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2人のシャレン!担当Jリーグ理事、米田さんと佐伯さん(前編は米田さんについて)

小林は2016シーズン、鹿児島ユナイテッドFCがJリーグに入会したタイミングでホームタウン活動の担当となりました。
以来、多くのリーグ関係者やほかクラブのホームタウン担当者にお世話になり、たくさんのことを学んできたわけですが、今回はすでに退任された2人のシャレン!担当常任理事についての思い出話というかとてもお世話になりましたという話です。

シャレン!を立ち上げた人≒ホームタウン活動を再定義した人

米田惠美さんは2018年度から19年度にかけての1期2年、Jリーグの常任理事を務められました(だと認識しています)。
Jリーグ社会連携、通称「シャレン!」を立ち上げられた方としてご存じの方も多いことでしょう。
もともとは公認会計士だそうで、初対面の会話は「(鹿児島のクラブ代表)徳重さんも公認会計士なんですよね?」でした。
それは2018年5月14日の有名なワークショップ「Jリーグをつかおう!」でユナイテッドカフェの田仲さんが「頭の良くなるスタジアム」を提唱して300名を前に爪痕を残した前年のことで、各クラブのホームタウン担当者に向けて、当時は非常勤理事だった米田さんから「シャレン!」の基本的な考え方が説明される会合でのことでした。

今ではだいぶ理解が進んでいる「シャレン!」ですが2017年ごろの背景に基づいて順序立てて話すと

  • クラブはたくさんのホームタウン活動を実施していて、ものすごく地域のために努力している(コロナ前は1クラブ平均年間400回近く=1日1回以上)

  • それが世の中に伝わっていない。。。あまりにも!

  • これ以上の努力を求めることはクラブの経営体力としても、職員の労働量としても、求めるわけにはいかない

  • だからこそクラブがやっていることに共感できるクラブ周辺の人たちの能力、時間、お金などを注いでもらうことで活動を拡充させる

  • 同時にクラブの持つ様々な財産を、社会課題の解決にもっと役立てられるかもしれないので、そういう目線もサッカーの外から持ち込む

  • やった「良いことを世に知ってもらう」施策と、お金や労働力の点でクラブの負担が大きくならないことは、リーグが中心に筋道立てる

小林の理解だと大体こんな感じです。
それを考えるとここ数年、マスコット総選挙とそろって「順位付けするようなものじゃないでしょう?!」と批判される「シャレン!アワード」ですが、「世に知ってもらう」「どのクラブも取り組んでいるのだから、そこに目を向けてもらう第一歩」という明快な意図が込められているのが見えてくると思います。
これは良くも悪くもサッカー界の注目がまだまだ薄いからでしょうが、アワードで受賞できなくても誰かから批判されるようなものではないですしね。

しかし、米田さんに対してはシャレン!にかぎらずあちこちで相当反発があったみたいです。
当時の村井チェアマンが連れてきた若い女性が、サッカー門外漢が、みたいな。
例のForbesもすげー凝った写真で、それもチャラいとか勘違いという批判もあったようですが、それもこれも分かった上で「Forbesでしっかりと扱ってもらう意義」ゆえに、つまりは使命感ゆえなのでしょう。
ちなみに自分みたいな下っ端はぶつかることもなく、普通にうまくお付き合いしてきました。
前述のシャレン!の基本的な考えが至極まっとうだったので、反対する要素がありませんでした。
ただ2018年、Jビレッジで行われたホームタウン担当者による1泊2日の合宿冒頭の自己紹介で「やたらうるさいのでおなじみ、鹿児島ユナイテッドFCの小林です」と言った瞬間、微苦笑しながらうんうんとうなずいている米田さんの笑顔はよく覚えています笑
すげーーー使命感でがんばってらっしゃるけど、本質的にはシャイな方なのかなーとか思ったとかなんとか。

米田さんが去った後のサッカー界、Jリーグで

それにしてもびっくりしたのは2019年から全国8エリアからそれぞれ幹事を選んで、毎月JFAハウスに集まってミーティングすることになったのですが、九州からは鹿児島ユナイテッドFCが選ばれたこと。
幹事については別の機会にしっかりと書きますが、幹事制度の導入も米田さんがおっしゃったことのようで、貴重な機会になりました。
「シャレン!」にふれて、自分もまた大きく成長するきっかけをつかめたような気がしました。
それにしても当時SDGsに対して世間がアクセル全開せな!になろうとしていた時に「ウォッシュ」を懸念していたのが、3年後の今、改めてすごいなーって思います。

しかしわずか1期2年で米田さんはJリーグを去ることになりました。
手がけようとされたことに筋道つけるには、あまりにも短い任期だったと思います。
小林は退任のお知らせを聞いて、ただ呆然としたものです。
が、それでも次の日はやってきますし、米田惠美さんのいないJリーグの世界で、自分のできることをやり続けるだけです。
最後にお会いしてから丸3年になりますが、米田さんはあいかわらずタフな世界でタフな立ち回りを求められてらっしゃるようです。

言葉ではなかなかうまく説明できないのですが「自分みたいなものでも、この世界で何らかの価値はあるんだろうな」と思わせてくださった大切な方です。
いつか鹿児島にいらっしゃった時に「あの2年間でまいた種が本州最南端でも豊かに実っているんだな」って思っていただけるような鹿児島にできるようにがんばらないとですね(あと3年くらいはかかりそう苦笑)。
多分、どこかでお会いすることがあっても、そんなに会話が弾むことはなく、穏やかな近況報告くらいじゃないかなって思いますが笑

最後にこの原稿を書きながら米田さん絡みで思い出したテーマを2つ備忘録代わりに
・ベーシックインカム
・講演後には必ずアンケートを実施している
このテーマについても前者は考えを深めながら、後者は今さらだけど採り入れねばですね。
そして色々なインタビューを拝見して、仕事のことから生い立ちまでしっかり明快明晰に語ってらっしゃるけど以下略


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