ふわふわと海を漂うクラゲみたいに
アメリカの旅から帰ってきて、舞台「苦悩教室」の上演も終わり、青年は魂が抜けたような状態になっていました。
考えてみれば、この1年はあまりにも多くのコトがあり過ぎました。エネルギーも使い過ぎました。フツーの人が何年もかけて使うはずのエネルギーをわずか1年で消費してしまったのです。
よって、次の1年間は休息にあてることにしました。積極的に自分からは動かず、ふわふわと海を漂うクラゲみたいに生きていきました。
それでも疲労はなかなか抜けません。人並み以上に寝ているはずなのに、心や体に溜まった疲れはいつまでも青年の中に居座り続けます。
なので、この1年のコトはあまり覚えていません。それでも、いくつか印象的な出来事が起こったので、順番に紹介していきましょう。
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舞台「苦悩教室」が終わったあと、ひさしぶりに「あの人」と2人きりで会話する機会がありました。
でも、関係はなんとなくギクシャクしたままでした。あの人は常に何かを意識していて、目の前に「見えない空気の壁」があるみたいな状態です。
それでも、アメリカでの旅の話や演劇の話をすると、少しだけ驚いたり笑ったりしてくれました。
人間関係って、1度壊れてしまうと修復するのが難しいんですよ。たとえ、それが勘違いから来るものだったとしても、悪化したり疎遠になった関係を元の状態に戻すのには時間がかかるものなのです。
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この頃、青年は新しくパソコンを購入します。本格的に使い倒したパソコンはこれが初めてでした(以前にもう1台持っていたのですが、それはワープロくらいしか使ってなかったので)
この時代、ようやくインターネットが普及し始めた頃で、「24時間インターネットが使い放題」というサービスはまだありませんでした。回線も脆弱で、画像1枚表示するのにヘタしたら1時間かかるというレベル!
現代からしたら、信じられませんよね?
ただし、NTTがやっている「テレホーダイ」というサービスがあって、午後11時から午前8時まで、あらかじめ登録しておいた電話番号に電話かけ放題だったんです。
当時、青年は「チャット」というものにハマっていて…
チャットというのは、「文字のやり取りだけで、世界中の見知らぬ人と会話できる」というサービスです。これを常時接続でやってると、莫大な金額を請求されてしまいます。
そこで「テレホーダイ」に入って、インターネットの接続先を登録しておくことにしました。これにより、チャットし放題!ただし、午後11時から午前8時まで!
必然的に青年は夜型人間になっていきます。毎日、スズメがチュンチュン鳴き始める時間に眠り始め、夕方くらいに起きてきて、夜には目がランランに輝き始め、脳内に麻薬物質が分泌されるという生活!
この時代、インターネット黎明期であり、ネットの世界は無法地帯でした。北斗の拳の世紀末みたいな感じ!もうなんでもありのムチャクチャな世界!だからこそ、新鮮だったし楽しくもあったのです。
たとえるなら、自動車が誕生した直後で、交通ルールがまだ整備されていなかった時代のようなもの。ある意味で、外国に行くのと同じくらい(あるいは、それ以上に)おもしろかったし、学べるコトもたくさんありました。
インターネット上では、多くの人が本名など使わず、偽名を使って暮らしています。その時の名前は、HN(ハンドルネーム)と呼ばれていました。
青年は自分のハンドルネームを「紫色の蝶」としました。理由は物語にあります。
ある時、伝説の悪魔マディリスは、12体の魔物を使役していました。
最初の使い魔は、自らの心を切り取って生み出した蝶の姿をしています。紫色をした蝶は、世界中を飛び回り、人と人の間を飛び交って新鮮な体験を持ち帰ってくるのでした。
青年は考えます。
「次から次へと花から花へ移動し蜜を集めて回る蝶の姿とは、我ながらいいアイデアを思いついたな」と。
非常に飽きっぽい性格をしており、常に新しい情報を必要とし、人と人との間を飛び回ってきた青年にとって、蝶はまさにイメージにピッタリでした。
こうして、青年は紫色の蝶として広大なインターネットの世界を旅するようになっていきます。