寮到着、極寒のアバディーン

10分待ってもそのインターホンから声が聞こえてくることはなかった。寮生と思われる若い女性2人が門の向こう側から出てきた。会話をしながら僕をちらりと見たが気にせず行ってしまった。

受付の人はもしかして帰ったのかと思い、直接寮の電話番号に電話をかけみてた。英語で電話をするのは初めてだった。ヒースローでSIMカードを買った時に電話をしたが、あれはAI相手で僕がしたのは指示通りにボタンを押したことだけだ。

「もしもし、Powis Placeですが」

「こんにちは、僕はこの寮に泊まるためにここに来てるんだけど、誰もベルに出なくて。あ、今日が初めてなんだ。」

「ああ、わかったわ。今受付には誰もいないの。もう少ししたらそっちに行くからそこで待ってくれる?」

「わかった。ありがとう」

電話の相手は若い女性らしかった。今そこ(受付はここからでも見える)にいないということは、彼女の個人の携帯にかかったのだろうか。まあいい。これでやっと門の前で大きなリュックを抱えて出入りする学生に見られずに済む。少し離れた場所に移動し腰をかけることにした。

それは始まりにすぎなかった。1時間か2時間、僕にはもうどれだけそこにいるかわからない。おそらく30分も経ってはいなかったはずだ。しかしその30分は僕が経験したどれよりも長く遅かった。そうさせたのは紛れもなくアバディーンの異常な寒さだった。僕は夏を過度に嫌い、冬が来ると大いに喜んだ。日本の6月から9月という期間は生きているだけで僕を憂鬱にさせた。11月から本格的な冬が始まりこれから3ヶ月は安泰だと思う。そして3月中旬になるとそう遠くない夏の到来に嫌気がさした。僕は寒さにめっぽう強いのだ。

しかしここアバディーンでの寒さというのは常軌を逸していた。北海から来る冷凍庫を開けた時のような冷気を乗せた風が常時吹いており、口を開けていると息ができず全身が麻痺するような感覚に襲われた。駅周辺は高い建物によって守られていたが、この寮は比較的海に近く防ぐものもないので15分ほど離れただけでその体感は全く別物だった。今でもその時の環境を刻々と思い出すことができる。アバディーンの気温を調べると3月末で3度ほどだった。もちろん日本に比べると十分寒いのだが、こんな3度は当然知らなかった。

ここを離れるわけにもいかないのであたりを見渡してみることにした。車道の反対側には縦に高い時計台がずっしりと立っていた。このような古風な建築物が一人歩きせずに街に馴染んでいるのは僕がアバディーンにいる何よりの証拠だ。人通りは少なく、外国人はロンドンのように当たり前には歩いていない。正面の新しい建物はジムだろうか。その横には中華レストランがあり、中にはアジア人もいるが欧米人も好んで食べている様子だ。イギリスのある中華飲食店で欧米人が丸いテーブルを囲み高そうな中華料理を食べている光景はちょっと奇妙に見える。

しかしそう長くは続かなかった。待たされている時間というのはどうしたって結局有意義に過ごすことは不可能なのだ。僕は黙ってその厳重な門の世界を見つめていた。