の券売機で運が良ければ買えるプラチナチケットである……と、どれもネガティブな情報ばかり。シャワーも浴びずに布団に入るのはもちろん勘弁してほしいが、シャワーを浴びるのにそんなにハードルが高いのか? 指定席購入の後に立ちはだかる新たなる難問?
とにかく、せっかく現場にいるのだからアタってみることにしよう。
「あのー、これからサンライズに乗るんですけど、シャワー券はここで買えますか?」
まずは東京駅中央改札横の窓口へ行ってみる。
「ちょっと待ってくださいね」
あれ、駅員さんも知らないのか?
「ここでは売ってないですね」
さっきのネット情報、大嘘じゃん。
「どこで買えますか?」
「車内だと思いますけど……」
思いますけど……? サンライズのシャワー券ってそんなにマイナーな代物なの? それ以前に、プロにすらわからない? もし、乗車前に買うべきものだったら、シャワー券は手に入らないんだから、シャワーにも浴びれないってことだよね? ほかの窓口で聞いてみよう。おいで、息子っ!
乗車ホームに近い窓口で同じ質問を繰り返す。
「車内の券売機で買ってください」
「車掌さんが車内で売ってるんじゃないんですか?」
「いいえ、券売機がありますよ。そこで買ってください」
さらに確度を確かめるために、券売機の場所も聞いてみた。
「3号車と10号車ですね」
ピンポーン! ネットの情報と一致したぞ。忙しいのにわざわざ聞きに行ってくれてありがとう。答えは知ってたんだけどね。となると、券売機に近い車両は4号車と11号車というのも信憑性を増してきた。おいで、息子っ!
1台20枚程度というのも本当だろう。乗客がマックスで160人弱なので、合計40枚程度しか販売しないとなれば、きっとシャワー券のために並んでいる乗客がいるはず。こうしてはいられない、サンライズ乗車ホーム、普段は東海道線に使われている9番線への階段をかけ上がる。
まだ9時を過ぎたばかりなのに、恐らくは撮り鉄も含めてホームにはすでに人がいる。
「早すぎない?」
息を弾ませながら息子が聞く。
「シャワー券を買うから早く並んでおくの」
「???」
4号車の乗車列へ行くと、すでに3人並んでいた。うーん、目的は同じかもしれない。
「じゃ、私はここに並ぶから。7号車、わかるよね?」
そのまま息子は7号車の乗車列へ。
「あ、息子にシャワー券のことを言うの忘れた!」
新陳代謝が盛んなお年頃なのに、一晩シャワーなしなんて……。息子の性格からしたら、10号車までシャワーを浴びに行くくらいなら、臭いまま寝るだろうな。一応、メッセージだけは送っておこう。
前に並ぶ男子2人組の会話が漏れ聞こえてくる。どうやら、友達を見送りながら一人は車内撮影とシャワー券購入だけに来た様子。その前にいる女の子は一人で乗車らしい。買い占め&転売しそうなガメツイ雰囲気はないのでひと安心する。
そして9時30分頃になり、ようやく私たちの乗るサンライズ瀬戸が入線してくると、待ってましたとばかりに列を外れてホームの際まで行って写真を撮る人たちが。もちろん私も。
シャワー券さえなければ、東京駅で夕飯でも食べてから悠長にしていられたのに。
気分はもう、スタート前のアスリート。気が付けば後ろにずらっと列が続いていた。鉄オタ系の男子とか、暇とお金を持て余しているような私の世代とそれより上が多いのかと思いきや、連れのいない若い女性が多いのが意外で、荷物の様子からするとユーチューバーなのかな。そういえば、サンライズモノは確実に数字が稼げると友達から聞いたことがあり、納得。
さぁ、乗車のアナウンスが流れて、いよいよドアが開くぞ。7日分の荷物が入ったボストンバグを持ち上げ、スタンバイオッケー。
4号車のドアが開き、前の3人に続いて後ろの数人は迷うことなく3号車へ直行。4号車寄りの3号車にある券売機前の狭い空間に列ができているので、この状況で券売機を独占するのは、日本の文化をガン無視できるようなアツカマシイ神経がないと無理だろう。前の3人がお行儀良く1枚ずつカードを買い、私も用意していた硬貨を入れて無事にテレホンカード様シャワー券をゲット。
目的は達成したので、あとはのんびり目指すは自分のシート2号車21番。
荷物を持っているとすれ違いもできないほどの狭い通路を、上がったり下がったりしながら2号車へ。
21番シートは車両の端。
おおーっ“狭いけど広い!”というのが第一印象だ。
ベッドの上には浴衣、枕、掛布団。小さなテーブルのホルダーには使い捨てカップがひとつ、足元にはスリッパも。乗車開始直後で廊下は人の行き来が激しいので、ひとまずドアを閉めて落ち着こう。機内持ち込みサイズのスーツケースがぎりぎり収まる程度の空間にボストンバッグを置き、ベッドで足を伸ばしてみる。ホームからどれくらい室内が丸見えなのかわからないので気を遣いながら、枕元の各種スイッチ、空調、照明、時計の動作状況をチェック。
気分は結構ハイなので、まずは落ち着いて荷物を置き、室内写真を撮ってから探検に出掛けよう。微魔女世代の天敵“暗唱番号自分で設定型”の自室キーをクリアし、ホテルのような廊下を歩いていく。まだまだ大きな荷物を持った乗客が乗ってくるので、廊下ですれ違うのにどちらかが一旦空き室に退避してやり過ごす。トイレ、洗面、肝心なシャワー室の位置を確認し、窓に向かってカウンターが設置されたラウンジまできてアナウンスが聞こえてきた。
「車内販売はありませんので、飲食は各自でご持参ください」
夕飯はいいとして、今、何か買っておかないと朝まで何も飲めないということ?
車内探検は切り上げ慌ててホームに降り、自販機で水を購入。と、待てよ。息子はアナウンスが理解できたのか? 新陳代謝が盛んなお年頃で、水なしで一晩なんて無理だろう。2号車の前から7号車の息子のシートに猛ダッシュ。とにかく水を渡さなきゃ。息子息子、どこにいるんだ。7号車までたどり着き、窓をチェックしていく。あ、いたいた! ジャンプして思い切り窓を叩いて息子を呼ぶ。
「ドリンク売ってないらしいから、これ!」
下りてきた息子に無事水を渡し、慌てて自分の分も購入したところで、発車のアナウンスが入った。
ぎりぎりセーフ。危うく自分の水を買い損ねるところだった。
部屋に戻りシートにもたれて、ホームに並ぶ通勤客を見下ろす。発車のベルに続いて、ドアが閉まる音。普通の電車の発車くらいあっけなくて、まあ、豪華客船の出帆ではないのだから大げさになどなりようもないのだが、気持ちの高ぶりに反して結構な拍子抜け感が否めない。
当分は在来線のホームを通るので、外から見られると思うとくつろぎ過ぎるわけにもいかず、室内灯は消して、靴だけ脱いで進行方向に向かって腰掛けていたら酔いそうになってきたので、慌てて反対側、進行方向に背を向ける形で座り直す。船酔いも含めて乗り物酔いは一切しないのに、なぜ寝台車ごときで酔いそうになったのか。三半規管劣化のお年頃なのだろうか。
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