へきちの本棚8(NYABFで買った本)
へきちの二人、松田洋和と田渕正敏が、毎月テーマを決めてレコメンドをする企画、へきちの本棚。第8回目は松田が遊びに行きました、Printed Matter’s NY Art Book Fairで買った本をご紹介します。
Hello Future
Farah Al Qasimi
year: 2022
publisher: Capricious Foundation / NY, USA
book design: Studio Lin
Capricious Foundationで購入。表紙の感じ(シールブックみたいに物にデボス加工がされている)とパラパラっとめくった印象ですぐに購入した。 一瞬合成かと思うようなギラギラと明るく煌めく写真たちは現実離れしていると同時に強烈なリアリティを持っている。 Farah Al Qasimiは1991年生まれのアラブ首長国連邦出身、現在ニューヨークで活動する作家。 日本に帰ってからじっくり観ていると、一点の作品に目が止まった。 2022年にリリースされたSuperchunkのアルバム“Wild Loneliness”のスリーブに使用されている写真があったのだ。 まったくの偶然に、別の方向から自分の好みがぶつかって嬉しい。
Somewhere/Elsewhere
Rhea Karam
Year: 2023
Publisher: Small Editions / NY, USA
Book Concept: Rhea Karam, Small Editions
Cover Finishing: Rhea Karam
Typesetting: Isobel Chiang
Print Production: Isobel Chiang
Hand Binding: Ethan Dean & Michelle Ho
Small EditionsはNYのリトルパブリッシャーで、本の内容・手法・デザインすべてに共感と敬意がある(“How to Book”シリーズの始祖としても有名)。
この本は作家本人が作り上げた部分が大きいようだ。様々な境界を視覚的に跨ぎ、重ねていく仕様はコンセプトそのものを体現している。
この本の大型版も見せてもらったのだが、そちらは2350ドル(約37万円)で買うのは断念した。10部にも充たないごく限られた部数で豪華版を作成し、より簡素な仕様で廉価版を大部数作る方法は、他の出品者でも見受けられた。そのいずれもが作家本人が選んだやり方であったことが心地良かった。
La Vie Ici
Bruno Serralongue
Year: 2022
Publisher: Rien Ne Va Plus / Paris, FRA
Book Design: Stéphane Gallois & Oscar Ginter
パリオリンピック2024の選手村のために民間の住居・暮らしが破壊されていくことが起きた(1964・2020年の日本でも同様のことが起きていた)。 この本はその4か月前の人々を写したものだ。
3色分解されたリソ印刷が断ち落としで続いていく。 遥か昔の出来事のような色バランス・質感と、現在進行形で続いている現実の記録の同居は、怒りよりも寧ろ悲しみの色を濃く感じさせる。NYABF全体で、中〜小規模のパブリッシャーはほとんどがリソで印刷しているように感じたが、更に驚きだったのが、そのほとんどが写真を印刷していたことだった。Les Éditions Rien Ne Va Plus(RNVP)はフランス・パリの出版社。
ROMA Publications
#1 –425 at Sitterwerk, St.Gallen
Year: 2022
Publisher: Roma Publications / Amsterdam, NLD
Book Design: Roger Willems
Photography: Hans Gremmen
この本はSt.Gallenで425冊の本を並べる展示に関連し作成された。 半分は98年から22年までのRomaのカタログとなっているのだが、もう半分は01年から21年までの20年間のRomaの活動を記録した写真で構成されている。 Romaほどに名のあるパブリッシャーの活動が、ごくごく個人的な範囲の中で作られていることに、言葉に出来ない何かを——本を作ることが日常となっていることや、その喜び——自分と地続きなものを感じずにはいられなかった。
NYに行ってまでRomaを買ってしまうのか……と思わなかったわけではない。だが、この本をNYで(Printed Matterで)買って帰ることに意義を感じたのだった。
The Ann Scales Postcards :
March 14, 1973 - March 14, 1975
Author: Joseph Gabe / Mary Jean Kenton
Year: 1976
Publisher: Printed Matter Inc. / NY, USA
Printed Matterの階段脇に積まれていた一冊に目が止まった。 焼けた表紙、錆びたステープラー。 簡素なデザイン、印刷。
この本は、Joseph GabeとMary Jean Kentonの、鳥に関する往復書簡をまとめたものらしい。 手書きで書かれたそれぞれのテキストはまったく読めず、手がかりは随所に差し込まれる引用と、始めと終わりにある4点の写真だけ(同じ写真をレイアウトしている)。
手紙はそのときのやりとりの役目を終えると、タイムカプセルのように時間を超えて発見される。 物事の真ん中を切り取っただけかのような本が、なぜこんなにも美しく感じてしまうのだろう。
Arrangements: Erkundungsbohrungen
Maja Behrmann
Year: 2023
Publisher: Lubok Verlag / Leipzig, DEU
Design: Sonni Scheuringer
Printing: Pögedruck, Leipzig
Binding Buchbinderei: Kaffenberger
楽しい造形を楽しい製本でまとている、面白い本だな〜と出版社を確認したらLubokで俄かに驚いた。 Lubokはリソのスタジオというイメージがあったからだ(そしてNYに来ても結局好きな出版社の本に引っかかってしまう)。
愉快なフォルムと思ってページをめくっていくと、壊れたパズルのパーツが増殖しているような印象に変化する。 後半に進むに従って、自動生成で作成された不可解な正解のような色面に遭遇する。 そうなってくると、この造本は「愉快な」何かではなく、誤ったインプットによって排出された不自然な本のかたちにも思えてくる。 笑顔で近づいてきた狂気であった。
How To Art Book Fair Third Edition
Paul Shortt
Year: 2023
Publisher: Paul Shortt / Gainesville, USA
Editor: Colleen Maynard
Art Bookの作り方の本もあれば、当然Art Book Fairの参加方法の本もある。 表紙は2色、中面は1色のリソグラフ印刷。 三方断裁しないのはもちろん、ステープラーの位置だってずれている。 印刷よごれもあるし、マージンもマチマチだ。 でも個人出版のほとんどがそういう本だった。 商業性や効率性とは異なる価値観。
読めば当たり前のことばかりだったりするのだが、遠足のしおりのようなわくわく感がシアトル、NY、LAなどの写真を交えながら伝えられる。 フェア中に用意したほうがいい持ち物一覧やフェア終了間近の時間帯にやると良いことなどは、経験者ではないと出てこない発想だ。
Bliss
Gloria Glitzer(Franziska Brandt, Moritz Grünke)
Year: 2021
Publisher: Gloria Glitzer / Berlin, DEU
外川書店の外川さんから紹介されていた出版社。 主催のMoritzは少年のような笑顔が素敵なナイスガイだった。
コロナパンデミック期間中に行った展示の本。 制作した本を元に展示を構成し、それをまた本に集約していく……という、終わりのない循環を愉快に思いつつ、「いつ崩壊するんだ?」という問いかけにドキリとする。 それは大判の冊子のほうは一見すると能天気な楽天家のようなグラフィックなのだが、小冊子で見せる展示風景で、その定着が不安定な布や鏡に写す虚像であることにも現れる。 「Bliss=至福」というシニカルな視点が、あの朗らかな笑顔の人物によるものなのがまた面白い。
Yellow
Korean Boyfriend
Year: 2022
Shop: Booklet / NY, USA
ロートのような円錐が置いてあって、耳をそえると素敵な音楽が聴こえてきた。 Badly Drawn BoyやThe Go Findを更にLo-Fiにしたような音楽が、カセットテープの質感にとても合っていた。 Half Japaneseみたいな名付けかと思ったら、帰国後にYouTubeでビデオを観たところ、本当に韓国人がやっているバンドのようだ。
このカセットがどこから発売されたのかは記載がないからわからない。販売していたブースはBooklet。 サイトを見ると、50部前後の部数で活動していることがわかる。 元々は東京を拠点にしていたという記載もあり、親近感が湧く出版社だ。
Out Of Office, Taiwan, 2021-2023
Luc Jolivet
Year: 2023
Publisher: nos:books / Taipei, TWN
フランス人ミュージシャンのLuc Jolivetが台湾で見つけた、オフィスチェアが屋外に置かれ、人々が雑談や昼寝に使っている姿を写した本。 初版は自費出版で、椅子の写真はわずか8枚で限定20部だったらしい。 NYABFでは(海外のパブリッシャーでは)1テーマで1冊作っている本をよく見かけた。 決まったフォーマットに同じようなレイアウトが続く冊子は、ややもすると退屈なものになりがちだが、この本は片手に納まるサイズや蛇腹の仕様と、何より写真のバリエーションが 生活の可笑しみを増幅してくれる。
nos:booksは2008年にSon Niが始め、2014年からChihoiも参加している2人のアーティストによるレーベル。
Supplement
S07-2023
Year: 2023
Publisher: New Documents / LA, USA, Fillip / Vancouver, CAN
Editor: Jenifer Papararo
Copyeditor: Jaclyn Arndt
Design: Document Services
2022年だったか、TABFでNew Documents / Fillipから2冊の本を買った。 チューリッヒ派とバーゼル派の間の子のようなレイアウト、アラベールのような質感の表紙に微塗工中質紙のような本文用紙、モダンだがUniversの影響を感じるタイプフェイス、そして出版社全体で統一されたデザインメソッドと、その様式への美意識に惹かれて再び手に取った。 この本はSupplement(=補足の意)と名付けられたシリーズで、毎号美術と社会の接点についてのレポートを刊行している。本号は政府による先住民の建築と芸術の創意工夫の抑圧について、廃墟となった軍の兵舎やインスタレーションとして制作された建築作品(彫刻作品)を交えながら論じている。
What The Final Fuck!
Year: 2023
Publisher: Le Monte-en-l’air / Paris, FRA
Shop: Printed Matter Inc. / NY, USA
“Useful Photography”とかドキドキクラブとか、視覚的な面白さという意味ではAlex Webbとか……こういうのの面白さは万国共通なんだろう。 解像度もバラバラ(というか総じて低い)で印刷線数も高くはないが、それもまたいい。 この本の他に同じようなものを4冊も出しているらしく、大人気シリーズなようだ。
田渕正敏(イラストレーション)と松田洋和(グラフィックデザイン・製本)によるアート/デザイン/印刷/造本の活動です。
イラストレーター
最近の仕事に「アイデア402」装画(誠文堂新光社/2023)、「ゴリラ裁判の日、須藤古都離著」装画(講談社/2023)、ナチュラルローソン「飲むヨーグルト」パッケージイラストレーションなど。
最近の賞歴、第40ザ・チョイス年度賞優秀賞、HB File Competition vol.33 鈴木成一賞など。
グラフィックデザイナー
最近の仕事に「2023年度東京都現代美術館カレンダー」、「Another Diagram、中尾拓哉」(T-HOUSE/2023)、「奇遇、岡本真帆・丸山るい」(奇遇/2023)など。
最近の賞歴、ART DIRECTION JAPAN 2020-2021ノミネート、GRAPHIC DESIGN IN JAPAN 2023 高田唯 this oneなど。
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