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へきちの本棚9(食べ物の本)

へきちの二人、松田洋和田渕正敏が、毎月テーマを決めてレコメンドをする企画、へきちの本棚。第9回目は「食べ物の本」を紹介します。

帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。
高山なおみ
発行日_2009年4月10日
発行所_ロッキング・オン
写真_日置武晴
デザイン_山本知香子

デザイナーとして会社に勤めていた20代後半、激務で疲れ果てる毎日の中でふと本を読みたいと思って軽い文庫を鞄に放り込んで出勤するようになった。ブックカバーが欲しいと思って雑貨屋に出かけると、発色の良い黄色のブックカバーがあった。見本品しか無かったのでこれ下さいと店員に伝えたら、見本としてつけてる文庫本も良かったら一緒にもらって下さいと言われたのでありがたくもらうことにしたのがこの本だった。著者が料理家になる前の鬱屈とした日々が自分の現状と重なって、途中で読めなくなって、その後この本がどこに行ったのか忘れてしまっていた。今回食べ物の本というテーマが決まった時に「お腹が空いて...思ったのだ」みたいなタイトルの本あったぞというところからだんだんと思い出して今度は最後まで読んだ。(田渕)


YASAI BOOK
The vegetable of woodblock print
Yuki Hikosaka

発行日_2014年
アートディレクション&デザイン:もりといずみ

美しい野菜の姿を木版画によって定着させた画集。イラストレーターとして食べ物を描き始めた頃に強烈に意識したイラストレーターの一人が彦坂木版工房だった。僕がまだ食べ物の描きたいイメージがあるけれど技術が追いつかないと悶々としていた頃に「パンと木版画」(2013)を見てその完成度の高さに衝撃を受けた。ほっこりと言うとゆる過ぎて和の風合いというと堅苦しい、その間で緻密にコントロールされた上品なイラストレーション。ここに一つの到達点があると思った。木版画は小学校で体験出来るほど一般的なものであるが故にその不自由さを私たちは知っている。どうやったらこんなに美味しそうに仕上がるんだろう?機会があったらワークショップに参加してその秘密に触れてみたい。(田渕)


VEGETABLES
大橋正

野菜解説_吉田企世子
発行日_1991年9月25日
発行所_美術出版社

フードイラストレーションのバイブル。どの絵を見てもため息が出るほど鮮やかで深く、繊細で強い。大橋はモチーフをじっくりと観察して下絵を作成後、着彩時には見ずに記憶で描いている。その眼とデフォルメの力量に驚愕する。イラストレーターとグラフィックデザイナーが頭と手に同居して作業しながら誌面スペースに最適なフォルムが決定されるのだと思う。制作過程が解説されているけれども、学生の頃に真似をして挫折した。ディティールの描き込みや暗部の処理など影響された表現は数えきれない。永遠に憧れのイラストレーター。(田渕)


&Premium no.127 July 2024
すぐ作りたくなる、手料理のアイデア

発行日_2024年5月20日
発行所_マガジンハウス
cover illustration_Yumi Uchida
designer_Yuki Nakano,Taro Tsukano
art director_Soichiro Nakatsu(So, Design & Co.)

清廉潔白で非の打ち所がない美しさを求められる社会でイラストレーションがその煽りを受けないはずが無い。近年、フードイラストレーションは形が整ってキレイで細密なものの方が好まれている。美しいということが説得力を帯びる時代に内田は食後の皿までも美しく描き出す。扉絵の“after meals”を見て、毒を食らわば皿までとはこういうことかと唸った。突き抜けた先に魅力を宿した食べかすがどんな料理を描いた絵よりも輝きを発している。美味しそうに正確に描ける技術が平均化された飽和状態のフードイラストレーションからはみ出すように時間、場面、行為がスケッチのように軽やかに重層的に響いている。
手料理を特集した雑誌のカバーに内田有美のイラストレーションは相性抜群の組み合わせだと思う。フレンチドレッシングのようなカバーのオレンジも鮮やか。(田渕)

左が“after meals”
内田さんご本人がアトリエにいらしゃって制作秘話も聞けました


味なニッポン戦後史
澁川祐子

発行日_2024年4月5日
発行所_株式会社集英社インターナショナル
装幀_アルビレオ

強烈な帯に思わず手が伸びた一冊。かつて味の素をアレルギーのように嫌う上司の下で弁当の買い出しをしていた頃、この弁当には味の素が入っている!と怒鳴られたことがあった。僕の舌には馴染んでいるのかあまりピンと来なかったが、どうやら食に対する考え方には根深い対立が存在するようだと感じた出来事だった。この帯文が採用されるということは、時代のどこかに化学調味料がやばいと囁かれるターニングポイントがあったはずだと思って読み進めてみる。すると新聞や世論や法律...が絡み合い、言説がシーソーのように良い悪いと論争を繰り返しながら続いて来た背景が見えてきた。(田渕)


底にタッチするまでが私の時間
よりぬきベルク通信1号から150号まで
編集と写真・木村衣有子

発行日_2021年11月10日
発行所_木村半次郎商店
装丁_木村敦子(kids)

著者の木村衣有子はツバメコーヒー(新潟)のタブロイド誌“COFFEE DRIPPER MONOGRAPH”で知った文筆家。ペーパードリップの年表作成とエッセイを担当されていて、なんともニュートラルな文面がそそられる読み心地だった。その著者の本が読みたくて表紙買いしたのがこの本。
新宿“BEER & CAFE BERG”で毎月発行されるフリーペーパーを著者がよりぬきで編集した本。僕はBERG(ベルク)というお店を全く知らずに読んでいた。途中で気がついたら、明日BERGに行けるかな?と考え始めていた。読書に限らず時々こうして脳内シュミレーションを飛び越えて行動が起こる瞬間がある。とにかくここに書かれているコーヒーとホットドッグを体が求めていて、得体が知れないのに間違いないというような変な確信が生まれてしまう。とにかく店員と客が愛想を振り撒くことなく「一人用の顔」でいるという店に行ってみたくなった。(田渕)

早速BERGに行ってみた
都知事選が近づいていた
おすすめのプレーンでいただいた。めちゃうま



喰譜 Jiki-fu
東京大学総合研究博物館 編

発行日:2016年3月12日
発行所:一般財団法人 東京大学出版会
企画監修・AD:緒方慎一郎
テキスト:西野嘉章+緒方慎一郎+松原始
編集・デザイン:SIMPLICITY/INTERMEDIATHEQUE
翻訳:大澤啓
写真:池田裕一

和食が無形文化遺産に登録されたのは2013年。その3年後に刊行された本書は、日本の食が単に味覚によるものだけではない文化であることを示してくれる。
万物に神を見出す感性は食材や器にも向けられる。自然への感謝と畏怖を以て喰らう。博物学的に食材を語った後、供する姿を見せる構成はシンプルだが静かな迫力がある。 4枚貼合で前後を挟んだ造本設計は剛健だが、内側に見える背はクロスにシルク刷りの文字と柔らかな印象も残す。造本、構成、そして何よりも写真によって日本人の感性を具現化した本書は、食にとどまらず和の心を写している。(松田)



ポテトチップスと日本人
人生に寄り添う国民食の誕生
稲田豊史
発行日:2023年4月13日
発行元:朝日新聞出版
帯デザイン:弾デザイン事務所
写真:iStock.com/KPS

今日の美味しいポテトチップスはどのように開発され、普及していったのか。 戦後の欧米文化輸入がきっかけで、国産ポテトチップスの開発が始まる。 それはやがて老舗湖池屋と新参カルビーによる勢力争いに——。小麦菓子からポテトチップスに至る流れ、かっぱえびせん→サッポロポテト→ポテトチップスはカルビーの強かさを示すエピソードだ。 また、ポテトが蔑称に使われる所以や日本におけるポテトチップスの戦略的な位置付け変換も興味深い。
普段何気なく食べているポテトチップスが企業努力によって美味しさを追求されていることに気がつく。 私はこの本を読むまで、ポテトチップスに「新鮮さ」を考えたことがなかった。(松田)



すし通
永瀬牙之輔

発行日:2017年1月1日
発行元:土曜社

1930年(昭和5年)に四六書院から発行された本の復刊。 だから江戸時代の話も親〜祖父母くらいにあたり、描写にリアリティがある。
鮨の起源(はじめは米は食べなかった)からさまざまな種類の鮨についての知識はもちろん、握り方や食べ方、楽しまれ方(鮨はおやつみたいな位置付けだった)や女房言葉(「お」や「じ」がつく言葉)など、雑学的な楽しさにも溢れている。
随所に出てくる都々逸など、粋な雰囲気を感じる文体で読んでいて小気味良い。「通人たらんとも、鮨通たらんとも思ったことは少しもなかった」と言う清々しさ。 一方でタイトルは「通」とつけちゃうお茶目さ。 鮨に興味がなくとも薦めたい良書だ。(松田)



わが家の夕めし
アサヒグラフ編

発行日:1986年6月20日
発行元:毎日新聞出版
カバー装幀:熊谷博人

アサヒグラフ(1923—2000)の人気連載をまとめた一冊。 今でこそ、(それが良いか悪いかは別として)SNSの普及によって他人の生活を覗き見ることは特別なことではなくなったが、40年前は有名人の生活はベールに包まれていたのだろう。 文化人や芸能人の“夕めし”の団欒写真は、豪華で贅沢な食卓から意外と庶民的なものまで幅広い。 短いテキストも食をテーマとした短いエッセイのようでそれぞれの個性が出ていて面白い。また、当時の生活・風俗や若かりし頃の姿を見る楽しみもあり、他人のアルバムを懐かしみながら眺めるような良さもある。 一冊を通して感じる牧歌的な雰囲気は、食事・団欒というものが持つ喜びや親密さからくるのだろう。(松田)



ここで唐揚げ弁当を食べないでください
小原 晩

発行日:2022年3月5日
発行元:自費出版
装丁画:佐治みづき

東京での生活。仕事のこと、恋人のこと、引越しのこと、兄のこと、父のこと、友達とのことなどのエピソードは、真剣で可笑しくて、また、遠くに悲しみを感じる。生活にどうしても付き纏ってくる情けなさとか虚しさみたいなものを、ときどき振り切れる瞬間。 それは喜びだったり怒りだったりするのだが、生活はゴミのようだったりしながらもきらめいている(スピッツ)。大切にしまっておいたきらめきを、照れ笑いしながら差し出してくれるような本だ。(松田)



明治洋食事始め――とんかつの誕生
(講談社学術文庫 2123)
岡田 哲

発行日:2012年7月10日(原本は2000年)
発行元:講談社
カバー図版:東陽堂発行『風俗画報』239号より
カバーデザイン:蟹江征治

今でこそパン酵母の香り、バターの風味や肉が焼ける匂いは食欲をそそる「いい匂い」だが、明治のはじめはむしろ耐え難いものであったことに今更驚く。 天皇を中心とした皇族・貴族の人々が社交のためにやむ無く食べていた西洋料理が、いかにして庶民に広まり、そして「洋食」になっていったのか。その変遷を「とんかつ」の誕生をゴールとして追った本。 日本の食文化のターニングポイントとして、「肉食」は大きく、またそれはそのまま「肉=牛」を表していた。塊の肉から薄い肉に至り、そして豚に辿り着くまでの流れは理にかなったものであると同時に、日本人の熱意に支えられたものであったのだ。(松田)


食べ物に関連して、器の本
焼きそばも好き。
ハンバーガーも好き。
蕎麦も好き。

へきち

田渕正敏(イラストレーション)と松田洋和(グラフィックデザイン・製本)によるアート/デザイン/印刷/造本の活動です。


田渕正敏

イラストレーター

最近の仕事に「アイデア402」装画(誠文堂新光社/2023)、「ゴリラ裁判の日、須藤古都離著」装画(講談社/2023)、ナチュラルローソン「飲むヨーグルト」パッケージイラストレーションなど。

最近の賞歴、第40ザ・チョイス年度賞優秀賞、HB File Competition vol.33 鈴木成一賞など。


松田洋和

グラフィックデザイナー

最近の仕事に「2023年度東京都現代美術館カレンダー」、「Another Diagram、中尾拓哉」(T-HOUSE/2023)、「奇遇、岡本真帆・丸山るい」(奇遇/2023)など。

最近の賞歴、ART DIRECTION JAPAN 2020-2021ノミネート、GRAPHIC DESIGN IN JAPAN 2023 高田唯 this oneなど。


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