「働かざる者、食うてよし」の正体
この物語の序盤で語ったはずです。
「これは、復讐の物語」だと。
親が子供の人生を決めたりなどしてはいけません。
人形やロボットのように操ろうなどとしてはなりません。
理由ですか?
それが、法に背く行為だから?
違います。
それが、倫理に反するから?
違います。
子供はいつか復讐に帰ってくる。それも、想像を絶する方法で!
だから、決して親は子供を意のままに操ろうなどとしてはいけないのです。
今回のエピソードは、もっと早めに入れておくべきだったのかも知れません。ただ、物語の構成上、最後の最後まで明かすわけにはいかなかった。理由はそれだけ。
かつて、自らの子供を意のままに操ろうとした親が、今度は子供に操られる。まさに、因果応報。自業自得。
そして、それこそが支援型特殊能力「働かざる者、食うてよし(イワン・ザ・フール)」の正体でもありました。
少年時代の最も貴重な8年間を台無しにされ、人としての人生を失った人間は、残りの人生を保障させるコトで代償とし、バランスを取ったのです。1人の人間としてだけではなく、世界のバランスも。
ただし、ただ遊んで暮らしたわけではありません。「世界最高の作家」となるため、常に研鑽し、高みを目指しました。そのためにならば、何だって学んだ。
「小説」「マンガ」「映画」「音楽」「芸術」「アニメ」といった直接創作にかかわる分野はもちろんのこと。「哲学」「心理学」「恋愛」「子育て」「法律」「政治」「経済」「占い」「ウイルス学」などなど、一見するとなんの関係のなさそうな分野にも積極的に興味を持って、学んでいきました。
なにしろ学習型支援能力「マスター・オブ・ザ・ゲーム」があるのです。常人が不可能なスピードで、次から次へと物事の基本を身につけていくことができました。ただし、好奇心が続く限り…ですがね。
興味の対象から外れた瞬間、学習能力は極端に落ちました。そういうところは、小学生の頃から変わっていませんでした。
これって、何かに似てません?
「最低限の生活を保証され、必要な時だけ働き、そうでない時には全く働かない。余った時間は、自分の能力を上げたり、勉強したり、ボランティアに参加したり、遊んだりして暮らす」
そう!「ベーシックインカム!」
「ベーシックインカム」などという言葉が生まれる遙か以前より、ヘイヨーさんは、それと同じ生活を始めていた。
いわば、「ひとりベーシックインカム」とでもいうべき人生を歩み続けてきたのです。