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「僕の改革 世界の改革」 第17夜(第2幕 33 ~ 37)

ー33ー

飛行機で、僕はリンの隣に座った。
彼女の隣には大木さんが。
シノザキ博士は、ひとり離れた席に座っていた。
「愛しの彼女の側に居てあげなくていいの?」と、リン。
「ちゃかすなよ」と、僕は答える。
「あら、ちゃかしてなんていないわ。ずっと探していたんでしょう?並木少尉のコト」
「僕の知っている彼女は、あんな人じゃない。見た目は同じでも、あんなしゃべり方をしたり、あんな態度を取ったりする人じゃなかった…」
「果たして、ほんとうにそうかしら?」
「どういうコトだい?」
「あなたは人を…あるいは、女性を知らなさ過ぎるのかもよ。女っていうのはね、常にその人の前で見せているのとは別の一面を持ち合わせているものなの」
リンの言葉を聞いてから、ずっと僕は黙っていた。黙ったまま、考え続けた。
彼女のコト、彼女のセリフ。それから、リンの言ったコトも。
『今の私はあなたが知っている私じゃあないわ』
『あなたには名前が必要だわ』
『女性を知らなさ過ぎるのかもよ』
『……』
僕は考えた。
考えながら、いつの間にか眠ってしまっていた。


ー34ー

目が覚めた時、まだ飛行機は飛んでいた。
隣を見ると、リンはスヤスヤと眠っていた。

後ろの席で、大木さんが彼女に話しかけるのが聞こえた。
「並木少尉、よろしいですか?」
「ええ、構わないわよ」
「少し、失礼な質問をさせて頂いてよろしいですか?」
「失礼な質問?どういったコトかしら?」
「プライベートに関するコトです」
「プライベート…答えられるコトならば答えるわよ」
「うちの隊長とは、お知り合いなのですよね」
「ええ、そうよ」
「一体、どのような関係だったのですか?」
「別に…ただの幼馴染みよ。子供の頃から同じ街に住んでいた。それだけの関係」
「ほんとうに?」
少し間があって、彼女はこう答えた。
「ええ、ほんとうによ。たとえ、あの人がなんと答えようともね」


ー35ー

『幼馴染み』
思い出なんて、そんなものか…
僕にとっての彼女は…彼女にとっては、ただの幼馴染みで。どこまでが現実で、どこからが夢の始まりであったのか。それすらわからなくなりかけていた。
あるいは、全てが夢で。
あるいは、やはり全てが現実で。
でも、現実は僕が思っている場所ではないのかも知れない。
もしくは、現実なんてそんなもので。人々が思っているような場所とは違うのかも知れない。
そこに広がっているのは、単なる事実で。あるいは、単なる記号の組み合わせで。人々が勝手にそれぞれの幻想をその記号の組み合わせたちに抱いているだけで…
そういう意味では、世界には人の数だけ真実が存在するというコトだ。

その瞬間、心の底で僕以外の誰かの声がこう言った。
「だが、実際がどうであったとしても、今の君は立派な戦士だ。1人の人間だ。革命家だ。それだけはオレが保証する。過去なんてしょせん過去に過ぎないさ。どうだっていいだろ、そんなの。それよりも大切なのは『今』だよ!今!」


ー36ー

目が覚めると、リンはすでに起きていた。
そして、こう言った。
「もう到着するわよ。ベルトをしないと」
いつの間に眠ってしまったのだろうか?気づいたら眠り込んでしまっていたようだ。
あるいは、彼女と大木さんが話していたのも、夢であったのかも知れない。
ほんとうに、もう夢と現実の『差』がわからなくなりかけていた。

それでも、現実の時間は進んでいく。
飛行機は飛行場に降り、僕らは街へと降り立つ。

きっと、こんな風に現実は進んでいくのだ。
何を考えようと、何も考えまいと。
人が生きていく限り…


ー37ー

まるで、廃人のようであった…
僕らが街に降り立ち、初めて出会った人は。

僕はつぶやく。
「これが、無気力生物の成れの果て…」
「少なくともその一端よ」と、彼女。
「こんな…」
「みんながみんな、こんなというわけではないわ」
「こんな人間にはなりたくない…」
「わかるわ」

それからも、僕らは何件もの家を訪ねて歩いた。
多くの人は、ただ黙って遠くを見ているだけだった。以前会ったホーやマンガンよりも、明らかに症状は酷かった。
それでも、ほとんどの人は話しかけ続ければこたえがあったが、中には何度声をかけても宙を見続けるだけの人もいるのだった。

「元気な人たちは、すでにこの街を立ち去ったわ。残っているのは、特に症状の酷かった人たち。けど、この世界には無気力になっても働き続ける人たちもいる。これは、無気力生物の様々な結果のひとつなの」と、彼女は説明してくれる。
「少しひとりにさせてくれないか…」
そう言って、僕はひとりで考えごとに没頭した。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。