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夜に病院の屋上に立つ
胃の激痛により病院に入院した少年でしたが、入院生活は思った以上に退屈なものでした。なにしろ、安静にしていることしかできないのです。
特に「ベッドに寝ていなければならない」というルールはありませんでしたので、少年は病院内をあちこち歩き回って退屈をまぎらわせました。
病院は4階建てで、他にも付属した施設がありましたので、探検するにはうってつけでした。お庭も広々として、散歩するには事欠きません。
それでも、少年の好奇心を満たすには、あまりにも狭すぎました。2~3日もすると、病院内を歩き回るのにも飽きてしまいます。少年の持つ特殊能力「マスター・オブ・ザ・ゲーム」をもってすれば、ダンジョンの探索など瞬く間に終えてしまえるのです。
仕方がないので勝手に病院を抜け出し、家まで歩いて帰り、お気に入りの本などを携えて再び病院のベッドまで戻ってきたりしました。歩くと片道1時間半はかかる距離でしたが、ちゃんと道も覚えていて、しかも誰にも気づかれることもありませんでした。
何か、少年はこういう行為が得意なのです。それが何の才能かと問われれば…
あえて言うならば「泥棒の才能」でしょうか?
*
道を覚えていたのには、1つ理由がありました。実は、この病院は少年の弟が子供の頃から入院していた施設だったのです。なので、自動車に乗せてもらって、何度もお見舞いに来たことがありました。
少年の弟は腎臓の病気で、小学校に上がる前から中学生くらいまで、何度も何度も入院したり退院したりを繰り返していました。しかも、薬の副作用で顔がパンパンに張れてアンパンマンみたいになっている時期も長かったのです。
「あの頃の弟は、こんな体験を何ヶ月も耐えていたのか…」
そう思うと急に弟がかわいそうになってきました。わずか数日の入院でもこんなに退屈なのに、長い時には半年以上も病院のベッドの上で過ごしていたのですから。
少年は病院の外を散歩している時、お庭の端っこに、石を積み重ねた小さな慰霊碑のようなものを見つけました。弟と同じ病気で亡くなった子供たちの霊を慰めるために作られたものでした。その病気は、幼少期に亡くなる確率が高かったのです。
長い間入院して、それでも命が助かる保証はない。ヘタをすれば、子供時代にこの世を去ってしまう。彼の弟はそのような環境下で戦っていたのです。
そこにも1つの物語があります。少年の弟には、少年の弟なりの人生があり、想いがあり、物語があるのです。
でも、今回の物語にはあまり関係がないので、ここでは長く語るのはやめにしておきましょう。
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病院では、先生と会話する機会がありました。何の先生かは忘れてしまいましたが、おそらくは内科の先生だったのでしょう。もしかしたら、精神科だったかも?
でも、何の先生かは忘れても、会話の内容だけはほんのちょっぴり覚えています。少年は「自分の夢をバカにされるのが嫌」で、人に自分の内面を語るのは好みませんでしたが、この先生には「試しにちょっとだけほんとのコトを語ってみよう」と思いました。そのくらい退屈だったからです。
少年は、自分の書いた詩を1編だけ披露しました。それを読んで、先生は驚きました。
あとから母親に聞いた話によると、「彼はとんでもないバカか、もしくは類まれなる天才だ!」と言っていたそうです。
それはそうだろうなと思いました。この年齢で(あるいは、どの年齢であろうとも)心の中に魔界を作り上げ、世界を滅ぼす力を持つ「魔界の王」などを住まわせているのですから。
*
そんな日々にも飽き、ある夜、少年は病院の屋上に立ちました。
屋上の扉には鍵が閉まっておらず、自由に誰でも出入りできるようになっていたのです。
「ここから飛び降りたら死ねるだろうか?」と考えたりもしました。
少年の分析能力が働き、「あまり高さがないので無理だろうな」という結論が瞬時にはじき出されました。もしかしたら、頭から飛び降りて打ちどころが悪ければ、即死できるかもしれません。でも、失敗すれば痛いでしょう。生涯、ベッドの上で暮らすことになるかもしれません。
それは嫌だなと思いました。
「じゃあ、高さが50階くらいあって、飛び降りれば確実に死ねるとしたら?」
それでも、飛び降りはしないだろうなと考えました。だって、この人生はまだ終わっていないのです。「生み出さなければならない物語がある」「復讐しなければならない相手がいる」という強い強い想いが、少年を踏みとどまらせました。それどころか、自殺する気なんて全くありませんでした。
「自殺する気などサラサラないのだけど、それでも考えはする。一応、その未来も考慮はしてみる」のです。それが少年の性格であり、能力の1つでもありました。
この時はまだ未熟で、形もボンヤリとしたものに過ぎませんでしたが、いずれこの能力は少年の成長と共にハッキリとした姿を獲得することになります。「人並外れた卓越した分析能力」そして、そこから派生した「未来予測能力」とでも言うべき力を。
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