菊地敦己展
G8でやっている、亀倉雄策賞受賞記念の菊地敦己展がすごく良かった。すごく良かったのだけれど、この「すごい」と感じた部分は、ここ数年モヤモヤと自分の中にある課題でもあり、感想というよりはその課題について、ちょっと書いておこうと思います。
どんな展示だったか。とにかく大量の製作物が、ある程度案件でカテゴライズされた状態でひたすら並べられている、一種のアーカイブ展であった。キャプションはどこにもなく、製作年代は15〜20年分くらいに渡っていたように見えた。個人製作物は一切なし。そしてその大量の仕事を並べることで立ち上がってくる気配に、戦慄した。
スケールがおかしい。すべてが手元におさまるように感じる。これはなんだ。
印刷されるものには実寸のサイズがある。僕は最初の会社で、A4にはA4の、B2にはB2の、B0にはB0の作り方があるように教わった。それぞれの仕上がりサイズに、それぞれ適したデザインがある。媒体特性とか言ったりしていたけれど、すごーく大雑把に言うと、小さいほどに重たく、大きいほどに軽い。様々なサイズを自在にコントロールすることが、優れたデザイナーの一歩である、と。
レイアウトの基本は「判型・重力・奥行き」だと思う。それらを駆使することが、情報の取扱やイメージの伝達に、つまりはデザインになっていく。
ところが菊地敦己のデザインには、そういった、言ってみたら旧来のデザイン手法が見られない。見られないと言ったら嘘か。そういうのを駆使してはいるんだけれど、名刺サイズからA4、書籍の表紙、B2サイズくらいまでは、同じスケール感に感じる。小さいわけでも、大きいわけでもない。なんか、フワッフワしてる。重力が存在していないような、安定しているのに着地していないような、不思議なウエイト。この感じは最初からあったけれど、まだ「理想の詩」あたりでは弱く、近作になるにつけその傾向が強い。入り口を厳密なサイズ規程にし、最大限の効果を発揮させていくのではなく、スケールに囚われずにイメージを定着させる。このスケールの捉え方はものすごく現代的だ。
最近自分が「いいな」と思うデザイン・デザイナーは、この傾向が強い。ひとつにはインターネット上で表示される前提もあるのだろうけれど、菊地さんが脚光を浴び始めたときって、ネットって一般化していたっけか?
それと、アイデンティティーの作り方。菊地さんは、過剰に文字を作ったり、変形させたりは、あまりしていない。「1_WALL」の一連のグラフィックは別にして、基本的にはある書体を用いている(と思うんだけどどうなんですかね)。だけど、チラシも名刺も書籍も、ちゃんと独立したアイデンティティーを持っている。これまたすごい。文字とか作ると、そっちのほうが実は簡単だ。わかりやすく「他とは違う」ように見える。でもレイアウトで、要はスケールの捉え方で、きちんとアイデンティティーを持たせられるのは、相当高等な技術だ。菊地さんは、ずっとこんなことやっているのか、と、ビリビリと衝撃がきた。すごい。そして「この感じ」を醸すために、この物量を、更にはチラシの裏面や反復するかのようなサイズの展開を展示する必要があったのか、と、納得した。
この感覚、なんか前にもあったな、と思ったら、山野英之さんが3年前くらいにやっていた展示だ。山野さんは、類型によって手元から宇宙までスケールを捉えるようなデザインをやっていた(ような気がするけれど、どうだったか……)。あのときから、スケールについてよく考えるようになったんだった。
亀倉賞の直接の受賞は「野蛮と洗練 加守田章二の陶芸」という書籍で、その審査コメントでは「一分の隙もないデザインで〜」とかあったわけだけれども、まぁ、そうなんだろうけれども、そこに到るまでにやってきたことがすごい。本当に地味なんだけれど、到底真似できない技術の積み重ねを感じた。このすごさは、単純に「デザインがうまい」とか「いいデザイン」と言ってしまいたくない感じだ。例えば、「a+b=10」が仕事だとして、旧来のデザインは「3+7」とか「6+4」とかを作っていくものだったのではないか。その洗練さを競うものだったのではないだろうか。そして菊地さんは「『-10+20』も10になるじゃん」と言っているように思った。結果は同じ10だけど、10にする方法はいろいろある。聞けば「なんだそんなことか」と思うけれど、これは発明みたいなことだ。というか、「いいデザイン」てなんだ。「いい人生」くらい、いろいろな答えがあるぞ。ああなんだか何を書いているのかよくわからなくなってきた。うまく書けない。書けないし、なんだか書ききれない。
だいたい初めて見るものはなかったし、見たことあるものは菊地さんの仕事だと知っていたのだけれど、十文字美信さんの名刺だけ、菊地さんの仕事だと知らなかった。すごくシンプルで、ありきたりな個性はそこにはないんだけれど、その名刺ひとつに、菊地さんのデザインへの姿勢が詰まっているように思った。(松田でした)
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