ダイアログ・イン・サイレンスに行ってきました〜こんな時でも体験できるエンターテインメントとは。
こんにちは、ヘリウムスタッフの田崎です。
某月某日、いつも新しい視点を吹き込んでくれるヘリウム理事の若林さんに勧められて、増田セバスチャンとスタッフの北村、田崎でダイアログ・イン・サイレンスを体験してきました。
ダイアログ・イン・ザ・ダークとは
ダイアログ・イン・ザ・ダークは1988年、ドイツの哲学者アンドレアス・ハイネッケ博士が創設し、1989年にドイツで初のエグゼビションが開催されました。
日本では現在の代表でもある志村真介さんがいち早く目をつけ、1999年に初公演し、時代の流れに寄り添い変化しながらも、2020年の今日も上演されています。舞台でも教育メインのワークショップ型でも無い、対話を楽しむエンターテイメント。 視覚障害を持つアテンドと真っ暗闇の中を旅をする内容だそうだ。
こんな時でも体験できるエンターテインメント?
「だそうだ。」と書いたのは、ダイアログ・イン・ザ・ダークに関しては、今回の3人の中で、体験していないのは筆者の田崎、ただ一人。
2007年から11年程はニューヨークにおり、日本に戻ってきたのは2年程前。それからというもの、”ダイアログ・イン・ザ・ダークは行った?”と仕事、プライベート問わず、頻繁に聞かれていました。
これほど何度も勧められる舞台?プログラム?いや、ワークショップ?その呼び方すらわからないダイアログという存在は気にならない訳がありません。
しかし、そうこうしている間に、2020年4月の緊急事態宣言を境に、舞台関係は苦しい日々を余儀なくされました。しかし、聞こえてきたのは、ダイアログ・イン・ザ・ダークは、こんな時でも体験できるプログラムがあるらしいということ。この状況でも続けられる劇場型のプログラム。これはただものではないぞ、とますます興味は募ります。
現在見られる演目は、2017年よりスタートしているダイアログ・イン・サイレンスと8月23日に新たにスタートするダイアログ・イン・ザ・ライトの2つ。初めてのダイアログ体験はどちらに参加するか迷った末、増田が幼少期に実は耳が聞こえなかったということもあり、ダイアログ・イン・サイレンスに決定。
おすすめしてくれた皆さんの”とにかく体験して感じてきて”のメッセージに忠実に、あえて前情報なしで参加することになりました。
(このあと、ネタバレしない程度ですが、体験したごく一部分のみ触れさせていただいています。)
音のない世界で出会う未知の体験
ダイアログ・イン・サイレンスでは、聴覚障害のアテンダントの方にいざなわれ、7人の参加者と共に音のない世界に入ります。さまざまな空間ではそれぞれに遊びの仕掛けがあり、”サイレンス”ですので、声でのおしゃべりではない方法で、対話をし、遊びながら共に時間を過ごし様々な体験を重ねていきます。
無音の世界に入ると、耳からの情報は一切シャットダウンされ、 何とも不思議な他者との距離と心細さがよぎります。 そして、その心細さを拭い去る為にか、全身は目となり視覚で得られる情報を得ようと必死にアンテナを張ります。今まであまり気にしていなかったような、わずかな光の入り方や動き、部屋の空気の圧力や皮膚感覚すらも情報収集しようとしていることがわかります。
そこで、アテンドのバンダナさんが登場。 とびきりの笑顔と豊かな表情で、ご自身のニックネームの由来やこれからのルール伝え、いざサイレンスな旅は始まります。 それにしても、バンダナさんの笑顔は最強です。 あっという間に、参加者の心細さをほぐしていきます。
ひとり、見失い、汗をかく
スタートして間もなくのこと。 簡単な遊びをやってみようと、バンダナさんがルールを説明してくれるのですが、わたしの感度が鈍いのか、なかなか意図を汲み取れない事態が起こりました。
脳内は熱くなり、ぐるりと見渡せば、仲間達もなんとか助けてくれようとするのですが、バラバラに動く12個の手と、言葉を使えない不便さに顔を歪めながら表情でも伝えようという意気込みに、情報量が多すぎてうまく読み取れず、ますます汗をかくことに。
これはまずい、と、バンダナさんにすがるように視線を戻すと、待ってましたとばかりにまず目を合わせ、ゆっくりと微笑み、その目を自分の手に移し、その写した先の二つの手と身体をたっぷりの表現力で、再びゆっくりと伝えてくれました。
その場は何とか無事に理解し、安堵しましたが、後で振り返り、きっと何かを発信している人たちは毎日の生活の中でたくさんすれ違っているのに、わたしはその人たちからのメッセージというボールを1日でいくつ落としちゃっているんだろう。と。せっかちに過ごすことによって貧しくなるコミュニケーションを憂いました。
その時、頭に浮かんだのは‥‥‥
そういえば、東京に戻ってきたばかりの時、混雑した山手線で一人立つお婆さんをとても不憫に思ったことがあります。どうして誰もお婆さんのことに気づかないのだろうと。誰一人、声をかける人がいないのだろうと。
そして、似たような事が後日起こります。 オランダ人のアーティストと一緒に山手線に乗ったときのこと。見知らぬスーツの男性が彼にぶつかり何も言わずに降りてしまったのです。その後ろ姿を見ながら、彼が言ったひとことが忘れられません。
「日本人の友達は大好きだけれども、見ず知らずの人たちの中で、居ないかのように扱われるのはたくさんだ。」
ダイアログを体験した後、そんな記憶の破片が蘇ってくるのです。
ダイアログを経験すると、そこに関わった人全てに大なり小なり何か変化をもたらすそうです。確かに、他者との空間の中で、あの時感じた違和感や孤独感を浮かび上がらせます。 そして考えます。 ああ、今度同じ場面に遭遇したら、あの寂しい顔を笑顔に変える方法があるのではないかと。たとえば、 ”わたしはあなたを気にかけていますよ”と伝えることさえ出来たなら。と。
20年続くアート活動としての特異性
ヘリウムがアートを活動のベースにしている視点から考えてみると、ダイアログが行っていることはとても興味深いものがあります。 このダイアログは、ドイツ発祥でありながらも、日本のチームにより、全てが日本人の参加者に向けてカスタマイズされているそうです。それが度重なる社会的な事件などで変化を遂げて今日まで続いています。
利益追求型ではないこの演目が、20年以上も続き、参加型であるにもかかわらずSNS的な”映え”を追及せず、かつ常設展となっているとい事実に注目せずにはいられません。
シンプルに考えて、大きな流れはあれど、100ユニットが参加したら、100通りのストーリーが生まれる訳です。それをアテンドは巧みに対応してダイアログを体験する参加者に化学反応を起こさせる。 これはよっぽどアテンドやスタッフの皆さんが柔軟にインテリジェンスとクリエイティビティそして行動できる集団んではないと実現不可能なことです。
そのようなことを、1999年にスタートして今も粛々と続けているわけです。 アート的にもかなり骨太な進化を辿っていると言えるのではないでしょうか。
エンターテインメントとして楽しんで
ですが、ダイアログ・イン・サイレンスで味わう時間は、間違いなくエンタテイメントです。それもかなり風変わりなものです。 社会に隠れている、違いを持ったキャラクターを生き生きと浮き上がらせ、その存在に気付き、想像し、自分の中からの優しさを引き出し、そこから自分の新しいストーリーが生まれるきっかけを作ってくれる壮大な装置のようです。
ダイアログ・イン・ザ・ダークを体験していなくても、全く問題ありません。 いきなりサイレントでもライトからはじめても大丈夫です。 映画スターウォーズとは訳が違います。
お子さんがいらっしゃる方は、是非一緒に参加されてみてください。 フレッシュな感受性が、豊かに発揮されそうです。 暗闇が怖い子も、サイレンスとライトなら安心です。 ダークは少し大人になってからの楽しみということで。
せっかくの気づきも、ふとした瞬間に忘れてしまうことがあります。そんな時に、ダイアログが常設であることは、わたしたちにとってとても恵まれているのかもしれません。何度でも戻って来れますから。
左: ダイアローグ・イン・ジャパン・ソサエティ 代表理事 志村季世恵様
右: ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン 代表 志村真介様
中: NPOヘリウム代表理事 増田セバスチャン
対話の森
公式ウェブサイト
現在2020年8月25日時点で体験できる、ダイアログ・イン・サイレンスもダイアログ・イン・ライトもこちらから購入できます。 最新のプログラムは、お出かけ前に、公式ホームページをご参照下さい。
会場住所:対話の森ミュージアム
アトレ竹芝シアター棟1Fダイアログ・ミュージアム「対話の森」
東京都港区海岸一丁目10番45号
参照文献:「暗闇から世界が変わる ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの挑戦 」志村真介「さよならの先」 志村季世恵
TOP画像出典:対話の森公式ウェブサイト
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